メディアグランプリ

知らないおじさんから亀もらいました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:海 うみ子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
それは、とても小さな看板だ。画用紙1枚分くらいだろうか。
この季節になると、道路の脇のガードレールの上に、ある日突然、申し訳なさそうに現れる。
 
「牡丹園 無料
ご自由にご覧ください。
入り口こちらから」
 
赤いかわいい花が隅っこにちょこんと描かれている、手書きの小さい看板だ。
私は、この看板が現れるのを密かに毎年楽しみにしている。
 
そこは秘密の楽園なのだ。
 
3年前、夫の仕事の都合で、この土地に引っ越してきた。
その頃は、子供はまだ2歳になる前で保育園を探したり、自分の仕事を探したりと、何もかもバタバタとしていた。
加えて、縁もゆかりもないこの土地で、心を開いて頼れる人もおらず、自分が倒れるわけにはいかないと、私はいつも必死だった。
 
引っ越して約1年、やっとこの土地の暮らしも軌道に乗りはじめていた最初の春だった。
牡丹園に出会った。
 
週末の天気のいい日に、夫はその週も仕事で家にはおらず、子供をどこか遊びに連れて行ってあげたいなあと思いながらも、どこにいけばよいかいい案も思いつかず、とりあえず車を走らせていた時に、あの小さな看板が目に入った。
 
「タダならいってみようか〜!」
 
その場の勢いで、ひょいとその看板が出ている小さな小道を曲がると、空き地が広がっており車を停められるようになっていた。
 
入り口には立派な牡丹園の看板があったが、その周りに咲くいろんな花のおかげでなんだか温かく迎えられているような気になった私達は、なんの抵抗もなく、ふらふらと吸い寄せられるように中に入った。
 
そこは花の楽園だった。
 
少し迷路のような作りのその牡丹園は、思ったよりも大きく、11年前から老夫婦が趣味で初めて、少しずつ花を増やし、土地を増やして、近所の人にも楽しんでもらおうと花が咲く時期には解放するようになったのだそうだ。
 
牡丹の花びらは幾重にも重なり、どれも優雅に咲き誇っていた。一つの花が大人の手のひらくらいのサイズで、なかなか見応えがある。色も様々で、淡いピンクから濃いピンク、真紅の赤や紫っぽい赤、薄い黄色など、豪華だ。
まだつぼみのもの、やっと開きかけたもの、今まさに盛りを迎えている花、枯れていく花。どの花も見惚れるほどきれいだった。
 
さらに花は、牡丹だけではなく、様々な種類の花が咲いている。背の高いものでは、桜や藤。足元の方には、紫の花や白い花、ピンクの花、間にたくさんのツツジ。きっと花に詳しい人なら、もっとこんな花がある、あんな花も、と楽しめると思われるが、そこまで花に詳しくない私は、色とりどりのいろんな花が咲いている程度でしか理解できない。それでも、花はどれも美しく、日常の様々な煩わしさを忘れさせてくれた。
 
わたしは、思わず携帯を出して、花や、一緒にいる息子を撮ったりしながら、その牡丹園を満喫していた。息子も、通路になっている道を走ったり隠れてみたり、自由に楽しんでいる。
 
その日は、周りにあまり人はおらず、親子でマイペースに遊んでいたら、作業着を来たおじさんが、私達をみつけて、
「おお! 僕、ええとこきたな!」
と、声をかけてきた。
「ちょっと、ついておいで」
と、息子にこっちこっちと、合図している。
声をかけられた息子は、おじさんの誘いに素直にフラフラとついていき、これじゃ簡単に誘拐されちゃうな、と私は苦笑しながら、2人を追いかけた。
 
「ほれ! これやるわ!」
とおじさんが息子に何かを差し出していた。
 
少し送れてその場についた私が覗き込むと、なんとそこにいたのは大きな亀!
15cm以上はあったと思う。
息子は、初めてみる亀に固まっている。
私も固まった。
いきなりの、亀……
あまりの急展開に、なんだか笑いがこみ上げてきて爆笑してしまった。
なんだか、こんなに爆笑したのは、久しぶりだった。
 
「あさ、ここ掃除しとったら、こいつが散歩しとったから、今日来る子供にあげようと思うてな。僕、ラッキーじゃ」
と、うれしそうに話してくれた。
「おじさんにも、僕くらいの孫がおるんよ。花が咲く頃にあそびに来れたらええけど、遠くに住んどるから、なかなかなあ。僕がきてくれてよかったわ」
 
まぎれもなく、そのおじさんが牡丹園のオーナーだった。
素朴なあっけらかんとした優しいおじさんだ。
 
おじさんは、嬉しそうに発泡スチロールの箱まで持ってきて、これで運べばいいぞと、亀を私達に渡す準備万端だ。
「でも、餌とかどうしたらいいんですかね」
「そんなん、そのへんのミミズやっとけばええんじゃ」
と、さらりとおじさんは言った。しかし、亀と暮らすハードルは一気に上がった。ミミズは無理だし困ったぞ、と思いつつも、息子とおじさんがあまりに目をキラキラさせて、嬉しそうにしているので、いりませんと言えず、その日は亀と帰宅するはめになった。でも、私も困ったなと思いつつ、なんだか楽しくて、ワクワクしていたのも事実なのだ。
結果的には、後日、牡丹園の近くの川にこっそり返すことにしたが、見知らぬおじさんの思いがけない交流に私はなんだか心がずいぶんほぐれたことを今でも覚えている。
 
見知らぬ土地で、新生活を始める。
 
自分の希望とは関係なく、夫の仕事や転勤などで、それを強いられる人も少なくないと思う。私もその1人だった。
見知らぬ土地で、うまくやっていかなくてはいけない。
ずいぶん、気を張っていた。
風邪さえひくわけにはいかない、と思っていた。
自分が頑張らないと、と。
 
でも、牡丹園とおじさんのくれた亀は、もうちょっと肩の力抜いてもいいんじゃないの、と教えてくれた気がする。
いつも全力疾走していなくても、誰かに甘えたり、時々休憩してもいい。
寄り道は、思わぬ出会いがあるものだ。
 
先日、あの道を通ったら、今年も牡丹園の看板が出ていた。
今週末あたり、お茶とお菓子でももっておじさんに会いに、花を見に行こうかな。
 
 
***

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2018-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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