君が紡ぐ言葉達と出会いたくて
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大久保忠尚(ライティング・ゼミ平日コース)
ああ、こんな日に限ってテキトウな格好で来てしまった。
4月下旬。
季節の節目なのか日々気温は上下し、その都度服装は少しずつ変化していく。暑かったと思えば急に肌寒い日が現れ、衣替えのつもりでしまったカーディガンを毎回クローゼットから取り出している気がする。
そんな気候のせいか体調も乱れがちで、今日の僕は少しだけ寝坊をした。ただでさえ忙しい朝がいつにも増して慌ただしくなる。いつものテレビで天気予報も確認できず、外の気温もよく把握しないまま、アイロンがかかっているという条件だけでハンガーにかけてあるシャツを選びジャケットを羽織った。それだけだと寒いかもしれないと思い、コートを手に慌ただしさとともに家を出たのだった。
結局、日中はコートが必要のないくらいの陽気だった。持って来たコートは荷物になり、結局夜まで着ることはなかった。
そして今、そのコートを手にしながら僕は仕事帰りに「大人の文章講座」なる習い事を受けに、小さな書店へと立ち寄った。2月から通い始めたこの習い事もすでに3ヶ月目が終わろうとしていた。
ビルの2階へ上がり、小さなドアを開け店内に入ると背の高い本棚と薄暗い照明が僕を包みこんだ。照明の中で狭い店内を見回すが、彼女はまだ来ていないようだった。
フロアには30席ほどの椅子がぎっしりと並び、無理やり会場が作られている。僕はいつも通り最後列に配置されたハイチェアに座った。奥の席で本棚が近かったこともあり、暇つぶしに周りに置かれたビジネス書を冷やかしながら、講座の開始時間を待っていた。
残り1分ほどで講座が始まろうという頃、他の参加者に混じって彼女は現れた。一緒に入って来たビジネスマンや主婦であろう女性たちは、できる限り前方に座ろうと席を探す中、彼女はいつも通り、僕と同じように最後列のハイチェアへと腰掛けた。僕が座ってからというもの、隣には誰も座ろうとしなかったため、期せずして僕と彼女は隣同士になった。
少しだけ目があったかと思うと、僕は会釈をし、彼女もそれに応えたような気がしたが、あまり上手く見ることができなかった。
何か話しかけようか。
そう思うのも束の間、ダルマのような風貌をした男性講師が話し始め、黒板へ今日のテーマを書き出したため、その考えはノートを開くと同時に消えてしまった。
講義を受け後半になると、個人ワークの時間になった。今までのことを踏まえて、文章を書いてみよう、ということらしい。僕が座っていたハイチェアは背中側がカウンターになっていたため、講師に背を向ける形でテーブルへ体を向ける事になる。
時計回りでテーブルへと振り返る途中、自然を装って彼女の姿を視界に入れる。彼女はすでに執筆に取り掛かっていた。
薄暗い照明のせいではっきりした色は分からないが、淡い色味のブラウスに黒か紺のロングスカート姿だった。照明に照らされた彼女の首筋が涼しげで、出会った時はニットを着ていたことを僕に思い出させ、それだけ時間が過ぎたのだと感じた。
文章を書けと言われたものの、彼女を見てしまってからなかなか頭に言葉が浮かんでこない。目の前にあるはずのペン先には意識が向かず、気が付けば自分の心臓が位置する方角に座る彼女の方を横目で見てしまっていた。
肩ほどまである黒髪を彼女が右手でかきあげる。彼女が左利きであることに初めて気が付いた。決して早くはないものの、考えながら一文字ずつノートへと言葉を紡いでいる。彼女がその白く細い指で書き留める文字はきっと、流れるように美しく、しかしながらどこか楽しげで踊るような文章なのではないかと思った。
そうこうしているうちに個人ワークの時間が終わってしまった。結局僕のノートには何かを消した跡しか残っていなかった。彼女を少し見やると、満腹感を得たような表情で自分のノートを見つめていた。遠慮がちに笑っている表情がとても可愛かった。
講義が終わり、受講者が次々と席を立ち始める。僕はもう一度自分のノートを見つめ、なんだか恥ずかしくなり急いでそのノートをカバンへとしまった。こんな僕が、さっきまで楽しげに文章を書いていた彼女に声をかける勇気はなく、僕は自分の身を隠すようにコートを見にまとい、店を出ようと席を離れた。何も言わず、彼女の横を通り過ぎようとした時、何か軽いものが僕の肩を叩いた。
感触のある方を見ると、先ほどまで文字を紡いでいた彼女の左手が僕の右肩に乗っていた。驚く僕の様子がおかしかったのか、彼女も少し驚きながら、笑みを浮かべる。
夜の挨拶した後、彼女は僕の姿を見て言った。
「そのコート可愛いですね」
寝坊したことも、朝の慌ただしさも、天気予報が見れなかったことも、さっきまで何の文章も書けなかったことも全てがどうでも良くなってしまった。
僕は少しだけ勇気を出し、彼女と話して見る事にした。
とまぁ、こんなことも夢見つつ、ライティング講座に通ってみたものの、ここまで素晴らしい男女間の出会いというものは今のところ僕には生まれていない。
しかしながら、受講して3ヶ月も経つと少しずつ周りの参加者とも話すようになった。同じ目標や思考を持っているためか比較的話しやすいと感じるのは決して気のせいではないのだろう。
自分には生まれていないものの、周りを見てみると、実はあの人はあの子に気があるんじゃないか、などと見えてしまうのも気のせいではない気がする。
社会人になると出会いが少ないと聞くが、こうした習い事に意外にも好機が隠れているのかもしれない。
どこかの横丁へ行くよりも、自分のためにもなり、また自分と似た感性の人に巡り合えるのではないだろうか。
社内の独身男女にも、習い事をぜひ勧めてみよう。
左利きの彼女が、きっと現れると信じて。
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