実録 失恋刑事の事件簿《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:小山 眞司(プロフェッショナル・ゼミ)
今回の事件は難事件だった。
すんでのところでトリックを見破ったことで未然に防げたが、実に危なかった。
もう少しで「殺し」が成立するところだった。今回の事件の被害者は、
「男性(49)京都在住」
何を隠そう僕自身である。
事件の始まりは1通のメールからだった。
「今度こそ彼氏と絶対別れる」
突然、知り合いの女子から連絡が来た。
思えばこの時からおかしいと気づくべきだった。
「どうした?」
と返信すると、
「こんな扱いもう耐えられない! 今回は本気!」
そんなに親しい間柄ではないのに突然来た連絡に驚いて、とりあえず話を聞いてみることにした。
メールの送り主は年齢30歳のキラキラ女子。いわゆる「港区女子」の部類に属するだろうか。語弊はあるかもしれないが、僕の解釈では「港区女子」とはこんな感じである。
「自分の魅力を最大限に活かし、したたかに生きる女性たち」
お金持ちと遊んだり、美味しい食事をご馳走になったりして、セレブ生活を楽しんでいる。元来は東京都港区に生息していたことからその名がついたが、現在では日本各地で繁殖していて、必ずしも港区在住とは限らない。
かつて日本中が浮かれたバブルの頃にはこの手の種族が数多く生息していたが、次第に数は減少し、一時期は絶滅危惧種に認定されていた。ところが、近年になって再び繁殖しているようだ。
周囲の女性が憧れを持つほどのスペックを持っていることを自負しているので、芸能人や会社経営者、医師、弁護士などのハイスペックな男性としか遊びたくないという意識を持っている傾向がある。
幼いころから女子ヒエラルキーのトップ集団に属し、クラスのみならず、学年や学校のマドンナ的な存在であった女子が多いと推測する。
これほど偏見に満ち溢れた勝手な推測をし、歪んだメガネで見ていた種族なので「住む世界が違う人種」として、まるで水槽の中の生物を見るような感覚でいた。稀に話をする機会があっても、意識的に深く関わるのは避けていた。
しかしいざ悩み事を直接相談されると、なんとなく頼られている気がして嫌な気はしないものだ。
「今から会って話を聞いてくれない?」と言われたので、新大阪駅近くの居酒屋で会って話を聞くことになった。
あまり深く関わりたくないので「面倒くさい」と思いながらも、多少の下心を持って待ち合わせの場所に行くと、彼女はすでに僕を待っていた。
いざ実際に会うと、やはりデザイン性の高さに目を奪われる。
一緒に居酒屋に入ると、店中の男性客が振り向くほどのデザイン性だった。
現金な僕は、どことなく誇らしげな気持ちになり、いつの間にかさっきまで「面倒くさい」と思っていた気持ちはどこかに消えていた。
「いかん、ちょっと良い気分になってる」
そう気づいて必死で自分の気持を抑えようとしたが、相手の方が1枚も2枚もウワテだった。
席につくなり、目の前で泣き出された。
過去の経験から「女の涙に注意セヨ警報」が僕の中で鳴り響いた。
しかし、今回は警報を無視して避難せずにその場に居続けてしまった。
冷静を装いながら色々話を聞いていると相手の浮気が原因らしい。
「私は普通に大切にされたいだけなのに、こんな扱いもう我慢できない」
などと散々愚痴を聞き終わった時には、案の定僕の気持ちは奪われ出していた。
その日の体調によって多少前後はあるが、僕は大体10分に1回程度の頻度で恋をする。目が合った、言葉を交わした、などですぐ好きになってしまう。恋に落ちるハードルが元々低いのだ。それほど女性をすぐ好きになってしまう僕にとって、今回の相手は強すぎた。攻撃を防げるわけがない。
しかも彼女は攻撃の手を緩めない。
「小山さんなら大切にしてくれそう」
ちょっと待ってくれ。これ以上言われると本当に好きになってしまうから、と思っていると彼女は最後の仕上げにかかった。
「小山さんが彼氏なら良いのに」
カンカンカンカーン!
あっさり1ラウンド37秒、TKOである。
ここで攻撃を交わせる理性の持ち主なら、僕はもうとっくに幸せを掴んでいる。持ち合わせていないから今でもこうやって残念な生活を送っているわけだ。
そんな僕をてなづけることなど、彼女にとってはいとも簡単だったであろう。
僕はあっさり恋に落ちた。
ただ、一つ大きな疑問が残っていた。
何故僕だ? そんなに親しくなかったのに、どうして僕に連絡してきた?
何度か友人主催のパーティに参加した時に挨拶を交わした程度なのに?
「信じてはいけない!」と僕の本能が叫んでいた。
翌日から、1日に何度も歯の浮くようなメールが送られてきた。
「小山さんて呼んでるけど、他人行儀だからなんて呼べば良い?」
ああ、何とでも呼んでくれ。半信半疑の僕はまだ信じられずにいた。
「じゃぁ、しんちゃんって呼ぶね! しんちゃん!」
見事な間の詰め方だ。相手の懐に入るスピードは谷亮子より早いかもしれない。気づいた時には既に担がれていた。後は投げられて一本を取られるだけだ。
彼女の攻撃は一向に止まない。
「今度いつ会える? 会える時はできるだけ会いたい」
嬉しいこと言ってくれる。もちろん断る理由などない。僕は出来る限り時間をあけた。この頃には疑っていた気持ちも消え去っていた。
思えばこの頃が幸せの絶頂だった。
その後数週間、僕の出張が続いたこともあり、会わない日が続いた。
するとある日を境に急に彼女からメール返信のタイミングが遅れ出した。
夜送ったものに朝返事が来るようなことも普通になってきた。
ただ、遅れてでも必ず返信は来る。
「ごめーん、昨日寝ちゃってた」
「酔っ払ってそのまま寝ちゃった。化粧落とさなかったからカピカピ 笑」
既読状態になってからの無視はない。
ただ、日に日にやり取りの頻度は減ってきた。
今思えばもうこの頃から彼女の巧妙なトリックは始まっていた。
やがて、文面からハートのスタンプが消えだし、ついには絵文字も消えた。
これでも失恋刑事の端くれ、何かが起こっていると長年の勘が教えてくれた。だてにこれまで数え切れないほど振られてきているわけじゃない。
そしてさらに数週間後、いよいよ事件が表面化しだす。
この頃になると、会う回数もめっきり減っていた。
ついこの間までは
「次いつ会える?」と彼女からしつこいくらいに聞いてきていたのに、今では僕の方から「いつ会う?」と聞くようになっていた。
数週間ぶりに会うことになったときのことだ。約束の前日に
「なんか風邪ひいちゃったみたい。しんどいよー」
とメールが送られてきた。なんとなく嫌な予感がした。
そして当日の朝「薬を飲んでるけど全然効かない 涙」と送られてきた。
相手に体調を崩されては仕方ない。
「大丈夫? 今日はゆっくり寝てれば?」
と返すと、すぐに「ごめんね、ありがとー」と返ってきて、その日のデートは中止となった。
これが事件の、始まりだった。
1週間後、そろそろ風邪も治っただろうと
「来週会わない?」と聞くと、「金曜日なら会える」と返信が来た。
そして迎えた金曜日。朝起きると
「おはよ。花粉症がひどくて、つらい」とメールが来た。まさか? と思いながら心配して「大丈夫? 今日やめとく?」と聞いてみた。
すると、またすぐに「うん、今日はゆっくりしとく。ごめんね」
と返事が来て、2回連続でデートが中止となった。
いよいよ怪しくなってきた。
そして運命の3回目の事件が起こる。
2回のデート中止のおかげで、しばらく会っていない。
その間、彼女から「治ったから会おう」の一言もない。
さすがに怪しさ満点なので、実際に会って真意を確かめようと思い立った。
「ちょっと話したいことがあるから、今週どっかで会えない?」
と打診した。すると、「今週は仕事で忙しいけど、日曜日なら会える」
と返ってきた。そして約束の前日。さすがに今回は大丈夫と思っていると、着信があった。
「ごめん、日曜日だめかも知れない。お父さんが入院するかも知れないの」
ご家族の体調不良であれば、これは一大事だ。もちろん、「心配だね。お父さんを優先しな」と返した。
ただ、長年の刑事の勘からか、何かモヤモヤした気持ちが残っている。
しかも実際に気持ちを確かめることも出来ないことがさらにモヤモヤ度に拍車をかけた。疑いたくはないが、ひょっとして嘘ではないか、と思いはじめた。
そしてある日、意外なところから犯人がボロを出すことになる
友人のSNSを見ていた時だった。高級レストランで食事する友人の後ろに彼女が映っていた。さらに見続けると、別の日にも彼女が映っている写真を発見した。僕はおかしく思い、今まで見たことなかった彼女のSNSを検索して見つけた。
すると、そこには毎晩のように高級料理の写真がアップされていた。
「今日は祇園桂木です! 大将ホントに良い人! 幸せでしたー」
「今日は前から行きたかったワインバーに連れてきてもらった! 念願かなった!」
とコメントされている写真の日付は「花粉症の日」であり、「お父さんが入院するかもしれない日」のものであった。
ここで僕は彼女がしようとしていたことに気づいた。
おそらく、SNSに高級レストランでの高級な食事の写真を毎日アップすることが彼女の狙いで、彼女が言う「大切にされる」とは、SNS映えするレストランに毎日連れて行ってもらうことだったのだろう。ところが僕は一切SNS映えする店に寄り付かない。彼女の計算が狂いだした。
いよいよ謎を解く時間帯になってきたようだ。2時間ドラマなら完全に断崖絶壁の上である。
まず、犯人は何らかの手違いで僕が普段からSNS映えする店ばかり行っていると判断した。ところが、実際は全くSNS映えしない店にしか連れて行ってもらえず、すぐに次のターゲットに乗り換えることにした。
次のターゲットを見つけ、僕に気持ちがなくなった犯人は、この恋を終わらせる方向に持って行くことに決めた。しかし自ら切り捨てたら自分が悪者になってしまう。今回のトリックは、決して自分を悪者にしないところだ。
自分に価値のあると思える相手に対しては健気に振る舞うが、一度価値が無いと判断すると、関係性を断ち切る。その断ち切り方が見事で、まさに完全犯罪と言える。
犯人が描いたベストな結末は自然消滅。
やがて相手が耐えられなくなって、相手から別れを告げられればなお良い。
そうなるまでは、いくら「もう好きじゃないよね?」と聞かれても、否定しつづける。ただ、実際に会うことはない。そして連絡も1日1回くらいは返事し続けて、相手が弱っていくのを待つ。そのうち会うのを断る理由さえ考えるのが面倒くさくなる。そこで家族の体調不良を持ち出すことで暫くの間会えない理由をいちいち探さなくて済むようになる。「殺し」ならぬ「生殺し」にするわけだ。
相手が精神的に疲弊して別れを告げてくると「本当は嫌だけど」と言いながらも別れを受け入れる。
結果的には「私のことを信じてくれなかった」という事実が残り、「私、フラれたの」となる。そして、冤罪ではあるが相手が悪者となる。
長い間、生殺しされた挙句に最後には犯人を振った悪者となって完全犯罪の成立だ。
幸い僕の場合は、疲弊する前にトリックに気づいたので、生殺されずにすんだ。
ただ、あの時SNSで写真を発見してなければ、と思うと背筋が凍る。
こうやって、また恋が一つ終わった。
そろそろ失恋刑事を抜け出したいものである。定年退職となる前に。
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