雪崩による遭難
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記事:梅林 美小希(ライティング・ゼミ日曜コース)
突然だが、私はうつ病だ。今も通院中の身ではあるが、峠は越えたように感じられ、今は緩やかに回復へと向かっている。
私の一家は筋金入りの精神疾患家族で、母は私より2年早く重度のうつ病だと診断されている。兄はうつ病・パニック障害を経て、その後に抑うつ神経症(簡単な言い方をすると、原因がわかっているうつ病)と診断されている。最初にうつ病だと診断されたのは私より1年前だ。父だけはそんな3人に囲まれても、気を病むこともなく、元気に過ごしてくれている。父まで精神を病んでいたら、一家心中でもしかねない状況の時もあっただろう。
一度はうつ病だと診断されたことのある私たち3人は、完全に性格が母親寄りなので、性格的な遺伝も関係がないわけではないのだろう。私は医者ではないので、憶測でしかないが、たしかに生真面目で、責任感が強く、自分より他人を優先したり、とうつ病の自己診断などで出てくる項目にだいたい当てはまる性格なのだ。もう少し適当に生きることができたら、うつ病と診断されるまでには至らなかったのかもしれない。ないものねだりだが。
この病名というのも厄介なもので、まるで十字架に張り付けられたキリストのような気持ちになってくる。どこにいても、何をしていても、病名に縛り付けられた状態なのだ。病名が付くというのは良いことばかりではないと痛感している。もちろん病名が付くことによって自分の体調不良の原因がわかって安心することもできるのだが、それ以上に病名に「逃げる」ことが多くなった。体調が悪い時、眠れない時、疲労が溜まっている時、真っ先に頭に浮かぶのは「うつ病」の文字だ。なんでもないことでもこれはもしかして病気のせいでは……? と考えてしまうようになった。それもあってか、自覚症状はあるものの、病院には行っていないという人もいる。
たとえば風邪の時も、熱っぽいと思っている時はまだ動けるが、いざ熱を測ると思っていたより熱が高かったりして、一気に体がきつくなるような経験をした人はいないだろうか? それと同じようなものだと私は考えている。
話を戻そう。私がうつ病と診断されたのは今から3年ほど前の話なのだが、自覚症状はそれ以前からあったし、周りから見ても「こいつ少しおかしいぞ」と思うような予兆はいくらでもあったようだ。
私の母はうつ病だと診断されても、最初の1年くらいは認められなかったのだが、私の目からは診断されるよりも何年も前から、母はうつ病だろうという兆しを見ることは何度もあった。
いきなりうつ病になる人は少ない。蓄積されていったストレスや疲労が最終的に体の不調や言動に出て、「おかしいな」と思った人が病院に行き、案の定うつ病だと診断される。その自覚症状もかなり重度のところまでいかないと気付かない人も多い。私は背面痛がかなり酷かったのだが、まさかそれさえもうつ病の予兆だったとは思わなかった。薬を飲んでいき、背面痛が緩和されていったことでやっと気づいた。全く自分が考えてもみなかったところがうつ病と関係していたということに大変驚いた。だって、誰も背中が痛いからといって精神科には行かないだろう。まず行くのは整形外科、あるいは整骨院や整体などではないか。
日々のストレスが積み重なっていくだけでもうつ病だと診断される人もいた。毎日の通勤がストレスになり、巡り巡って体に不調が出て精神科に行ったところ、その通勤が原因になっている可能性が高いと言われた人がいるそうだ。毎日生きているだけでもストレスを人間は感じる。寒暖差が激しいこの頃も、それだけでストレスになる。しかし、日々のストレスはあまり大きくないものも多いから、なんとか自分でストレス発散をして、そのストレスを消化していく。そうやって皆うまく生きているのだ。
だが、とてつもなく大きなストレスが身に降りかかってきた時、なかなか消化には時間がかかるだろう。消化できないものもある。一生自分を苛む傷になることだってある。それが1回ではなく、何度も繰り返されたら、人間は壊れてしまうのだ。壊れた心を持って精神科に行き、うつ病だと診断され、渡された薬を飲んで毎日をなんとか生きている人が現代日本には数多くいる。
ストレスというものは恐ろしいもので、どんどんと蓄積されていく。抱えきれるキャパは人によって大きく異なるが、ある日そのストレスが溜まりに溜まって雪崩を起こす。そう、うつ病とは雪崩のように最後はちょっとした刺激でも大きな被害をもたらす。うつ病患者はその雪崩に飲み込まれた遭難者だ。簡単に抜け出すことはできない。
「うつ病は心の風邪」という言われ方をよくするが、そんな生易しいものではない。誰でもなり得る、ということを言い表したいのだろうが、風邪のように簡単には治らない。うつ病は雪崩だ。降り積もったストレスがある日、ちょっとした衝撃で決壊する。遭難すれば命を落とす可能性もある。雪崩の中では上も下もわからない。上だと思って掘り進んで行ったら、実はさらに下へ下へと掘り進んでいることもある。それだけ恐ろしい病気なのだ。誰だって巻き込まれる可能性はある。他人事だと思わないでほしい。自分がいつ雪崩に巻き込まれるかなんて誰にもわからないのだから。
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