後悔から抜け出す方法は、シロクマが教えてくれた。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:雪(ライティング・ゼミ日曜コース)
「明日起きたら、ばあちゃんは死んでしまっているかもしれない」
最近祖母の元気がないような気がして、眠る前にそんなことを考えるようになった。
「もっと話をしておけばよかった」
「もっと早く玄関の鉢植えの育て方を教わっておくんだった」
「もっと色んなところへ一緒に行けばよかった」
次々浮かぶ「もっと〇〇しておけばよかった」という後悔の波に飲まれながらいつの間にか眠っていて、朝何も起こっていないことにホッとする。
父方の祖母は今年85歳になる。我が家は二世帯住宅で、一階に祖母が一人で住んでいる。5年前に一緒に住んでいた祖父が亡くなってから、祖母はだんだん食欲がなくなり、早く寝るようになり、外に出る回数が減っていった。私たちが住む二階にもほとんど顔を見せなくなった。時々顔を見に行くと、ソファーで寝ていることが多くなった。先のことは誰にも分からないけれど、平均寿命から数えると家族の中で一番「死」に近い存在の、祖母。
明日死んでしまっているかもしれない、と思うようになったのは祖父の死がきっかけかもしれない。
亡くなった祖父は、80歳を超えてから認知症の症状が出始めた。夕方になると外に出て、近くに住む知人の家を訪ねるようになった。それも毎日。用もないのに毎日訪ねられる方も迷惑だろうと思い、家の鍵を閉めて、開けられないように鍵を隠した。そうすると「ドアを開けてくれ」騒ぐようになった。祖父をなだめるのは大変で、私は何度か怒鳴った。「もうさっき行ってきたでしょ!」とか「相手の人だって迷惑だよ!」とか。「認知症の人に怒ってはいけない」ということは本を読んで知っていたけど、毎日毎日「ドアを開けろ」と騒ぐ祖父に対して怒りを抑えられなかった。
そんな日々を繰り返しているうちに、ぽっくり祖父は心不全で死んでしまった。「おじいちゃん、風邪ひいたみたい」と母が言っていた翌日の朝だった。本当に突然だった。
「もっと優しくしておけばよかった」と、物凄く後悔した。怒鳴った後の祖父の悲しそうな顔が浮かんで、胸が痛かった。もうこんな思いはしたくない、と思った。
それなのに。私はまた後悔の波に飲まれている。もっとこうしていれば良かった、ああしていれば良かった、と。でも幸い祖母はまだ生きているから、今から出来るだけ優しくして、気にかけていけばいい。そうだ、まだ遅くない……でもちょっと待てよ。そんな「自分が後悔したくないから」という理由で優しくして、気にかけたとしても、やっぱり後悔するんじゃないだろうか。結局自分のためにやっているのだから。でももう祖父の時のような思いはしたくない。後悔したくない……!!!
こんなふうにグルグル考えていると、ふと壁に貼ってあるポスターが目に入った。動物園にツテがある知り合いがこっそりくれたシロクマのポスター。地面に置かれた車のタイヤに、お尻から背中がすっぽりはまっている。愛らしい。愛らしいのだけど……なんかこれ、今の私みたいだ。良い年の女がタイヤにはまり、一人でジタバタしている姿と重なってしまったのだ。シロクマはモフモフしていて可愛いけれど、どっちかっていうとガサガサしている女のそんな姿は全然可愛くない。ていうか、カッコ悪い。
ポスターを見るように自分の姿を少し離れて見てみることで、気が付いた。私は自分でつくりあげた型にはまったまま、一歩も動こうとしていなかった。凝り固まった「後悔したくない」という型から抜け出せないでいた。抜け出さなきゃ。もう自分の後悔なんてどうでもいいじゃないか。今大切なのは、祖母に残りの人生を出来るだけ愉しんでもらうことだ。
「もっと話をしておけばよかった」と思うなら、今すぐ下に降りていって話をしてくればいい。
「鉢植えの育て方を聞いておけばよかった」と思うなら、教えてもらいにいけばいい。
「もっと色んなところへ一緒に行けばよかった」と思うなら、一緒にどこか行こうと誘えばいい。
大事なのは考えることじゃなく、動いてみることだ。
そしてもっと大事なことは、自分の視点ではなく、祖母の視点に立って景色を見ようとすることだ。夜、一人部屋で「このままばあちゃんが死んでしまったら後悔する」と思い悩む孫の姿を見て、祖母が喜ぶはずがない。っていうか死んでも死にきれない。とんだ親不孝、ならぬ祖父母不幸の孫になるところだった。
朝になったら祖母に逢いに行こう。祖父の仏壇にもお参りしよう。
たくさん話をしよう。一緒に花を植えよう。散歩もしよう。
生きているから出来ることが、私にも、祖母にも沢山ある。
翌朝、祖母に逢いに行った。「今日はあったかいね~」なんて言いながらニコニコしている祖母は、シロクマみたいに可愛かった。
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