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人生でいちばんの冷や汗、オススメできない危険な旅


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記事:十八日(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
もう10年ほど前、海外旅行で所持金を奪い取られた。
正確にいうと、所持金を差し出した。
 
はじめて海外旅行をしたのは大学4年のとき。私は1カ月のヨーロッパ一人旅を計画した。「地球の歩き方・ヨーロッパ」を隅から隅までチェックし、なんとなくの行程を決めた。当時、流行っていたバックパッカーの貧乏旅行に憧れを抱き、旅の初日と最終日しか宿は取らずに、その都度、飛び込みでゲストハウスに泊まることにした。
 
たくさんの不安を持って海を渡ったが、1カ月に渡るヨーロッパの一人旅はとても充実したものになった。各地の観光地や文化に触れることも楽しかったが、なによりゲストハウスのルームメートをはじめ外国人と触れあうことが楽しかった。私のつたない英語とこっけいなジェスチャーで外国人とコミュニケーションを交わした経験は、それまで感じたことのない興味と興奮をあたえてくれた。
 
それからというもの、私は1人でよく海外旅行に出かけた。社会人になると長期の休みは取りづらく、だいたいの旅先はアジアだった。中国、韓国、台湾、タイ……。決まって私は現地のゲストハウスに泊まり、積極的に外国人たちと交流を図った。何度も海外へ行ったが、いつまでも全く英語は上達しなかった。
 
 
あの事件が起こったのは、いまから10年前。場所はマカオだった。
 
1人旅で香港を訪れていた私は、現地の人から「香港は日帰りでマカオに行ける」と教えてもらった。マカオの知識などなにもなかったが、とりあえず好奇心のままに一路マカオへ向かった。
 
その昔、マカオはポルトガル領だったこともあり、イギリス領だった香港とはちがう雰囲気でとても新鮮に感じた。ガイドブックを手がかりに、私はマカオの観光地を巡り、昼過ぎにある教会へとたどり着いた。
 
教会の前には親子らしき外国人の2人がマクドナルドのポテトを食べながら私に近づいてきた。2人は現地で暮らす母と娘の親子だった。
 
気さくに話しかけてくれる2人。「どこから来たの?」「私は横浜に行ったことがあるの」「今日はどこに行くの?」など、当たり障りのない質問をされたように覚えている。私は現地の人たちと話せることが楽しかったし、なにより、声をかけてくれたことがうれしかった。
 
なんとなく会話が盛り上がったとき、その母親がこう言った。
 
「私たちの家に来ない? ご飯を振る舞ってあげるよ」
 
その言葉に、それまで外国人と話すことはあっても、家に招待されたことなんてなかった私は感激し、その親子に「YES」と伝えた。
 
教会から歩くこと10分。コンクリートのマンションが立ち並ぶうす暗い場所にその親子の家はあった。家に到着するなり奥の部屋に通されコーラをごちそうになる。家には母と娘以外に、父と息子がいた。4人家族のようだった。その父は「この前も家に日本人が遊びにきた」といい、日本人の名刺を見せてくれた。日本の有名企業で働く男性の名刺だった。「きっと、この家族は日本人が好きなんだろうな」。それくらいしか思っていなかった。
 
それから家族4人としばし談笑。私は完全に安心仕切っていた。
 
突然、部屋に一人の男が入ってきて、すっと私の背後にまわった。気づくと背中に“なにか”を当てられていた。私一瞬にして凍り付いた。
 
「金を出せ!」
 
男は大声で叫んだ。私の背中には“なにか”がまだ当たっている。
 
「もしかしてピストル!?」
 
私は大きく震えていた。ここで、ようやく自分がだまされていたことに気づいた。
 
「どうしよう。殺される……」
 
自分の膝がガクガクと震え、額にじわりと冷や汗が流れていることがわかった。私は男の言うとおり、財布をカバンから取り出し所持金を差し出した。
 
「なんだ、これだけか」
 
バックパッカーとして旅をしていた私の財布には、2000円ほどの香港ドル(マカオでも使用できる)しか入っていなかった。大切なパスポートや残りの所持金は首掛けのポーチに入れ服の下に隠していた。
 
私は男にか細い声で「これが全財産です」「ごめんなさい」「もう帰らせてください」と、つたない英語と精一杯のジェスチャーを使い何回も説明した。服の中に隠しているパスポートと所持金が見つからないように。
 
「もう帰れ」
 
男はあきれた表情で部屋を出て行った。まわりを見渡すと、その場にいた家族は私を見て笑いながら「もう、出ていいよ」と言い、息子が玄関を指さした。私は慌てて家を出た。あたりは美しい夕焼け空に包まれていた。
 
マカオから香港に戻るフェリーで「地球の歩き方・香港」を何気なく見ると、巻末に「最近、自分の家に誘い出しお金を要求する事件が多い」と記してあった。まさに、その好例が私だったということだ。この散々な体験によって、それまで楽しかった外国人とのコミュニケーションは、「恐怖のコミュニケーション」となってしまった。
 
私は、どんなに慣れ親しんだ旅先でも現地人の本質を全て見抜くことは難しく、反対に、警戒心を持たない旅行客はあっさりと現地人に見抜かれてしまうことを、身をもって知った。
 
あなたは旅が好きですか? 「旅慣れた」と感じたときこそ、旅の前にはガイドブックの「注意項目」をしっかり読むことをおすすめする。
 
あのとき背中に当たっていた“なにか”とは、なんだったのか。
思い返すだけで、私の背筋に冷たい風が吹く。

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2018-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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