祖母はキラキラとした水晶とともに
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記事:山本しのぶ(ライティング・ゼミ日曜コース)
あれはどこまで現実だったのだろう。そんなふうに思う記憶がある。
例えば、アニメ映画「となりのトトロ」のサツキとメイの姉妹にとって、トトロやネコバスの存在は現実のものである。ただ、きっと、彼女たちはおとなになったとき「あれはたしかに起こったことだけど、それはいったいどこまでが現実だったのだろう」と思うだろう。そんな現実と非現実のあいだにあるような記憶。
小さなころ、祖母が「松茸を取りに行こう」と山に連れて行ってくれた。確か、小学校に入ってすぐくらいだったと思う。幼いわたしと一緒だから、きっとそんな長距離は歩いていないはずだけど、わたしはいくつもの山を越えたように覚えている。自宅の西にある山に入ったはずなのに、帰ってきたのは東側から。そんなこともわたしにとっては長く長く歩いたような記憶につながっているのかもしれない。
山を歩きながら、祖母は自分がまだいまのわたしと同じくらいの歳だったころのことを話してくれた。その頃、この山では秋になると松茸がそれはそれはたくさん取れていて、祖母の祖母が山に入って取って市場に出していたという。そして、松茸狙いの侵入者が勝手に山に入ってこないように、見張ってもいたという。そんな祖母の祖母を手伝うために、学校から帰ると毎日山に入っていたと話してくれた。
その日取れた松茸はたしか1本だった。松茸は若い松の木の根元の乾燥したところに生えるという。わが家の山はもう松茸が取れるような山ではなくなろうとしていた。
歩いている途中で、祖母が「いいところがあるんだよ」と連れて行ってくれた場所がある。洞窟の入り口のようなところに立ったわたしは思わず「わっ」と声を上げた。そこは「水晶窟」と呼ばれる場所で、小さな水晶が四方八方から生えているようにキラキラとしていた。
幼いこどもにとって水晶なんて宝物である。歓声をあげて喜ぶわたしに、「ここは秘密やよ」といたずらっぽく笑う祖母。聞けば、ここも幼いころの祖母にとっては遊び場所であり、昔はもっと立派な水晶が育っていたがいまではすっかり小さいものばかりになってしまったという。小さなかけらのような水晶をポケットに入れて帰ったことを覚えている。
しかし、それ以来、わたしはその水晶窟を見ていない。祖母と一緒に山に入ることは何度かあったように思うが、その場所に行くことはなかった。必ずあるはずの場所だけれど、わたしひとりでは道もわからずたどり着くこともできない。山は祖母の場所という意識が強く、なんとなく父や母にも行ってみたいと言い出すことができなかった。だから、そのときの感覚も鮮やかに覚えているけれど、あれはほんとうに起こったことなのかなと思うことがある。持ち帰った水晶のかけらだけがあの場所が現実にある場所であることを伝えていた。
それから、もう30年になる。そのころ60代だった祖母はいま90代。一時期体調をかなり悪くして、このまま寝たきりになってしまうのかなと思った時もあったけれど、大正生まれの底力で復活し、いまは週に3日デイサービスに通いながら自宅で暮らしている。
ひとや時間の認識やものごとの記憶はだいぶあやふやになっている。帰省したわたしを叔母の名前で呼んだり、夜中にごそごそと動き出して母に寝るように言われていたり。両親は福祉サービスを利用しながら、まあまあうまく付き合っているようである。もちろん、本人もしんどいだろうし、同居ならではの苦労もたくさんあるだろうけど。
ただ、穏やかな様子なので、悲壮感はそんなにない。ありがたいことにいわゆる認知症の問題行動はそんなに出ていないので、少々記憶があいまいだろうが、名前を呼び間違えようが、わがままを言おうが、気持ちが穏やかに過ごせていればいいではないかという空気がある。
まるで現実と非現実の間にあるような、祖母と行った水晶窟の記憶もおそらくわたしのなかだけにあるのだろう。子どもならではの空想が混じっているかもしれない。ほんとうはそんなにきれいじゃなかったかもしれないし、実は家のごく近くを歩いていただけなのかもしれない。ただ、それを確かめることはもう難しいだろうし、確かめたいともいまは思わない。
映画の中でサツキとメイの姉妹が、「夢だけど、夢じゃなかった!」と喜び踊るシーンがある。わたしにとって、祖母と一度だけ行った水晶窟はそんな記憶としてある。これはこのまま、祖母の消えゆく記憶とともに、わたしのなかのキラキラとした宝物として。
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