メディアグランプリ

“空気”というシステム


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記事:うしこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
おそらく、初めてそれに大きくあらがったのは、大学生のときだったと思う。
 
もう10年以上も前になる大学生時代、わたしはずっとトンネルの中にいるような心理状態だった。前も後ろも上も下もわからない、自分の姿も見えない真っ暗闇の中にいるような心持ち。それは不安であり恐怖であり、また焦りでもあり苛立ちでもあった。
 
小学校から高校まで、大学に入るまでの自分の周りの環境というのは割と均一・同質なものであった。学力にも大きな差はなく、興味のあるものと言えば、ファッションやお互いの好きな人の話、部活やバイトや当時の流行りなど、そのあたりの会話を共有できることで輪・和ができていた。裏をかえせば、それをしない少数の人たちは、変わり者と見られたり、その存在自体を意識されないという閉鎖的な輪・和であったともいえる。
 
そのような温室で育ったわたしは、大学入学早々、異種混合、まるで野生動物がそれぞれの生を生きんとするジャングルのようなダイナミズムの波に襲われた。そして、これまでの自分が亡き者にされるかのような大きな恐怖を感じた。
 
なにがその恐怖を呼び起こしたのか。
 
それまでの温室のような環境では、わたしは周りの友人たちと同じ“空気”を吸い、そこに漂い、その空間の中を循環することが「良し」だと無意識的に勝手にとらえ、そうしていた。
たとえ自分の心の中に違和感があったとしても、みんなと同じものを「いい」と言い、「あの人あまり好きじゃない」という話であれば「私も」と言っていた。そうしなければ、自分が描いた「楽しい学生生活」という温室から放り出されると思わせる“空気”という名のシステムに組み込まれていた。
 
しかし、今度の新しい環境にはその温室はなかった。
そこで感じたのは、開放感よりも、自分を包んでくれるなじみの“空気”がないということに対する心元なさ。
加えて、周りの学生たちはその“空気”の有無に関係なく、自分の“声”を発していた。
好きな映画の話を延々としたり、自分でイベントを主催したり、講義の時間も食事の時間も削って自分の好きなことに没頭している。自分にとっては「変わった人たち」がたくさんいた。彼らは“空気”を遮り“声”を発している。それが自分には恐怖だった。
 
その時初めて、自分には“声”がないということに気がついた。
自分を示せない声なき自分が、暗闇の中にすーっと消えていった。
 
この人たちと同じ時間を生きてきたのに。
自分はいったいこれまで何をしてきたのだろう……。
 
墜ちた暗闇から這い上がるため、自分も“声”を持とう。写真を撮ったり、映画を見たり、サークルやバイトを掛け持ちしたり。これまで自ら手を伸ばしてこなかった世界のなかに、それを見つけようと、様々なことに手を出してみた。
 
しかし、いくらやれどもやれども、暗闇は晴れず、ずっとその中をさまよっていた。
いつになったらこのトンネルから抜け出られるのだろう。
 
そんなあるとき、図書館の本のなかにこんな言葉を見つけた。
トンネルから抜け出すための救いを、過去の偉人たちの言葉に探していたときだった。
 
“悲観は気分によるものであり、楽観は意志によるものである”
フランスの哲学者アラン『幸福論』
 
胸にグサッ、頭にガツンという音が聞こえたような気がした。
 
悲観とか楽観というのは、性格的なものではないってこと?
とするならば、まさに今の自分は気分に侵された悲観主義者だ。
 
よくよく振返ってみると、高校を卒業してなじみの“空気”を失ったわたしは、気付かぬうちに「(今でいう)リア充」であらねば、という、学生のなかに漂っていた空気に今度は組み込まれていた。自分の意志で色々取り組んでいたように思っていたが、それも結局は、“空気”によって動かされていただけだったのだ。
 
自分でコントローラーを握っていないシステム。
誰が操縦しているのかもわからない、いや、そもそもそんなもの誰もつくっていないかもしれない、目に見えないおばけのような“空気”というシステムを、自分で勝手につくりあげそれに動かされていた。
万が一にもそのコントローラーが自分のもとにあったとしたなら、それを握っていたのは、不安や焦りといった自分の気分であり、「自分はこうありたい」という意思ではなかった。
 
その言葉との出会いから、なにかが自分の中で少しずつ変わっていった。
 
大学生活も3年目となり、周りの友人たちが就職活動を始めだした。
「自分は何をしたいのか」「どんな会社で働きたいのか」
学生の人気就職ランキングを見ても、会社のサイトや社員の声などを見ても、あまりピンとこない。あの就職用のスーツも着たくないな。
でもとりあえず、就職活動用のサイトに登録だけでもしようか。
 
そのとき、
 
「あれ? またあなた空気に流されてない??」
 
そんな声が、自分のなかから聞こえた。
 
「そうだ、わたしは自分で、自分がほしい将来を創れる人になりたい。」
 
就職活動用のサイトへの登録はおろか、そこで私の就職活動は終わった。
 
「海外に行きたい。芸術の勉強がしたい」
初めて、自分で自分のコントローラーを握った瞬間だった。

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2018-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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