あの青を思い出せ!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宮地愛(チーム天狼院)
新しい教科書を開くとき、私は初めて水中に顔をつけた日のことを思い出す。
新年度になり、私も進級をした。4月から、晴れて大学三年生になった。ただ、進級したからといって、別段新しいこともない。いつもと同じメンバーで、いつもと同じ教室で、学校でよく見る先生の話を今年も聞く。一つ、いつもと違うことがあるとすれば、新しい教科書で、新しいことを学ぶということくらいだ。
去年までは年度がかわる度気を引き締めていた。しかしそれにも慣れて、今年も新鮮味に欠けるなぁと思い、ついうとうと。
昨日、遅くまで起きてたの、失敗だったなぁ。そんなことを思っているうちに、先生の声が少しずつ遠のいていく。
気が付くと、塩素のにおいのするプールサイドにいた。
コーチの声や、水しぶきを立てる音などが混ざりながら響いていく。
小学生になったばかりの私は、保育園の友達の勧めで、水泳を習い始めた。水が怖いだとか、泳げないだとか、そういうことがあったわけではない。むしろプールは好きだったと思う。
何か習わせたいという母の考えと、友達と一緒のところで習い事がしたいという私の主張がうまく合致したのだろう。そんな理由で、水泳教室に通うことになった。
ちいさな私は、初めての習い事、初めての場所で、緊張とわくわくが混じった気持ちで、準備体操をする広場に立っていた。保育園の友達と一緒に準備体操をする。掛け声もそこそこに、私はプールのほうをずっと見つめていた。早くプールに入りたい。プールはどんな感じなんだろう? 水は冷たいかな? 足がつかないくらい深かったらどうしよう……
そんな心配をよそに準備体操を終え、級のちがう友達に手を振ると、コーチに連れられてプールサイドに向かった。
浮きをつけて、プールサイドに腰掛ける。バタ足をして、足に水を感じて。ちいさな私は、高く上がるしぶきに胸をおどらせて、プールサイドからプールに飛び込む瞬間を、いまかいまかと待っていた。
「水の中に入ってください」
コーチの掛け声で、プールサイドから勢いよく飛び込む。
青。
ゴーグルをしていない視界はぼやけていて、それでもなんだか、きれいだった。
口からでてくる大きな泡が面白くて、ぶくぶくと空気を吐き出す。
少しずつ、少しずつ、肺から酸素が抜けていく。
苦しい、息継ぎをしようかな、でもまだもう少しだけ、もう少しだけ……
水から顔を上げたと思ったら、そこは教室だった。
なんだぁ、居眠りしてたのか。
幸い、授業はまだ始まったばかりだった。たまには真面目に授業でも受けるかと思い、先生の板書に目を向けながら、耳を傾ける。
教科書を開いたとき、あのプールで初めて目にした青を、私は思い出した。
私はあの日、水の中に飛び込んだ。ちいさな私にとって、そこは紛れもなく、新しい世界だった。
その青が。
今、目の前に再び広がっているのだ。
一体どういうことだろう?なんだかよくわからないまま、心地よい青に身を任せて、先生の講義を聞いた。
授業が終わって、あの青のことを思い返してみた。そのとき、三浦さんと交わした会話を思い出した。
「つまらない授業のときって、みんな何してるの?寝てるの?」
「私マンガ読んでます」
「えー!それはあれだね、授業から完全に心を閉ざしてるね」
三浦さんは、それはつまらない授業する先生が悪いけど、と付け加え、その時はみんなでゲラゲラ笑った気がする。
それが今になってふと、思い浮かんだ。私はその時、心を閉ざすなんて大げさだなぁと思った。でも、もしかしたらこれが、私にあの青を見せた要因なんじゃないだろうか?
水に心を開いた私に、水が見せてくれたのはあの心地よい冷たさと青だった。
教壇に立つ先生方はいつだって、私たちに新しい世界を見せてくれていたのだと、この時初めて気づいた。大きくなった私にとっての、新しい世界。ちいさな私にとっての新しい世界より、その扉はずいぶんと小さいものばかりになってしまったかもしれないけれど、あのときのプールと同じくらい、むしろそれ以上の大きな世界に飛び込ませてくれるものだったのだ。
それから私は、時折あのときのプールを、青を思い出す。
あの青は、ちいさな私に新しい世界を教えてくれた。頑張ることを教えてくれた。あきらめないことも教えてくれた。
これから先、頑張れないことやあきらめたくなることも出てくるのだと思う。だけど、ちいさな私にその青が教えてくれたことが、私の背中を押してくれている気がするのだ。
大きくなった私は、新しい青に出会うために、今年も新しい教科書を開く。
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