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お前はスティーヴ・ジョブズか!とツッコミを入れたくなる男《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山田THX将治(プロフェショナル・ゼミ)

半世紀以上人間をしていると、自分でも良く分からないが、‘反りが合わない’友人と長く付き合い続ける事が有る。
今回は、そんな妙な関係の友人の話しです。

そいつの名は、“アキラ”。哲学の“哲”と書いて‘あきら’と呼ぶ。生まれも育ちも横浜で、生粋の“浜っ子”だ。オレとは、同学年の男だ。知り合った当時から現在まで、約40年間‘タメ口’で通し、言いたい事を言い合ってきた仲でもある。
アキラは、PCに精通したエンジニアだ。工科大学で学んだ為、1970年代後半の
PC(パーソナル・コンピュータ)という単語すらなかった時代から、モニターに向き合っていた。時代がアキラに追い付くのは、10年以上後のことだ。
アキラは、教育熱心な御両親(母上が教師)のお蔭で、英語が堪能だ。なんでも、中学生の頃から英会話教室に通っていたらしい。その英会話教室が超スパルタで、意味不明でも構わないから英長文を丸暗記しろ、という指導方針だったらしい。実際アキラは、今でもその頃覚えたマーティン・ルーサー・キング牧師の名演説「I have a dream」や、J・Fケネディ大統領の就任演説を‘そら’で語ることが出来る。大したものである。
オレ達が学生の頃は、今ほど英語が重要視されておらず、英会話が出来る者など殆ど居なかった。居たとしても、一部の外交官志望者や、理系の研究者志望者のみだった。

このPCスキルと英会話が、後にアキラが途轍もない体験をするキッカケとなるのだった。

アキラとオレは、大学生になりたての頃、今でも続く映画サークルで出会った。そもそも、典型的理系人間のアキラと、根っからのぐうたら文系人間のオレとでは、相性が良い筈がなかった。物事を、何でも理論通りに考えるアキラと、銭勘定が先立ち損得の為なら‘筋’を引っ込めるのがオレだからだ。
でも、共通の趣味である映画を通じて、何かとかかわる様になってきた。この映画でも、二人の好みは正反対だった。小難しいSFやミュージカル好きのアキラと、西部劇やアクション大好きなオレといった具合だ。
そんな二人が、同時期に映画サークルの雑用メンバーを仰せつかったから始末が悪かった。お互いのこだわる点が全く違う為、寄ると触ると言い争いになった。特に、話し合いや共同作業に熱が入ると二人の特徴が表面化したことがあった。
アキラは自分の作業が終わると、他の者が残っているのに先に帰る男だ。割り切りの良い人間の常だ。一方のオレは、全員の作業が終了するまで残る方だ。自分では、情にだけは厚い方だと思っている。当然、つまらぬ諍いが頻発した。
これは、社会人になってから知ったことだが、アキラは新入社員(新卒で大手PCメーカーに就職した)の頃から、自分の作業が終わると上司や先輩が残っているにもかかわらず、平気で定時に帰宅したそうだ。空気を読み過ぎるオレには、当然出来得ぬ‘技’だった。

そんなアキラと、長く付き合っている内に、不思議なことに一つの安心感が生まれてきた。
アキラのすることは、オレには納得出来ない。しかし毎度毎度、定番の行動をするので、アキラの反応は安定していて、どこか安心出来る様になったのだ。妙な感覚だった。
これをスクラムに例えてみる。ラグビーをしたことが有ったり、御覧になったりした事が有る方も多いことだろう。ラグビーのスクラムは、自軍だけでは組めない。必ず相手が同じ形になることで、初めて成立する。しかも敵方が、“必ず”前に押してくる前提で、上半身をグランドと平行にする形が保たれる。両手が塞がっているので、スクラムが潰れると大怪我の元となる。当然、コラプシング(スクラムを崩す行為)はペナルティが課せられる。
いつしかアキラとオレとの間は、‘必ず押してくる’というスクラムの様な関係に育って来た。

好みが違う二人には、都合のいいことも有る。好みが違う為、女性の取り合いになったことが無い。同世代なら、一度は起こりそうなものなのに。
恋愛観も違うので、御互いの(恋愛の)ことは放置していた。オレは密かに、アキラはヲタク気質なので、恋愛はおろか結婚などしないと勝手に考えていた。
しかし、世には“救う神”は居たもので、年頃の時に同僚のカノジョが出来、ちゃんと結婚もした。愛娘にも恵まれ、立派に育て上げた。あの自分勝手な男が、出来るとは思わなかったことをやってのけたのだ。
しかも、結婚生活も現在まで続いている。きっとどちらも、奥方の懐の深さが為せる‘技’の賜物だろう。

性格が全く違う二人だけれど、時に気の合うことも有る。互いに“落語”が好きだ。贔屓(ひいき)にしている噺家さんは、故・立川談志家元。多分、二人の‘笑いのツボ’だけは、同じ場所に在ったのだろう。
若い頃、こんな事が有った。
どちらから誘うでもなく、渋谷で行われていた落語会に出掛けた。トリ(最後に登座する真打)が、談志師匠の会だった。
その時の談志師匠は、不機嫌そうに長々とまくら(本題の前の小噺)を語っていた。こういう時の談志師匠は、客に対しても恐い。平気で、客を怒鳴ったりする。客の熱が足りないのが、その原因だからである。しばらくすると、
「~を言いたいんだけどねぇ」
と、談志師匠が言葉を濁した。
突然、隣席のアキラが高座の談志師匠に向かって声を掛けた。
「言っちまえ!」
オレは、“ギョッ”となってアキラの顔を見た。
一瞬の間をおいて、談志師匠はニヤリと微笑みながら
「うーん、ヤッパ言わない」
と、場内を混ぜ返した。途端に、場の雰囲気が明るく熱くなった。
オレは、手を叩きながら大声で笑っているアキラを‘なんて度胸のある奴なのだ’と見直したものだった。
互いの落語好きは今でも変わっておらず、一昨年のこと、オレが
「談志が復活したから来ないか? 今回は‘小談志’だけどね」
と誘うと、‘二つ返事’でアキラは承知した。立川小談志師匠の独演会へ、連れ立って出掛けたのだ。立川小談志師匠は、天狼院落語部の講師でもある。アキラはこれを切っ掛けに、天狼院にも顔を出しに来た事がある。余程、小談志師匠の噺が気に入ったのだろう。オレにとっても、通い慣れた天狼院に初めて紹介した友人が、アキラとなったのだ。

互いに30代の時のこと。大手PCメーカーで職を持ち、結婚もし娘も居たアキラだが、ある時突然、あっさり退職した。理由を聞いても腹立つだけなので、聞くことはなかった。どうせ、オレには同意出来ない我儘な理由だと思ってもいた。
一応、
「それで、どうするのだ?」
とだけ、聞いてみた。
「アメリカに行ってくる」
と‘ぶっきら棒’にアキラは答えて来た。
「仕事は、収入はどうするんだ? 娘も居るのに」
問いかけたオレに、アキラは驚愕の答えをして来た。
なんでも、あのアップル社に職を見付けたと言うのだ! PCスキルが高く英語が堪能なアキラなら、それも‘有り’だなと羨ましく思ったものだった。その上、当然、年俸も今より上がるし心配はないとも思っていた。
渡米して数か月後、アキラの奥方から電話が来た。ひどく怒っている様子だった。
聞いたところ、妻と娘を日本に置いてアメリカに渡ったアキラは、現地で飛行機の免許を取得したらしいのだ。後に聞いた話では、陸・海・空の免許証を制覇したかっただけとのことだった。
これは後日談だが、3年程前からアキラは、夏になるとヨット教室に通い始めた。その時の夢は、本当の望みだったと確信した。
この、飛行機免許に関しては、帰国したアキラからの報告を受けた。なんでも、免許証を取得するコストは、日本よりも数段安く、それもアメリカでの就職を考えた理由の一つだったそうだ。しかし、‘コテコテ’の理系人間の悲しさか、操縦免許取得だけを考えていて、免許更新に掛かるコストのことは考えていなかったらしい。今では、数年おきに飛行機の操縦免許更新だけの為に、渡航しているのだから呆れるしかない。

アキラがアップル社に居たことをオレは最近、かなり盛って話をすることにしている。その方が面白いし、あくまで‘堅物’のアキラを少しでも理解してもらい易くする為にだ。
俺の紹介ではアキラは、アップル社在籍中、創業者のスティーヴ・ジョブズに勿論会っていて、
「Hey Steve」「Hai AKI」
の仲だったことにしている。実際の、アキラの立場は、“JN4”までだったそうである。“JN”とは、“ジョブズ・ナンバー”の略で、それに続く数字は、CEOジョブズに面会する迄に、何人の上司を介さなければならないかを示す数字だそうだ。アキラによると“JN4”は、間に入る上司が4名なので、まあマシなポジションであったらしい。
本当の所は、一度だけ社員食堂で、アキラの前の席が空いていたので、スティーヴ・ジョブズに
「座っても良いか?」
と尋ねられただけだったそうだ。オレの話しは、かなり盛り過ぎだった。

アキラとは今でも、仲が良いとは言い切れないが、妙な信頼感と緊張感の中で親交が続いている。もう6年前になるが、オレの車にアキラが同乗していた時、
「この車いつ乗り換えるんだ?」
と聞いてきた。その時の車は、オレが父親用に買ったもので、父親の死後、未だ乗れそうなので乗り継いだ車だ。既に型落ちはしていたが、何といっても親用に買った車なので、車格は普段オレの仕事用に乗っている車よりましだった。
当時、アキラが乗っていた車は、彼の父親が長年乗っていたものを、お亡くなりになった時にこれまた譲ってもらった車だったそうだ。あまり車に頓着しなかったお父さんなので、その車は中古車を通り越して‘太古車’の部類に入っていたらしい。同じく車に無頓着なアキラは、廃車寸前になったその黒魔を乗り続けていたのだった。
その時アキラは、さらに嬉しい事も言ってきた。
「オレは、車にこだわらないから分からないけど、山田は車好きだからお前の車なら信頼できると思ってさ」
オレは、喜んで格安で父親の車を譲った。丁度、買い替えも考えていたからだ。
譲った車は、オレが父親用に入手後12年は経とうとしているのに、未だに現役だそうだ。

ここ数年、新年に最初に逢う友人がアキラと決まって来た。オレは毎年、1月2日にラグビーを観に行くからだ。中学時代、バスケットボールで県大会まで進出したアキラは、数年前までラグビーの‘ラ’の字も知らなかった筈だった。
オレが諸中ラグビー観戦をしているものだから、ある時テレビで観てみたらしい。ルールも何もわからなかったので、一度現場で観てみようとオレに付いて来てから、ラグビーの面白さにハマったのだ。今ではすっかり、オレよりも夢中になっており、生観戦もオレの数倍行っている様だ。
人間変われば、変わるものだ。

もう一つ、反りの合わない友人アキラを語る時、忘れてはならい事がある。
PCの達人であるアキラは、オレが会社で使っていた管理システムを‘1’からプログラムしてくれた。それもオレのうるさい注文を聞き入れた、オリジナルの物だ。
システムには、トラブルが付き物だ。アキラのシステムにも、時折不具合が生じた。少々のことなら、遠隔で指示を受けオレでも直すことも出来る。しかし一度、どうにもこうにもならなくなったことが有った。オレの事業は、食品関係だったので、当日中にシステムが動かないと、次の日に支障が来すだけでなく、全く工場が動かなくなってしまう。
連絡を受けたアキラは、プロの鑑の様に直ぐに飛んで来てくれて、黙々と不具合を調整し始めた。小一時間が経った時、故障の原因がソフト(プログラムシステム)ではなく、ハード(PC本体)によるものだと判明した。
アキラは、自分の責任ではなかったものの、それでも問題解決に努めてくれた。「真剣なんだから、話し掛けるな!」
‘オーラ’全開だった。
その内、側で別の作業しているオレのことも、全く気にしなくなり何やらブツブツと独り言を言いだした。
「マッタク、こんな扱い辛い物を拵え(こしらえ)ちまって申し訳無いねぇ」
落語のセリフみたいだった。オレは思わず
「お前はスティーヴ・ジョブズか!」
とツッコミを入れようとして止めた。
真剣に取り組んでいるアキラに、気を遣ってのことである。
それにしても、自分がハードを設計した訳でも、作った訳でもないのに、PC環境全体に対し自分で責任を感じてしまうなんて、アキラのエンジニアとしてのプロ魂を、垣間見た気がして嬉しくなった。思わず出た言葉なので多分、アキラの本音だろうから。
PCのトラブルは、深夜になって復旧した。
大酒呑みのアキラに、缶ビール二缶を持たせオレは、深夜に横浜のアキラ宅まで車で送り届けた。
こんなプロフェッショナルな友人が居てくれて、私は本当に助かっている。

思い付いたが、アキラは“浜っ子”でオレは“江戸っ子”だ。
相性は兎も角、そもそも反りが合う筈はない。
‘三日暮らせば浜っ子‘といわれる横浜は、何でも受け入れる‘懐の深い’地域性がある。
一方、オレの様な東京下町っ子は、‘五月の鯉の吹き流し’等と言われる。‘本音’ばかりで、全く‘根’に持たないということだ。

アキラとオレ。
こんな二人だから、時間を掛けて上手くやって来たし、これからもやっていくのだろう。

気が付けば、御互い‘還暦’に到達した。
***

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2018-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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