メディアグランプリ

漬物コーナーが教えてくれた、名刺交換は未来を開く“特別な鍵”


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高林忠正(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
あれはたしか20代半ばになろうとしているときでした。
正確な日付は覚えていません。しかし、あの人だけは忘れません。
体全体から気づかいがあふれている人でした。
 
私は百貨店に入社して3年目の春を迎えようとしていました。仕事は店頭でのアパレルの販売から、富裕層や、法人を対象とする営業活動(通称、外商とよばれていました)に変わったのです。
 
営業活動である以上、毎日のようにお客さまとの名刺交換が発生します。
しかし、私は名刺交換が得意ではありませんでした。
あいさつはできるのですが、名刺を差し出そうとすると緊張から体が硬直してしまうのです。すると、相手の方の顔をまともには見られません。そればかりか、名刺に書かれている名前、会社名、所属名もチラ見程度となってしまいます。
帰社したあと、今日会った人は誰?と聞かれても、思い出すことができないのです。
 
「初めまして、私……」とあいさつののち、名刺を差し出そうとするのですが、「あっ、1ヶ月前にいただきましたよ」と言われてしまったことも1度や2度ではありませんでした。
 
いつしか同じ部署内で私のことを、「名刺交換をしても名前を覚えていないヤツ」という風評が広まっていきました。
人の名前を覚えようとすればするほど、緊張して覚えられないばかりか、仕事も中途半端になってしまうのです。
まるで、金縛り状態でした。
 
ある日のことです。同じ部内の先輩、松村(仮名)さんから、「昼飯一緒に行こうか?」という声がかかりました。
吉野家で牛丼を食べたあと、「ちょっと行くぞ」ということで付いて行くと、ライバル百貨店の食品フロアに入っていきました。
 
昼どきの食品フロアは、活気があります。同じ百貨店で働く身としては、商いと人の熱意に触れるだけで、血湧き肉踊る感じがするものです。入り口付近の洋菓子コーナーを抜けると、惣菜と生鮮コーナーがありました。さらに行くと、天井が低く決して広いとはいえない通路になりました。食品コーナーのすみっこをさらに行くと、20人ほどの行列ができているのが見えました。
「こんなゴミゴミしたところで、この行列ってなんだろう?」
行列のさきは、冷蔵ケースが1台あるだけの小さな漬物コーナーでした。
ホワイトクリーム色のユニフォームを着用した若者が、満面の笑みをたたえながら販売していました。
 
松村さんは迷わずその行列に並びました。「なんで私をライバル百貨店の漬物コーナーに?」疑問を持っても先輩です。黙っていました。
 
「田中さん、お久しぶりです」
「清水さん、柴漬けですね」
「水原さん、今日は浅漬け、いいですよ」
歯切れの良い対応が聞こえてきました。
ほとんどのお客さまが、このコーナーおなじみのようでした。
 
私たちの番が来ました。松村さんは、何も言わずに目でサインを送っています。
「いらっしゃいませ、松村さま。千枚漬けですね。かしこまりました」
 
品物を受け取る際、「繁盛してるねぇ」と声をかけた松村さんに対して、
「ありがとうございます。またどうぞお越しくださいませ」と子気味の良いリアクションが返ってきました。
 
彼の名前は田中(仮名)さん。どう見てもわたしと同年代でした。
「なんでこんなに生き生きと働いているのだろう」
私のそんな気持ちを察したのでしょうか、帰る道すがら松村さんは、感想を求めてきたのです。
 
「食品コーナーの隅でありながら、ずいぶんと活気がありましたね」
「あんな小さなコーナーに行列ができているって、なんなのでしょう。」
「品物も他の百貨店と同じではないんですかね」
 
その他には? という問いに対して、私は一瞬考えてしまいました。
 
「そうだ、お客さまの名前を呼んでいましたね」
 
そうなんだよね。彼って、何人のお客さまの名前を覚えていると思う?
「50人くらいですか?」
いや、行列に並んでいた人が20名くらいいたし、その半分以上の人の名前を呼んでいたのです。
 
「100人くらいですかね」
 
松村さんは、ひとこと。1500人!
 
「1,500人!?」
名刺交換しているわけでもありません。
なんで1,500人の顔と名前が一致するのでしょう。私には想像できませんでした。
 
松村さんは言いました。
田中君に聞いたところでは、漬物を販売しながら、ひとりひとりのお客さまを観察しているそうだよ。
 
たとえば、
「何がお好みなんだろう?」
 
「この前のお買い上げは確か、同じ品物でも量は少なかったんじゃなかったっけ」
 
「いままでお見受けしたことがないから、初めてのご来店なのかな」
 
「確か今回が2回目のご来店だったんじゃないかな」
 
3回目の来店と判断したときに初めて、「お名前をうかがってもよろしいですか?」と声をかけるとのことでした。
 
田中君ってもしかすると、漬物の販売に命をかけてるのかもしれないね。
毎日、仕事のあとにお客さまごとに買った品物をノートに書いているそうだよ。
 
「『高林君がお客さまの顔と名前を覚えられない』って悩んでいるみたいだけど、問題はカンタンなんじゃないかな」
 
ポイントは、
「『目の前のお客さまに、どうしたらお役に立てるかな』と考えて行動するだけのこと。人ができることは、君にもできるってことさ」
 
「名刺交換は、そのお客さまと私たちの未来を開く“特別な鍵”なんじゃないかな」
 
歩きながら松村さんのことばを黙って聞いていました。
 
名刺交換は、未来を開く“特別な鍵”
 
あまりにも自分自分だけしか見ていませんでした。
お客さまの変化に目を凝らす。
 
それから1週間、気がつくと、私のなかで、お客さまの顔と名前がまるで動画を見るように動き出したのです。

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2018-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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