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メディアグランプリ

はじめての、逆ナン。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:しまだ けいすけ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
Webで見つけた初回限定のクーポンで、安さと立地にひかれて行った美容室。ページに載っていた写真のとおり、店内は明るく開放的な雰囲気で、ちょっと混雑していた。
 
案内された席で落ち着きなく待っていると、10分くらいして小柄で色白、猫目で大きな瞳が特徴的な美容師さんが現れた。それが平山さんだった。あまりにも美しいので、頰がゆるむのを隠そうとして、ついそっけない挨拶をしてしまった気がする。
 
美容室ではあまり話しかけないで欲しいという人もいるけど、マッサージ店でも、飲食店でも、美容室でも、店員さんと適度な会話を楽しみたいし、個人的に腕のいい美容師さんは、会話も含めて心地よさを感じさせてくれる人だと思っている。
 
とはいつつも、初めて訪れたオシャレな美容室。しかも若くて美人の美容師さんにカットをしてもらって、だいぶ舞いあがっていたのかもしれない。いまとなってはその日何を喋ったのか、全く覚えていない。
 
でもこれだけは鮮明に覚えているのが、カットを始める前に15分位じっくりと時間をかけてカウンセリングをしてくれたこと。そしてカットが終わった後にも同じくらいの時間をかけて、ヘアセットの仕方を丁寧に教えてくれたこと。正直、こんな対応をしてくれる美容師さんに出会ったのは初めてだった。それだけでも満足なのに、目の前の鏡に映っているのは、こうして欲しいと思い描いた通りの、完璧なヘアスタイルの自分。想像以上の仕上がりに感動し、その日は人生で初めて、美容室で次回の予約をして帰った。
 
それから毎月、平山さんに髪を切ってもらうようになると、彼女の印象は会うたびに変わっていった。初めて会った時に感じた、美人特有の話しかけにくそうな雰囲気からは想像もつかないくらい、無邪気で人懐っこい。そのうえ笑いのツボが浅くて、どんなにくだらない話しでも、お腹を抱えながら笑ってくれる。何度かお店に通うころには、すっかり二人して、店内でゲラゲラと笑いあうようになっていた。
 
そんな平山さんの話には、吉本新喜劇のような家族が登場する。
 
生真面目で融通がきかない、仕事と家族が何よりも大切なお父さん。
そのお父さんを巧みにコントロールする、明るくおおらかなお母さん。
割とまじめだけど、東京での同棲を隠しているお兄ちゃん。
破天荒で、旦那を残してすぐ海外に行ってしまうお姉ちゃん。
そんなお姉ちゃんに一緒に連れて行ってもらえず、妻の実家でお父さんの相手をする、お姉ちゃんの旦那さん。
 
特に好きなエピソードは、平山さんのお姉ちゃんの話だ。彼女は新潟の実家でお父さんの経営する会社を旦那さんと一緒に支えている。でも、そのお姉ちゃんが実は頻繁に一人で海外旅行に行っているという真実を、お父さんは全く知らない。それどころか、海外で撮影したフォトジェニックな写真をSNS投稿して、読者モデル並みに反響をもらっているなんて知ったら、このお父さんは一体どうなってしまうのだろう。ほかの家族はみんな知っているのに、お父さんにだけは、東京にいる兄弟に会いに行っている設定になっているのだ。
 
あの手この手でお父さんの機嫌を伺いながら、それぞれが抱える「お父さんへの秘密」がバレないように、家族で連携してその場を切り抜けていく。目まぐるしく展開が変わっていくこの家族のユーモラスな日常は、まさに吉本新喜劇のようで、何度聞いても飽きないし、面白い。
 
お父さんを安心させるための嘘と、自分たちの人生を生きるための、完璧なまでの連帯感。そんな家族のエピソードを面白おかしく話す平山さんの話を聞いていると、なんだか温かい気持ちになってくる。そして仕事やプライベートで悩んでいたことが、とてもちっぽけなことのように思えてくる。
 
30歳を過ぎて中年太りが始まり、顔がいつもパンパンなじぶん。2年付き合っていた彼女の誕生日に、レストランで喧嘩をしてお店にひとり取り残されたじぶん。車をぶつけた翌日に、プールで転んで頭をぶつけて血を流したじぶん。
 
そんなことさえ、もはやどうでもよくなってしまうくらい、この一家はそれぞれの自由を勝ちとるために、毎日を120%楽しんでいるのだ。
そうして、自分も平山さんにはいつもたくさんのパワーをもらっていることに気づいた。
 
平山さんに出会ってから一年くらい経ったある日。いつものように支払いを済ませて帰ろうとすると、普段はレジの前で見送ってくれる彼女が、なぜかその日は店の外のエレベーター前まで追いかけて来た。なんだかいつもと違う様子を感じ、どうしたんだろうと思っていると突然、
 
「もし良かったら連絡先を聞いてもいいですか?」
 
と聞かれた。とっさに
 
「えっ、はい。もちろん。」
 
ということしかできず、震える手をおさえながら連絡先を交換した。
まさかこんな急展開が訪れるなんて、まだ神様には見放されていないと思った。
 
「じゃあ、後で連絡しますね!!」
 
そうしてエレベーターの扉が閉まった瞬間、ひとりニヤけはじめる。ついに、若くて美人な彼女ができるかもしれない。初めての食事はどこへ行こう。どんなきっかけでお付き合いを始めよう。それと同時に、平山さんの家族のことも気になり始める。大丈夫かな、あの家族の一員として上手くやっていけるのかな。お父さんと仲良くできるかな。溢れる妄想がとまらなかった。
 
15分後、SNSには見慣れない地図とともに、平山さんからこんなメッセージが届いていた。
 
「本日もご来店ありがとうございました。実は今月末でいまのお店を退職します。次は近くのお店に移るので、後ほど地図とホームページを送りますね!」
 
そっか、そりゃそうだよね。おれは一体何を盛大に浮かれていたんだ。ただ連絡先を交換しただけじゃないか。
 
こうしてはじめての逆ナン体験は、わずか15分であっけなく幕を下ろした。
 
そんな出来事から2年近く経った今でも、月に1度は彼女のところに通っている。連絡先を知っているのに、いまだ食事に誘うことさえできない。それどころか今では、半年前にお父さんに内緒で留学した、フィリピンで知り合った彼氏の話を聞かされる。
 
その彼が吉本新喜劇の新メンバーとして、舞台上に登場する日もそう遠くなさそうだ。でもその時、平山さんはふたりの出会いを、お父さんになんと伝えるのだろう。そんなことを考えながら、今日もまた髪を切るために平山さんに会いに行く。

***

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2018-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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