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アベ先生の呪文


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記事:きくち ともこ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「そんなに見せたいなら、みんなにも見せたらどうかな?」
 
そのいたずらした男子をみんなのほうを向いて教壇に立たせ、アベ先生はそういった。
いたずら男子はさすがに困った顔で、どうしようもできずに固まっている。
どうするんだろう。
教壇の方を見ているみんなは、クスクス笑ったりしながら男子がどうするか見守っている。
アベ先生はといえばいつもと変わらない、ちょっとすました顔して窓の方をみていた。
 
いたずらの内容はこうだ。
小学校には、いろいろな種類の小鳥を飼っている大きな鳥かごがあった。
どうやらいたずら男子はその鳥かごの前でふざけてパンツを下げちゃったらしいのだ。
まったくしょうがないおふざけだ。でも、だれも被害者はいない。
どうやって叱るのだろうと思ったら、アベ先生は「みんなにも見せたらどうかな」と、教壇にあげちゃったのだ。
まさかそんなこらしめを受けるとは思っていなかったのだろう。
その男子は本当に困り切っていた。
 
結局どうしたかというと、「変なもの見せました、と小鳥におわびしなさいね」と先生に言われ、もうしませんと謝った。アベ先生は大きな声で叱ったりすることなく、そのいたずらをいましめた。
 
アベ先生は私が小学校1年生、2年生の時の担任だ。
いつも決まって黒い服装だったのが印象に残っている。
スカートは長くて、ブラウスにはフリルがついていた。
そしてお化粧はわりとしっかり目。年は40代位だったろうか。
先生というより「マダム」 と呼ぶのがぴったりの雰囲気を持っていた。
 
いつも少しすましたような感じなのに茶目っ気がたっぷりだった。
こうしたいたずらにも、「そんなことしちゃダメでしょう!」と直球ではいかない。
今の時代ならアウトかもしれないけれど、がみがみ叱ったところで屁でもない男子にはこうしたやり方の方がいいと思ったのだろう。
いつも、男子のちいさないたずらに困っていた女子たちは、(先生、ナイス!)と心の中でつぶやいた。
 
かといって、いつでもいたずらを懲らしめるかというと、そうでもなかった。
隣の席の子からちょっかいを出されて困っていた時は、何も言わずに席を移してくれた。
「どうしてそんなことをするの」も「やめなさい」もなく。
意地悪したい気持ちに蓋をできないことも、注意すれば私へのちょっかいがひどくなることも、ちゃんと知っていた。
アベ先生は、信頼できる、頼っても大丈夫な先生だった。
 
そしてなんといってもアベ先生は、授業がとても面白かった。
特に漢字の教え方はバツグンだった。
小学校低学年にとって漢字なんてよくわからない記号のかたまりだ。
いろんなパーツの形と位置や順番を覚えなくてはならない。
面倒至極なわけだけど、アベ先生はこれをこんな風に教えてくれた。
 
例えば「頭」だったら
 
「いち くち ソ いち、いち 丿 め ハ!」
 
「夜」だったら
 
「なべぶたに、イタノ?」
 
というように、呪文でも唱えるみたいなやり方で教えてくれるのだ。
みんなケラケラ笑って、そしてスラスラその漢字を書けるようになっていた。
すごい呪文だ。面倒な漢字の勉強もたのしくてたまらない。
他の教科でも同じようにちょっと子供の心に印象に残るようなことを言って楽しませてくれる。
次はどうやって教えてくれるのかな! と、ずっとワクワクしていた。
アベ先生のおかげで、私にとっての学校生活は楽しくてしかたないものだった。
 
小学校3年になるとクラス替えもあり担任の先生も変わってしまった。
私が何年生の時かは覚えていないのだけど、アベ先生は家族の看病があるのでお休みしなくてはならなくなったと学校からいなくなってしまった。
 
今でも、全校集会でアベ先生がいなくなることを告げる校長先生の言葉を覚えている。
そのくらい残念だったのに、私には職員室までお別れに行く勇気はなかった。
会いに行ってなんと伝えればいいかも思いつかなかったと思う。
それからもっとしばらくして、アベ先生はもっと違う事情で先生も辞めることになってしまったと知った。
もう誰も、アベ先生のあの面白い授業を受けることはできなくなってしまった。
 
結婚し娘ができて学校に通うようになると、アベ先生のことをよく思い出すようになった。
娘から、忘れ物を注意された、だの誰々がこんないたずらをした、なんて聞くと先生ならどうやって注意してくれただろうと想像する。
いたずら男子をやり込めた時のことを思い出しては可笑しくなった。
 
毎週の漢字テストに苦労するようになると、アベ先生が教えてくれたみたいな、面白く覚えられるような呪文を考えてみた。
けれど、あんな洒落た呪文はどうしても思いつかない。
 
今でも、「頭」と「夜」を書くときには、心の中にあの呪文が浮かんでくる。
アベ先生の呪文は強力だ。
あれから何十年もたったというのに忘れることなく私の中で生きている。
 
他にどんな呪文を教えてくれたっけ?
忘れてしまったことが惜しくて仕方ない。
 
アベ先生にもう一度だけ会えたらいいな。
忘れてしまった呪文をもう一度教えてもらいたいな。
 
叶わないことはわかっているけど、そう思わずにいられない。

 
 
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2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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