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子は親の鏡、親は子の鑑


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小倉 秀子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
鏡と鑑。
どちらも、「かがみ」と読む。
でもその意味合いは違う。
「鏡」は、「顔、姿などを映してみる道具」のこと。
「鑑」は、「規範とすべきもの。手本、模範」だ。
(どちらも「現代新国語辞典(学研)」にそのように載っている)
 
この世に生まれて育てられ、そして後に自分が母親になって子育てして思うこと、それは、
 
子は親の鏡であり、親は子の鑑である
 
と言うことだ。もっとわかりやすく言い換えるなら、
 
息子は子供時代の私を映したかのようだ。
そして、私の親は私のお手本だ。
 
と言いたい。
子育て真っ最中の今、その事を痛切に感じている。
 
 
私が今一番頭を悩ませている事、それは、今春から中学生になった息子が、頻繁に学校を遅刻、欠席する事だ。
 
ゴールデンウィーク明けの今週一週間は、特に遅刻欠席がひどかった。
4月から新生活が始まったばかりのところにゴールデンウィーク明けからは部活も始まって、色々慣れずに本人なりに頑張って気力体力を消耗したのだろう。疲れが溜まって朝起きる事がさらに辛くなっていたのかもしれない。
決して学校が嫌なのではないらしい。本人はやる気満々なのに、どうしても朝起きられない。
起きられないならもっと早く寝ればいいのにと思うが、ゲームが大好きで23時まではやらせて欲しいと言う。
 
 
私も中学生の頃、学校を頻繁に遅刻、欠席していた時期があった。
息子のようにゲームが好きだったわけではないが、夜更かしして睡眠不足だったのだと思う。
朝起きられず遅刻が確定すると、一旦あきらめまた布団に入る。少し睡眠を取って運よく午前中のうちに目覚めれば、そこから起床して支度をはじめ、午後には登校する。
間に合いそうもなければ、残念だがその日は欠席だ。
そんなことが、週に1、2度のペースであった。
 
 
今、我が息子は全く同じ状況だ。
こんな真似して欲しくない私の過去のことなど息子に話したことはないのに、同じ状況に陥るとは。
今の息子を見ていて、こう言うところが私の中学生時代を鏡に映したようだと思えてしまう。こんなことなら、もっとちゃんとした中学時代を過ごせばよかったとさえ思う。過去は変えられないけれど。
 
しかも、親の心配をよそに、本人はいたって平然としているところまでそっくりだ。
もちろん遅刻する日は、こんな遅い時間から登校して恥ずかしいとか、今週遅刻するのは何度目だろうかという後ろめたい気持ちがあるのも確かだが、いざ登校してしまうと、普通に友達と接することができる。
親や先生は、こんなに遅刻欠席が多い私を見て、何か悩みがあるのかな、学校へ行きたくないのかな、この先もっと状況が悪くなって学校に来なくなりはしないかな、とさぞかし心配だったろう。
でも当の本人、つまり私は、全く何の心配もしていなかった事を覚えている。
学校に関する悩みは、あったとしても大したことではなかったし、学校へ行かなくなるつもりもなかった。なぜか勉強はちゃんとしていたので勉強面でも問題がなかった。
 
そんな状況の私に対して、母は「ちゃんと学校に行きなさい」とは一度も言わなかった。もしかしたら一度くらい何かを言われたことがあるかもしれないが、いつも母は何も言わずに見守ってくれていたと言うのが、当時の母に対する私の記憶である。
毎朝起こしにきてくれたかもしれないが、母は仕事をしていたので、私が起きられなくても仕事へ出かけてしまう。
その後は運がよければ自力で起きて遅刻して登校するか、運悪ければ欠席してしまうかなのだが、帰宅後の母に、「なぜ起きられないの?」「ちゃんと学校へ行きなさい!」などと責められるような言葉をかけられた記憶がない。いつも何も言わなかった。父も同様だった。
 
中学時代の遅刻欠席の件だけではない。小学校高学年時もひどい反抗期で親に心配をかけた。ほぼ毎日学校で反省文を書かされていたし、先生に帰りなさいと言われて本当に帰ったこともある。
小学校の外でも、反抗期でデパートの店員さんに悪態をつき、謝りもせずにその場から去った私に対しても、帰りの電車で隣の母は私に何も言わず、ただ黙っていた。
 
他にも同じようなエピソードがいくつもある。私が道徳的に間違った事をした時も、私が大事な人生の局面を迎えた時も、人生最大のピンチと思って悩んでいた時も、あの時もこの時も、両親はそのことに対してああしなさいとか、こうしなさいとか、一切言わなかった。だからと言って、放置されているとか、見捨てられていた訳ではなく、ある時は沈黙を貫き、またある時は、とりとめもないような世間話をしてくれた。
うるさいことを言われない方がいいと当時の私が思っていたのは確かだが、人生の先輩として少しくらい何かアドバイスをくれたら、もしかしたら違う道が開けていたかもしれないと思ったことがあるのも事実だ。
 
 
でも人生半分近く生きてきた今、誰かに言われた通りに従ったのではなく、常に自ら考え選び続け、自らの足で歩んで来られた幸せをかみしめている。
もちろん失敗も山ほどあったし、辛い経験も数多くしたが、自分で選んだ結果なので受け入れ、糧にして歩み続けることができた。
反抗期もひどかったし、遅刻欠席だけでなく色々なことで心配をかけ手のかかる子供だったと思うが、両親が見守り、私の進む道を信じてくれたから、私はこれまでの選択に誇りと自信を持って生きることができたし、これからも、人生の最後まで、そうし続けるだろう。
そうやって来られた事を幸せに感じ、両親に感謝している。
 
 
だから私も、そういう親になりたい。ならなければならない。
先回りして答えを押し付けず、見守って考えさせ、選ばせてあげられる、私の両親のような親に。

 
 
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2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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