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メディアグランプリ

夫の単身赴任で失ったもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:北村涼子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「へぇー、こんなことほんまにあるんやなぁ」
という感想のもと、夫は若くして腎臓をひとつなくした。
 
我が家は共働きである。
娘を出産後、半年で職場復帰をした私は「働くことが好き」で仕方なかった。
育児が苦手な私は家で四六時中小さな娘と向き合っているより外で社会にもまれている方が言葉は悪いが「ラク」であった。
 
職場復帰後1年、娘が1歳半のころに夫の転勤が決まった。
家族会議の結果、というか会議もなにもなく「単身赴任」が決定していたのも同然であった。私は長らく就いていた仕事を続けたい意思が強かった。
「いってらっしゃーい」と当然のように言う私に夫も「だよねー」でおしまい。
と、言っても転勤先は名古屋。我が家は京都。
毎週金曜日の夜には京都へ帰ってきて月曜日の朝に名古屋へ出社していく、という「週末婚」の環境を作ることが可能であったため「ひとりでいってらっしゃい」になった。
 
私は「寂しさ」を感じる性質ではなく、いたって淡泊であり冷めた感覚を持っている。むしろ平日夜遅くに帰ってくる夫がいない方が私も娘も生活リズムが整っていいよね、と。
そして「育児が苦手な私がひとりで育児をすることは大変」という問題も車で5分もいけば実家があるし、なんとかなるわー、という軽い気持ちであった。
 
そんな中、単身赴任開始から2年が過ぎた頃にリーマンショックが起こり、夫の会社も私の会社もそれぞれ影響を受けその会社なりの対応がされていた。
私の会社は人員整理を行い、それを受けて自宅から自転車で通える営業所に勤めていた私は本社のある大阪まで通うことになった。
夫の会社でも仕事量に見合う人員を確保することができず営業マンひとりに課せられた営業範囲というものがかなりの広範囲となっていた。
 
自転車通勤圏内からの大阪通勤。
確実になめていた。お得意の「なんとかなるわー」は「相当しんどい。なんとかしなあかん」に変わった。
娘を託児所に預けてから会社に着くまで1時間半かかっていた。
いつ京都の営業所に戻れるか、まったくわからない中で必死の毎日が続いた。
そんなある日の夕方、娘を託児所で確保し、自宅に戻った時に私の携帯に知らない番号から着信があった。
誰だろう?
「静岡県消防隊員の〇〇です。北村〇〇さんの奥様でしょうか?」
「消防隊員?」
まずは頭の中が「?」。そして「はい」と。
「ご主人が高速道路で事故を起こされました。今救急車の中にいます。ご主人とかわりますのでお待ちください」
事故!? なになになにー???
一瞬頭パニックになったが「あぁ、しゃべれるほどなのね」と一安心しながら電話口に出てきた夫に向かって「大丈夫?? めっちゃびっくりするやん!」と一言。
そこで開口一番に夫が言った言葉が「ごめんなぁ」。
そう、来週から家族旅行の予定を控えていた。「行けへんわぁ」と。
そんなことどうでもよい! 体は大丈夫か!? と質問攻め。
しかしすぐに消防隊員にかわられてしまい今から向かう病院を伝えられた。
すでに19時に差し掛かってもいたし、話もできるほどだから、と明日朝一の新幹線で向かいます、と返事をして終えた。
 
終えたつもりでいた。
 
1時間もしないうちに次は夫の上司から電話がかかってきた。
「今からすぐに豊橋まで来れますか?」と。
最初に搬送された病院では対応が無理とのことで少し離れた大きな病院へ移動する、そこで至急の手術が必要なので手術承諾のサインが必要。
「さっきしゃべってたやん! ごめんなぁ、言うてたやん!」
 
いつ帰ってこれるかわからないので娘を実家に預け、近所に住む兄に車で3時間ぶっ飛ばしてもらい夜中の2時に病院に着。
ICUに入っている夫と対面するもモルヒネを打たれていて意識は朦朧としていた。
主治医に体の傷について説明を受ける。
左の腎臓へ向かう血管がつぶれてしまって腎臓に血が通っていない状態。血管を修復させる手術は事故から数時間経った今に手掛けるのは厳しい。そのため開腹する体への負担も避けたいのでつぶれた血管をそのままにして腎臓を壊死させた方が得策だがそれでよいか、とのこと。
「腎臓、壊死」
「???」
生きていけますの? それ。
頭の中ぐるんぐるんしながら主治医と兄としっかり相談をして「腎臓壊死」を選んだ。
 
夫の仕事の疲れから生じた自損事故。
まさかの出来事。こんな出来事、自分の家族に起きると思ってもみなかった。
ドラマが始まったような感覚、何年経ってもあの時の知らないひとから受けた電話が忘れられない。
「へぇー、こんなことほんまにあるんやなぁ」
 
夫はこの事故から3年半後に再度転勤になり京都に帰ってきた。6年ぶりの同居。
長い単身赴任によって腎臓ひとつを失い、人間は腎臓がひとつでもしっかり機能するんだ、ということを知り、家族は夫の大切さを人一倍知った。
「行ってらっしゃーい」と軽く送ったが「よくぞ帰って来て下さいました」と重々にもてなした。
 
そんな夫は大きな事故をしでかしたにも関わらず今は健康的に太り、健康的に笑い、健康的にお酒を飲み、元気に普通に生活している。
今は尿酸値が高いようで毎日薬を飲んでいる。
おいおい、大丈夫かい。
単身赴任で夫が失ったものは大きかったが家族が得たものもまた大きかった。

 
 
***

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2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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