メディアグランプリ

給食を一番早く食べられたって、ヒーローになれるわけじゃない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本しのぶ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
食の細いこどもだった。
最後の一口が食べられなくて、ご飯を残してしまう。給食の時間内に食べきることができない。苦手な食べ物も多かった。
 
家ならまだいい。「仕方ないなぁ、また残して」と言われながらも、「どうしても食べられないんだもん」と残すことができる。大変なのは学校の給食の時間だった。その当時、わたしのいたクラスでは、給食を時間内に食べきることができない児童は、そのあとのお昼ごはんも、さらには掃除の時間もひとり残されて食べさせられていた。掃除のために机を教室の後ろに下げたなかで、ひとり給食を広げているのは、小学校低学年のわたしにとって苦痛だった。
 
担任もいじわるのつもりでやっているのではないようだった。「残さず食べよう!」というかけ声のもと、学校生活のリズムをつくることや、好き嫌いなくたくさん食事をとることができるようにという善意によるものだったのだろう。ただ、クラスメイトが掃除をしているなかで食べさせられるのは、さすがに罰のように感じていた。
 
ある日、担任の先生はあるアイデアを思いつく。「食べるのが速い子」と「食べるのが遅い子」を隣同士の席にするのである。わたしはクラスで一番食べるのが速い男の子とペアになった。「遅い子も速い子の隣にいれば、真似して速く食べられるようになるんじゃないか」というアイデアである。
 
クラスで一番食べるのが速い男子は、いわゆる活発なタイプ。給食が終わったら、真っ先に運動場に駆け出して行くような、小学校で人気者になるタイプの男の子である。ちなみに4月の初旬生まれ。わたしと言えば、外遊びも好きだけど、図書館に毎日本を借りに行くようないわゆるおとなしいタイプ。ちなみに3月の下旬生まれ。小学生の低学年にとって、誕生日の約一年の差は大きい。入学式の日に、すでに生え変わった彼の前歯を見て、びっくりしたことを覚えている。その頃わたしはまだすべて乳歯だった。
 
担任のそのアイデアは効を奏した。ちょうどわたしの「食べる」ための咀嚼や嚥下の機能が高まってきたタイミングとあっていたのかもしれないが、彼を真似することでわたしは時間内に食べることができるようになっていった。
 
そしてついに、その日はやってきた。誰よりも早く、給食を食べ終わることができたのである。一番に食器を返しに行くわたしに、クラスメイトから「えー!」「はやーい!」とびっくりした声が飛ぶ。なんだか誇らしいような、くすぐったいような気持ち。ついにわたしは「給食」に打ち勝ったのだ。
 
2番目に食べ終わったのは、4月生まれのその男の子。わたしが食器を片づけているとすぐにやってきて、あっという間に運動場に駆け出して行った。まっすぐでまぶしくて、はじけるように駆けていく姿。その背中を見つめながら、わたしは「別に一番じゃなくてもいいや」という気持ちになっていた。
 
給食を一番に食べる彼がクラスの中で目立ってかっこよくヒーローみたいに見えていたのは、彼が給食後にまっすぐに運動場に駆け出していくくらい、「やりたいこと」があるからだった。ただ単に給食を早く食べても、わたしには別にやりたいことなんかない。お昼休みの時間がつぶれるほど食べていたくはなかったけれど、急いで食べるほどのことでもない。せっかくならわたしは、周りの子とおしゃべりしたり、お昼の放送を楽しんだりしながら給食の時間を過ごしたかった。
 
「食べる」ことはいつしかわたしのバロメーターになった。味わうことはもちろんだけど、楽しんで食べること、おいしい食材を選ぶこと、シンプルでもいいから手作りすること……。日常の中で、なにかに忙殺されたり、気がかりなことがあったりすると、とたんにそれらが失われてしまう。コンビニのお弁当でとりあえずおなかを満たす、そんな生活をしていたときは、さんざんな毎日だった。
 
食べることは奥深い。からだだけじゃなく、暮らしや気持ちに直結しているのだ。そして、なにを食べるかも大事だけれど、どう食べるかもとても大事なのだと思う。ゆったりとした気持ちで、楽しんで食べることができるときは、暮らしや気持ちが落ち着いている。だったら、その逆もしかり。「速く食べる男の子」を小学生のわたしがなぞったことでその子の気持ちが分かったように、ゆったりとした気持ちでじっくりと味わいながら食べることができれば、落ち着いた暮らしや気持ちに近づくことができるような気がする。
 
「よく噛んでゆっくり味わって食べる」って、かっこよくもなんともないけれど、そんなかっこよくもなんともない生活をじっくり送っていきたいなと思っている。

 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/47691

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事