メディアグランプリ

オシャレは痛い、私を通り過ぎていった靴


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:清水慧 (ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「私ってダサイのかな?」
そう自覚したのは、中学生になってから。
 
当時、学生の革靴といえば、このブランドのローファー! という流行があったらしい。
オシャレに興味がなかった私は、そんな流行があることも知らず、
母親が近所の靴屋で見繕った靴で通学していた。
 
その靴は今思い出しても、野暮ったいデザインだったと思う。
どれほどかというと、わかりやすいエピソードがある。
通学途中の電車で、向かいの席に座っていた60代後半のおじさまが履いてる靴を見た時だ。
それは私とサイズ違いではないかと疑うほど、そっくりなデザインだった。
 
初めて、自分の履いている靴が若者にしてはダサイのかもしれないと気づいた。
危機感を覚えた私は、クラスの友達が履く靴を気にして見るようになった。
しかし、結局は母が買い与えてくれた同じような靴を3年間履いていた。
友達のようにオシャレに履きこなす自信もなかったし、
単純に母が選んでくれた靴が履きやすかったのだと思う。
 
そんな私がオシャレに目覚めたのは、社会人として働き始めた頃だ。
同じ職場に、いつもパリッとしたシャツとスーツに身を包み、
腕時計やネクタイピンなどの小物にも気を配るオシャレな先輩がいた。
当然、靴も例外なくオシャレだ。
靴の良し悪しはいまだにわかっていないが、上質な革と製法で作られているのだろう。
いつ見ても革に光沢と艶があり、繊細な縫い目で形づくられ、なんともいえない色気があった。
そんな靴が似合ってしまう先輩は、私には眩しく見えて、この人の前ではいつも緊張していた。
 
ある時、そんな先輩が私の靴を見繕ってあげると言い、一緒にデパートの靴売場へ出かけた。
私は会社以外で先輩が隣にいるという事実に舞い上がっていた。
先輩が素敵だという靴にうん、うん、と頷きながら次々と試し履きをしていく。
私の好みは関係なかった。
きっと、先輩が選んでくれるものなら、私に似合っていると思った。
 
「うん。これが一番いいんじゃないかな」
先輩が最終的に選んだのは、細身のフォルムで、ヒールが5㎝はあるパンプスだった。
足幅が広い自分なら絶対に選ばない靴だった。
でも先輩が選んでくれた靴に足が入らないのは恥ずかしい。
恐る恐る、足を入れ、最後は靴の中に詰め込むようにして履いた。
ヒールの高さで体がふらついてしまいそうだった。
それでも、みっともない姿を見せたくなくて、踏ん張った。
 
先輩は足元をじっと見ながら言った。
「いいね。大人の女性っぽくなったよ」
“大人の女性”
その言葉を聞いて、私は即決した。
「ありがとうございます。私、これ買います」
 
翌朝、早速その靴を履いて職場へ行った。
おろしたばかりだからか、靴の中が固く、違和感があった。
しかし、そんなことは気にならないくらい、私は浮かれていた。
できることならダサかった中学生の私に見せてあげたい。
大人になった私は、こんなオシャレな靴を履いているんだよって。
だが、そんなルンルン気分は、一週間も経てばなくなってしまった。
 
「痛い……傷になっちゃったな」
その靴はあきらかに足に合っていなかった。
かかとは靴擦れにより、傷ができてしまった。
小指は固い革靴に摩擦され、真っ赤に腫れていた。
 
玄関で足をさすっていると、出勤前の私を見送りに来た母が心配そうに覗き込んだ。
「あら、痛そうね。足にあわない靴を履いてるじゃないの?」
母はちらっと華奢なパンプスを見て続けて言う。
「オシャレなのも良いけど、自分にピッタリな靴じゃなければ、履き続けても辛いだけよ」
私はムッとした。
「わかってる。でも、こんなオシャレな靴、初めてなんだもの」
母は、私の言葉を聞いて、何も言わずに居間に戻ったかと思うと、すぐに戻ってきた。
手には絆創膏があった。
「はい。これ、貼るだけで少しは痛みも和らぐから」
私は罰の悪い気持ちになった。
「ありがとう。……心配かけてごめんね」
「いいのよ。社会にでれば新しいことにチャレンジしたくなるもの。お母さんにも、背伸びしてみたり、無茶した時もあったわ。でもね、子どもが傷つく姿を見ると、親は心配してしまうのよ」
体を大事にね、と言って母は見送ってくれた。
 
私は会社へ向かう電車で揺られながら、母が買ってくれた靴を思い出していた。
とてもじゃないが、オシャレとは言えない学生靴。
革なのに光沢も艶もなく、色は黒ともグレーともいえない、ぼやけた色だった。
履き口は足首を囲むようにクッションが入っていて、幅広な足をますます大きく見せていた。
だが、足なじみは良く、ほどよいホールド感もあり、非常に歩きやすかった。
歩くと疲れたり、足のトラブルで困ったことはなかったと思う。
 
今、オシャレだと思いながら履いてる靴に目を落とす。
これは私が憧れていたオシャレなのだろうか?
先輩が選んでくれたという理由だけで買ってしまったが、
私は試し履きする時なんて思ったのだっけ?
 
初めて、足が痛む靴を履いてわかったことがある。
彼が選んだ靴は、いつもより私をオシャレに見せてくれるだろう。
しかし、痛みに顔を曇らせている私は、オシャレからはずっと遠いのだろう。
 
私のオシャレに対する意識は、中学生の頃から殆ど変わっていなかったのだ。
ただ、誰かに選んでもらう靴を履いているだけ。
勇気を出して、自分でオシャレに挑もうとしていなかった。
ろくに試し履きをせずに買った靴は、そのことを痛みで気づかせてくれたのだ。
 
結局、その靴は一週間だけ履いて、もともとついてきた箱に戻した。
今では、オシャレな自分を目指すきっかけになった1足として、大事に押入れにしまってある。
たまに思い出したかのように、今なら履けるかしら? と挑戦してみる。
そして痛みを思い出しては、オシャレへの道はまだまだ遠いなと笑う。

 
 
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2018-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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