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メディアグランプリ

万引きGメンあらわる


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記事:ほしの(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「わたし、万引きGメンになりたいの!」
目の前のAさん(49歳・女性)は、小さな女の子が「お花屋さんになりたい!」と宣言するかのごとく目を輝かせていた。
 
わたしは数年前、大手企業のコールセンターで派遣社員として働いていた。二十代から五十代までの様々な境遇の女性が集まり、離職率も高かったため常に人の出入りがある職場だった。
ある日、ひとりの新人さんがやってきた。それがAさんだった。偶然、彼女と昼休憩を一緒にとる日が続いた。最初は芸能人の噂などたわいもない話をしていたのだが、慣れてきたころ「実はわたし……」と切り出された。
「万引きGメンになりたいの!」と。
「なぜ?」と尋ねると、彼女は続けてこんな話を始めた。
 
「この前、近所のスーパーに行ったのよ。そしたら、カートに野菜やらお菓子やら山積みにしたおばあさんが、レジを通さずカートごとトイレに入って行っちゃったの。車椅子の人とかも使える広いトイレあるでしょ?」
Aさんはお弁当を食べるの手を止め、話を続けた。
 
「しばらくして、そのおばあさんがトイレから出てきたんだけど、山積みだったカートは空っぽ。その代わりにリュックサックがパンパンだったの!
わたし、思わず駆け寄って、
『カートに乗せてた商品、どこいっちゃったんですか?』って聞いたのね」
その時のことを思い出しているのだろうか。Aさんの表情が険しい。
 
「そしたら口ごもっちゃって、ちゃんと答えないのよ。これはまずいって思って、警備員さんを呼びに行ったんだけど、その隙にいなくなっちゃったの。焦ったわよ。急いで店中を走り回って、やっと出口から出る寸前のおばあさんを見つけて、警備員さんに引き渡したのよ。間一髪でしょ?!」
そう熱く語るAさんの頬はうっすら赤く火照っているようだった。その一方で聞いている私の指先はひんやりとしていた。胸の奥がザワザワする。
 
聞けばAさん、そういう体験は今回がはじめてではないらしい。近所の他のスーパーでも同じような場面に遭遇しているという。
「万引き犯を見つけたら、必ず警備員に引き渡しているの」と彼女は誇らしげだった。その数は十数名を超えているという。Aさんいわく「よく見ていればやりそうな人がわかる」とのことだった。
 
万引きは犯罪だ。万引きは悪い。わたしもそれはわかっている。たぶんそれは幼稚園児だって知っていることだろう。それがたとえおばあさんであっても、イケメンであっても、等しく悪事で、等しく罰せられるべきことだ。そしてそれを捕まえる人も必要だ。万引きがお店を潰してしまうことだってある。
それでもこの話を聞きながら、わたしの心はざわついた。万引きする人と同じくらい、目の前のAさんがなんだか怖い人のように思えた。
 
芸能人が不倫をしたり、トラブルを犯したりしたことを報じるニュースは連日のように流れている。すべていわゆる「よくないこと」をした人たちだ。
ネットを開けば、その対象者を非難するコメントで溢れかえっている。
わたし自身も「なんじゃこいつ!」とか思ったりもする。けれど、実際にそれをネットに書き込む人たちをどこかで怖いと感じていた。
 
Aさんの話を聞いていて、ざわついた私の心には、同じ種類の怖さが横たわっていた。この気持ちはどこから生まれているのかを考えた時に、ひとつ思い当たる部分があった。
 
それはAさんのキラキラした目だった。そこには万引き犯を捕まえた気持ち良さが滲み出ているようだった。悪者をやっつける正義を行使する喜び。ネットの中で正義のつぶやきをする人の心の中にも、同じような気持ち良さが発生しているのではないだろうか。
 
フィクションの世界では、仮面ライダーが怪人をやっつけたり、水戸黄門が悪代官に印籠を見せつけるシーンがある。正義の鉄槌が炸裂する瞬間である。その時、見ているわたしの心には爽快感が広がる。
「スッキリした〜!」
コンチクショウと思った気持ちを彼らが代わりに晴らしてくれる。それこそヒーローものの醍醐味だ。
 
ふと思った。見ているだけでこんなに爽快なら、ヒーロー自身の爽快感はいかばかりか……。って、ちょっと待てよ……。
ヒーロー自身の爽快感??
仮面ライダーや水戸黄門の正義が、爽快感欲しさだったら?
悪者をやっつける気持ち良さを目的とした行為だったら? 
なんだか急に風向きが変わる。そんなヒーローがいたら、とんでもなく恐ろしい存在になってしまうではないか。
万引きをなくすため。愛のため。平和のため。それは正しく美しい。けれど、正義の拳を振り上げる瞬間、わたしたちの心は危ういラインの上に立っているように思う。
 
その後、Aさんとは数年いっしょに働いたが、最後まで仲良くなることはなかった。実のところ、わたしは彼女を好きになれなかったのだ。
今思えばわたしの中にも、拳を振り上げた正義が存在していて、彼女の言動を良しとしなかったのだろう。
そんなわたしもまた、知らないうちに危ういラインを踏み越えていたのかもしれない。

 
 
***

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2018-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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