人は大人になるにつれて言葉を失う。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:岩本 敏昌(ライティング・ゼミ日曜コース)
あれは小学生4年生の給食の時間だ。
「いわちゃん、STって誰? もしかして〇〇さんのこと好きなの?」って皆から言われた。そのとき、私は20人ほどのクラスの中で顔が真っ赤になっていた。
いわちゃんというのは私のあだ名だ。岩本だからいわ。いたって普通のあだ名だ。
その日の午前中、図工の時間に1人1人が牛乳パックで池に浮かべる小さいボートを作っていた。カラフルなボードが並ぶ、綺麗な模様を描く人もいれば、キャラクターを描く人もいる。みな、個性が光っている。
私は「カッコ良くしたい!」と思った。当時、私はアルファベットってなんだかカッコいいよね、と思っていた。皆、書いていないし、よしこれだ!
私はなんだか響きのいいSTというアルファベットを牛乳パックのボートの壁面に大きな文字で書いた。男の子だったら分かると思うが、ミニ四駆のDASH1号や、ZガンダムやVガンダムのノリだ。
当時、私はまだイニシャルというのを知らなかった。なぜならローマ字を読めなかったし、そもそもローマ字というものを知らなかった。さらに、中国地方の過疎地域の学校で、児童の数も少なく、クラスの殆どの子が知らなかった。
だけど、どこの学校もそうだと思うけども、年上の兄弟姉妹がいる子は少し賢い。
その子がポツリ。
「STって、○○さんだよね」
そこからだ。話がどんどん膨れ上がって、気付けばローマ字から、イニシャル、最後には小学生の恋話になってしまった。
ただ、私は響きの良い、好きなアルファベットを並べて書いただけなのに……
その時に私は小学生ながらに学んだ。
「自分の好きな文字も使えないのかと……」
結局、その子にも迷惑がかかっていたから、ボートは自分のイニシャルTIに書き直した。
25年経ってこのエピソードを初めて思い出した。それは大人になって、これまでの人生の中で、言葉の大切さを初めて理解した体験があったからかもしれない。
言葉って何? そう聞くとコミュニケーションの為だよね、自分の思いを相手に伝えるためだし、相手を傷つけないようにしないといけないし、分かりやすく伝えないといけないよね、そう答える人が多いのではないだろうか?
私もずっとそう思っていた。
大切な人を傷つけたこともあったし、勇気を貰ったこともあった。
だけど、この年になって初めて腑に落ちたことがある。
それは言葉というのは自分自身とのコミュニケーションにも使うということだ。
その際に大事なのは、その言葉が自分自身にしっくりくるかどうかということ。
例えば、私がここ何年か好きな言葉、いや好きだと思い込んでいた言葉があった。それは、何か行動をしていくさいに「省エネで一番ピンを倒す」というものだ。ここでいう省エネというのは、効率的にという意味だ。ただ思うように結果に繋がらないなと思うことが多々あった。
なぜ結果が出ないんだ、そう考えていると、私は恐ろしいことに気付いてしまった。「省エネ」と声に出すと、テンションが下がっている感覚だ。
文字で描くと「省エネ」だ。エコな感じがする。無駄が無い感じだ。だが、私の身体は、私の感覚は、省エネ=小さい、少ないエネルギーと捉えていた。
つまりは、小さいエネルギーで一番ピンを倒すということだ。そんな小さいエネルギーで一番ピンを倒せる訳がない。一番ピンを倒すのに必要なエネルギーに対して、小さい、少ないエネルギーしか出さないのだから……
つまり、省エネで一番ピンを倒すというのは、私にとって言葉と身体の一致感がなく、悪い方向に身体が反応していた。ただ、聞こえの良い言葉を並べていただけだ。気付けば遠い過去の記憶、小学生の時のボート事件を思い出した。
大人になるにつれて、格好いい、それらしい、皆が使う言葉の中で生活をするようになって気づけば誰かが作った言葉をいかにも自分の言葉として自分に言い聞かせていく。そう頭でっかちの状態だ。自分自身の感覚が段々と失われていく感覚だ。
まるで、自分自身が、自分に言い聞かせるように、自分に封印をしていくような感覚だ。もしかすると、ロシアの民芸品のマトリョーシカの人形みたいに箱の中に箱、さらに箱という感覚に近いかもしれない。
私の本当の箱の外側に箱が覆いかぶさっていき、その箱にはだれかが綺麗な模様をかく。でもその模様は私が好きな模様ではない。だれかが好きな模様。
そして、気付けば色んな箱が重なり、私の箱に描いていた模様を忘れていく。
その外側の綺麗だと思い込んでいる模様が本当の私の模様だと思い込む。
ただ、最後まで言葉と体の一致感は生まれない……
もしかすると、人は大人になるにつれて、別の人の綺麗だと思い込んでいる言葉に上書きされて、段々と自分の本当の言葉を失っていくのかもしれない……
あなたの言葉は、言葉と身体の一致感はありますか?
ふと立ち止まってみるのも良いかもしれません。
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