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プロフェッショナル・ゼミ

現代のマッチ売りが得た灯火《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保 明日香(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
私は朝の通勤電車で毎日本を読んでいる。乗り換えの駅まで、たったの15分だけれど、毎朝、小説の世界に浸っている。
その日もいつも通り、つり革の前に立ち、本を読んでいたところ、たまたま前に座っている人が席を立った。
「やった! ラッキー、座れる!」
今日は朝からついていると思った。
ゆっくりと座席に腰掛けてページをめくり続ける。乗り換えの駅が次に迫り、私以外の周りの乗客がスマートフォンを鞄にしまって降りる準備をし始めた。その瞬間だった。
 
 
まるでSF映画で宇宙人が襲来してきたときのような短い電子音が車内に響き渡った。その音に驚いた私は一旦、文庫本を閉じる。何事か、と思ったとき、鞄の中でスマートフォンが震え出した。電子音は次々と周辺のスマートフォンへ伝染し、車内は一時騒然となった。
 
 
その後、間髪を入れずに携帯が話し出した。
 
 
「強い地震が来ます、警戒してください」
 
 
車内が左右に揺れ始める。幸い、電車は乗り換えの駅に到着する寸前だったため、スピードは既に減速していた。電車は徐々に力を失うようにゆっくりとホームへと到着した。
窓の外を見ると、電線が大きく振れていた。
「びっくりしましたね」
「結構揺れましたよね」
隣りに座っていた見ず知らずのお婆さんやOLさんに思わず話しかけてしまうほど、胸が波打っていた。
 
するとホームにアナウンスが響き渡った。
 
「只今、地震の影響により、全線運転を見合わせております。お急ぎのところご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。復旧まで、今しばらくお待ち下さい。繰り返します。只今……」
ホームと車内が再びざわつき始める。せっかく座っているし、このまま車内で待機しようかと考えたのだが、そうしている間に次々と人が駅周辺やホームに現れて身動きが取れなくなるかもしれない。私は思い切って駅を出ることにした。朝のこの時間なら駅から徒歩五分のところに会社直通のシャトルバスが出ていることを思い出し、歩いて行ってみることにしたのである。
 
 
歩きながら会社に電話をかけた。
数回コール音が鳴った後、毎日、一番に出勤してきている管理課の山元さんが電話に出た。
「おはようございます、久保です。すみません、ちょっと電車が止まっちゃって、出勤が遅れそうです」
「地震でしょ? 無理してこなくていいよ。というか大丈夫だった? すごく揺れたでしょう」
車内で地震に遭ったため、あの揺れが電車減速時のものか地震のものか私はまだわかっていなかった。どのくらいの規模の地震か、把握していなかったのである。電話を切って恐る恐るTwitterで『大阪 地震』と検索をかけた。すると、画面上に現れたのは予想以上にお大きな数字だった。
「マグニチュード……5.9!?」 
私は生まれてからずっと関西に住んでいる。阪神淡路大震災のときは5歳だった。だけど家が震源地から離れていたためひどい被害に遭わなかった。その後も全国各地で大きな地震災害が起きたけれど、今まで当事者になったことがなかったのである。
 
 
ことの重大さに気づいた私は慌てて家族にLINEを送った。幸い、全員の安全が確認できたためほっとしたのだが、バス乗り場に行く道中、周りを見渡すと数えられるほどしか人が歩いていなかった。状況が状況なだけに心細く、不安に襲われる。まるで一人、雪が降りしきる中をとぼとぼと歩いているマッチ売りの少女のような気分だった。
 
 
そのとき、握りしめているスマートフォンが音を立てた。
 
画面を見ると、LINEが一通届いていた。
「あすかさん、大丈夫!?」
それは共通の趣味がきっかけでSNSを通して仲良くなった4歳年下の友人、ぱんちゃんからの連絡だった。彼女は神奈川県に住んでいるのだけれど、地震のことを知り、私に連絡をしてくれたのである。不安に凍えていた胸にポッと火が灯り、少しずつ温まっていくのがわかる。
「こわかったけど大丈夫、ありがとう」
そう返事をして、バスが来るまでの間、TwitterとFacebookを交互に開いた。
災害時にはLINEやTwitterといったSNSの情報が速いと噂には聞いていたがそれは正しかった。更新する度に次々と新しい情報が手に入る。震源地、被害状況、現在のけが人の数、電車の運行状況……。知りたい答えは全てそこにあった。
 
 
状況を確認している間も、全国各地から安否を気にかけてくれるメッセージがポツポツと届いた。一つ一つのメッセージが心に染みて目が潤んでくる。「大丈夫?」という言葉を見るだけで積もった不安が解けていくのがわかった。
バスを待つこと20分。顔を見たことがある別の部署の社員が数人、現れ始めた。同じ部署の人は、残念ながらいなかった。
私は人差し指で目に浮かび始めていた涙を拭って、到着したバスに彼らと共に乗り込み、会社へと向かった。
 
 
バスに乗っているときに部署内のメンバーでLINEのグループが作成された。数人はまだ自宅にいたが、ほとんどの人は電車に閉じ込められていた。
道中ハプニングもなく会社に到着することができた私は、「久保、無事に会社に着きました」と書き込む。
だけど、バスを降りて見上げた会社はいつもと違って見えた。人の気配が感じられないそれは、燃え尽きたように静かで、暗かった。中に入ると、私は部署内で3番目の出勤者だった。
今、私にできることはなんだろう。
バス停に向かう道すがら感じた不安を思い出す。
もし、私がマッチ売りの少女だったとしたらどうだろう。
 
 
彼女は「マッチはいりませんか」と声をあげ続けていた。どんなに孤独で辛くても、マッチを必要としている人がいる可能性にかけて叫び続けていたのだ。
私が今、できること。それは、今の情報を必要としている人のため、声をあげることではないかと思った。
 
そう決めたら行動あるのみだ。グループLINEに、「充電が危ない人は通知をオフにしてください」と断りを入れてから、約30分に1度、実況中継を行った。
「本部長がいらっしゃいました」
「役員と人事部が各フロアを奔走しています」
「今日無理に会社に来なくていいと通達がありました」など、情報を発し続けた。
 
 
座席にて実況中継を行っていると、「おはようございます」という声がした。
そこに立っていたのは後輩のななちゃんだった。ななちゃんは自宅を出た後、すぐに地震に遭い、駅にたどり着いたものの人だかりができていたので市バスに飛び乗って会社までやってきたのだと話してくれた。
「めちゃくちゃ道路が渋滞してたんです。それに、乗ってくる人は必ず、このバス、ここへ行きますか? って運転手さんに聞くから余計に時間食っちゃって」
少し疲れた様子でななちゃんはバスの状況を教えてくれた。
道路が渋滞しており、すぐに発車出来なかっただけかもしれないけれど、運転手さんは繰り返される質問に苛立つことなく、丁寧に返答していたということだった。
 
 
「それに、私、下車する時に10円足りなくて。急いで両替しようと100円玉を出したときの運転手さんの対応がまた、神対応だったんですよ」
ななちゃんはバスに乗ったとき、持っていた小銭で降車時に支払うことができると思っていたのだが、そのバスは距離によって料金が変動するバスだったため、お金が足りなくなったそうだ。
「両替させてくださいって言ったら、お代はいいですよ、気をつけて行ってください。って言ってくれたんです。さすがに申し訳ないので、その場で両替させてもらってお金払いましたけど、こんなときに発せられた人の優しさって、心にしみるんだなって思いました」
LINEのメッセージが私の不安を解かしてくれたように運転手さんの優しさはななちゃんの心を温めて、解かしてくれたのだろう。
 
 
有事のときにしかわからないことがある。
それは人が人に与えることができる優しさという名の灯火だ。
日頃から親しくしている友人、家族はもちろん、遠くに住んでいる友人も見ず知らずの運転手さんだって誰かに優しさを伝えることができる。
友人は「大阪」と「私」を結びつけて、心配をして連絡をくれた。その気遣いや、私のことを頭の片隅に置いていて、連絡をくれたことが嬉しかった。今そのことを考えるだけでも涙が滲んでくる。
たった一人で不安な時に、どんな形でも優しい言葉をかけてもらえることがどれだけありがたいか、当事者になって初めて気づいた。「心配することしかできないですけど……」と言ってくれた友人だっていた。だけど、その心配を発信することこそが心に積もった雪をじんわりと解かす、灯火になるのである。
 
 
寒さに凍えそうになってマッチを擦ったマッチ売りの少女は、悲しい物語として語り継がれているけれど、彼女はきっと、幸せだった。マッチが灯す光の中にある大好きなものに包まれて、優しさや希望を感じていたに違いない。
 
 
私のスマートフォンの中には今も、友人からもらったメッセージが灯火となり、燃え続けている。これを書いている今日も明日もあさっても、余震が起きる可能性はゼロではない。もっと大きな地震だっていずれ来るかもしれない。
そんな不安に押しつぶされそうになったときには、手元の灯火をそっと覗いてみようと思う。そして心を温めて、前に進む力へと変えていきたい。
 
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