本物の大人は子どもだった《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:中野 篤史(プロフェッショナル・ゼミ)
なぜ今まで「いいね」をしていなかったのだろう。不思議に思いながら、天狼院のfacebookページにいいねした。それから、おもしろそうなイベントを見逃していないないかと、過去の投稿へどんどんスクロールしていく。すると、最近うちのリビングでよく見かける顔が、PCの画面を過ぎ去っていった。「あれ? 今のは木村さんでは……」と、上の方へ過ぎ去っていった投稿を戻してくる。やっぱりそうだ、奇跡のりんごの木村さんだ! まさかと思った。 それは、ここ最近我が家で話題の木村さんだった。でも天狼院で奇跡のりんご? なぜ? 私の頭の中で天狼院と木村さんが上手く結びつかない。とにかくそれはイベントの告知だった。どうしても行きたい! 咄嗟にそう思った。しかし、だいぶ下までスクロールしていたので過去のイベントかもしれず、もしかしたら終わっているかもしれない。とにかく確認してみる。するとタイトルに6月9日(土)と書かれていた。今日は何日だっけ? テンパっている私の頭から日付がが飛んだ。そうだ今日は4日(月)だった。ということはイベントは今週末。よし! いける。と思ったのもつかの間、チケットは買えるのか? とあらたな不安がよぎる。木村さんといえば知る人ぞ知るお方である。既にチケットが売りきれという可能性もある。おそるおそる画面をスクロールして、購入ボタンを確認する。あった! オレンジ色の「今すぐ購入」ボタンが生きている。買える! 家族の予定も確認せず、とにかく4人分を購入したのだった。
しかし、なぜ私が木村さんにここまで興奮するのか? それは、 今年の4月に 私と妻が青森へ旅行した時、偶然の縁で妻が木村さんと再会する機会があったからだ。実は、妻は10年以上前に木村さんの畑を訪れていた。そして、今回彼の畑で色々な話を聞いてからというもの、妻は木村さんの本を買い集め、YouTubeで木村さんを観まくっていた。当然私もその影響を受け、我が家では、空前の木村さんブームが巻き起こっている最中だった。だから、天狼院のHPで木村さんを見つけたとき、セリーヌ・ディオンの10年ぶり来日公演を知ったような、衝撃を受けたのだった。では、なぜ木村さんは我々夫婦をそこまで魅了するのか? それは彼が本物だからだ。本物といっても、なにかすごいオーラがあるとか、カリスマ的とかそういうことではない。むしろ私が考える本物の人は、オーラすら感じさせない人だ。だから、見た目や話方だけでは判断ができない。一見すると本当に普通の人である。では、何がすごいのか? 実は私が「この人本物だな〜」と思う人にはいくつか共通点がある。
まずお金儲けや名声に全く関心がない。私のような俗人は、強欲でないまでも小欲はある。仕事をするなら給料が多いほうがいいし、多少の贅沢をしてみたいと思う。しかし、彼からはそういった欲が全く感じられない。そもそも、お金儲けをしたければ、世界で誰も成功したことのない、手間のかかる無農薬のりんご栽培を始めよう思わないのだ。それから、無農薬りんごの栽培が成功し、それがマスコミに取り上げられ、さらに映画化までされた。木村さんの名前は日本だけでなく世界にも渡り、今ではそれなりの名声を得たといえる。しかし、本人からは驕りを感じさせる雰囲気は微塵も感じられなかった。彼の人との接し方を見ていると、どんな相手とも同じ視線で、素のままで会話をしているのが印象的だ。
そから、こんな特徴もある。とても無邪気なのだ。りんごの木の下で木村さんは無邪気によく笑っていた。りんごの話をするときは、嬉々とし話をする。何か話すごとに「ガハハハハ!」と大きな声で笑うので、それがこちらにも伝播して楽しさが込み上げてくる。その屈託のない無邪気な笑いが、接する人を虜にしてしまう。この無邪気さも本物の特徴なのだ。
そして、次が本物の人の一番の特徴と言える。誤解を恐れずにいうとバカなのだ。それも究極のバカだ。どういうことかと言うと、四六時中、もうそのことしか考えていない。木村さんで言うなら「無農薬りんごバカ」なのである。24時間365日無農薬のりんごの栽培を成功させること以外考えていない。木村さんの著書や、映画を観た方は知っていると思いますが、彼の場合は結果的に人生が破滅する寸前までいってしまう。りんごという果物は農薬ありきで栽培されてきた果物らしく、それまで無農薬で栽培に成功した事例は世界に一つもなかったと言う。世界のどこにも前例がない中、手探りで始めた無農薬のりんご栽培は困難を極めた。害虫の大発生から始まり、その影響で近隣の農家からも苦情を言われ、さらに嫌がらせまで受けるようになってしまう。果実がならなければ当然収入も得られない。農業以外の仕事でなんとか食いつないではいたものの、お金は無くなっていく一方。元々は、奥さんが農薬にとても敏感な体質だったために目指した無農薬のりんご栽培であったが、その奥さんや幼い子供達の生活まで困窮させてしまう。そんな八方塞がりのなか、無農薬栽培成功への糸口をつかんで行くのだが、その話は著書に譲るとしよう。そんな、本物の人が一つのことに没入する様は、狂人のようでもある。もはや、大好きとか言うレベルを遥かに超えて、本人にもどうすることもできない、止むに止まれない状態なのだろう。だから「なぜそこまでして?」と聞かれても、本人ですら答えられないのではないか。木村さんの場合は、結果的に大変な苦労をされたたけれども、バカになることと苦労することは全く別の話なので、混同しないで欲しい。
私の思う本物の中にこん人もいる。その人は、大平洋を超えたはるか遠く、ニューヨークにいた。ファッション写真家のビル・カニンガムさんだ。と言ってもおそらく、彼を知っている人はそれ程多くないはず。でもこの人も、知る人ぞ知る方である。「私は、ビルに写真を撮られるために服を着ている」と言ったのは、アメリカ版『VOGUE』の鬼編集長であり、ファッション界の重鎮アナ・ウィンターだ。それからパリコレと並ぶ、世界4大コレクションの一つ「ニューヨーク・ファッション・ウィーク」で、ビルに撮影されることは、そのスタイルが業界で認められたことを意味するに等しい。ただ、ファッション写真家といっても、彼の場合セットアップされた室内での撮影ではなく、街へ出て、路上でお洒落な人達を撮影するスナップスタイルだ。彼の目は、流行の最先端を捉える千里眼とも言える。彼が撮影したストリートファッションの写真が、ニューヨーク・タイムズ誌の人気ファッションコラム「One the street」に掲載されると、数カ月後にそれがトレンドになって表れるということがしばしば起こる。そんな、彼のことを撮影したドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム & ニューヨーク』を観ると、ああ木村さんと似ているなと感じるのだ。彼も、やはりお金や名声に全く興味がない。彼にとって自由にストリートファッションを撮影できること以上に価値があるものは存在しないのだ。
彼がニューヨーク・タイムズで働いていた頃、1982年3月に創刊された「ディテール」というファッション誌の写真の仕事も並行して受けていた。昼はニューヨーク・タイムズで働き、それが終わると、カゴから解き放たれた鳥のようにディテールの編集部へ向かうのだった。なぜならディテール誌ではビルのやりたいようにやらせてくれたからだ。ビルはディテール誌から一銭もお金を受け取ろうとしなかった。なぜなら、お金をもらわなければ、誰からも口出しをされないからだ。その後、ディテール誌は、出版大手のコンディナスト社に買収されるが、コンディナストの社長から小切手を受け取ってくれと催促されるが、やはり一切受け取ろうとはしなかった。ちなみにコンディナストは米国で『VOGUE』や『GQ』を発行する世界的な企業である。お金を受け取らないことについてビルはこう言っている「お金なんて一番価値のないものだ。世の中で一番価値があるのは自由なんだ」と。
映画の中の彼はとても無邪気だった。それも本物に共通する点だ。とても無邪気に笑い、そして仕事をする。子供のようにディレクターと言い合いをする場面もあるが、真剣に自分の表現を追求するがゆえの摩擦にすぎない。そして、食事には無頓着で、部屋の中はネガで埋れている。そんな日比の様子から、ビルも写真以外のことに興味がないことが良く伝わってくる。毎日、愛用の自転車になりながら、街を移動し獲物を探す。自分のアンテナに引っかかるもの、そうでないものを本能的に選りわけながら、路上のファッションを狩り撮っていく。そこに、有名無名も関係なく、どんなに有名なスターが着飾っていても、ビルのアンテナにひっからなければ、完全に無視されてしまう。一方で、雨よけのためにゴミ袋に穴を開けて着ている姿がアンテナに引っかかれば、「One the street」に掲載される。この自らの感覚に対する忠誠は中々真似できるものではない。その忠誠がひと時もブレずに路上で50年以上も写真を撮り続けるのはまさに本物だ。残念ながら2016年に87歳でこの世を去ってしまったが、映画を覗けばいつでも本物ぶりを観ることができる。
こうやって、自分が本物だなと思う人のことを考えて行くと、結局本物の人というのは、子どものままなのだ。嬉々として自分の注意の向くものに、後先考えずに没頭して行く。子どもには「今」が重要なのであって、既に過ぎてしまったことはどうでもいいし、これから起こることについて考えている暇なんてないのだ。私だってできることなら、子どものように好きなことに没頭したい。それで暮らしていければ苦労しないのだ。「お前も大人になれ」そんなセリフを、つい最近のTVドラマで聞くことがあった。結構手垢がついた感が否めないセリフだが今だに使われている。結局大人にならないと暮らしにくい世の中だから仕方がないのだろうか。いや、でもちょっと待っておくんなさい。どうやら最近世の中が変わってきたようだ。もしかしたら、これからは、こんなセリフが言われるようになるに違いない。「お前ももっと子どもになれよ」と。言い換えると本物を目指せということだ。これだけテクノロジーが進歩し、情報伝達のスピードが早くなり、物事がシェアされ始めた世の中では、ビジネスの中心をなすのはネットワークになってくるからだ。ネットワークが人と企業を結びつけお互の価値を交換する。facebookやYouTube、そしてUberやAirbnbを見ればわかる。これらの企業は、何を提供しているのか? 彼らが提供しているのは人々が繋ることができるプラットホームだ。Uberは一台も車を所有していないし、Airbnbはひと部屋も所有していない。人と人を結びつけ、価値を交換できることに価値がある。そこでは、大人も子どもも関係ないのだ。価値を提供できれば、対価を得られる場所があるのだ。場合によっては、子どもである人の方が、面白い価値を提供できる可能性が高い。だから、私は自分に言い聞かせる。本物を目指そじゃないか。ガハハハハ!
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