プロフェッショナル・ゼミ

経営力を高めるために事業計画書はいらない《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:鈴木佳文(プロフェッショナル・ゼミ)

「……事業計画書を作っていただくことは可能でしょうか」
地に沈み込むような暗い声の電話を貰ったのは、ある日曜日の夜のこと。
経営が傾き、資金繰りに窮しているにも関わらず、金融機関から融資を断られたという。
金融機関から、「中小企業診断士の指導を受け、事業再生に向けた経営改善計画書を出すしてください」と言われたらしい。

僕は、経営コンサルタントとして事業計画書の作成と実行を支援している。
最近はこんな感じで、経営改善案件が多くなっている。
できれば、起業に向けたサポートのような明るい展望の仕事がしたいと思いつつ、がんばる経営者は応援してあげたいという複雑な心境だ。

「私のポリシーとして、代行して作成することはしていません。しかも、事業再生の専門家でもありません。それでも、大丈夫ですか?」
「先生しかいないんです……」
どうも、事業再生の専門家を調べたら写真が怖かったらしい。
ホームページのプロフィールを見て、怖くなさそうな人だということで僕に依頼をしてきたのだ。

スケジュールを調整して、すぐに訪問した。
このような案件は、スピードが命だ。
早く着手すればするほど、回復できる確率は高まっていく。

「ありがとうございます!がんばりますので宜しくお願いします」

人の好さそうな社長に気持ちを絆され、引き受けてしまった。
代行作成はしないこと、嘘やごまかしがあれば即座に契約を打ち切ること、だけは譲らずに契約書に盛り込んだ。

「当行としては、もう再生支援協議会を入れて動いた方が良いと考えています」
やばい、地雷案件だった……
ある程度は想定していたものの、金融機関との信頼関係が完全に崩れている。
お金を借りないと経営が立ち行かない状態で、口先でごまかして追加の融資を受けていたりしたらしい。

催促をされなければ、経営に関わる数字を出さず、しかも出すたびに過去の数字が変わって整合性が取れない資料。
金融機関の協力を得なければ取組そのものが成り立たない。
取引している金融機関は5つ。
それなのに……

全ての金融機関に見離れている状態からのスタートだった。

「私の代で会社を潰すのは絶対に避けたいです」
という社長。
「このまま続けても回復は見込めそうにないですから整理しましょう」
という金融機関。
間に入って、どちらも立てながら調整していく。

「これから1ヶ月で経営改善計画書を作りましょう」
「えぇ、時間が取れないです」
「以前に取引のあったお客様にもう一度コンタクトを取ってください」
「変に思われて経営不振の噂になるのは嫌なので……」
「支払い条件を変更できないか、仕入れ先と交渉してみましょう」
「たぶん、無理ですよ。それより計画書は先生が作ってくれませんか」

動きもしないで、助言のことごとくが否定されていく。
会社を存続させたいんじゃなかったのか?
このままでは、本気の支援は続けられない……

「社長、計画書の作成代行はしないし、嘘やごまかしがあったら契約を打ち切るというお約束だったと思います」
「そんな悪いことはしていないよ」
「私は今、ごまかしをされている気分です。とにかく行動しなければ状況は悪化していくだけです」
「…………」
「動く気が無いなら、すぐに契約を打ち切りにしたいと思いますが……」
「困ります! 今から他の先生を探すわけにも行かないですし」
「では、動きましょう。動きもしないで悩んでいる暇はありません。動けない理由を聴かせてください」

本当は、こんな手は使いたくなかった。
社長の夢に寄り添い、やる気を出して貰うのが僕のスタイル。
でも、大怪我をして血が流れているのに、応急手当てをしない訳にはいかない。
話を聴いてみれば、社長が格好の悪い思いをしたくないというのが本音だった。
ショック療法的な働きかけをしてしまったが、ようやく社長が動き出した。
やれやれ、これでスタートラインに立てそうだ。

「え? なんで駄目なんですか?」
やっぱりスタートラインに立てなかった。
経営改善を進めるうえで、現場の理解は欠かせない。
だから、全社員との面談で不満や希望を聞き出そうと思っていた。
「計画を考えるのは私だけで良いんです」
社長は、恰好悪いところを社員に知られたくないのだ。
自分だけで計画書を作ると言って譲らない。

ショック療法を続けざまにする訳にもいかないので、本来のスタイルで仕切りなおすことにした。
金融機関との交渉にも同席し、まずは半年の猶予期間も得ている。
仕入れ先とも交渉し、支払い条件の変更もできた。
本当は社員と向き合って欲しかったけれど、基本に立ち返って自分としっかりと向き合って貰うことにした。

タイムリミットは半年後だ。
半年後に再生にするか、返済を猶予して貰って立て直すかの決断をする。

毎月2回ミーティングをして、社長が本来やりたかった夢を聴いた。
社長の夢をベースに、あるべき理想の姿を描いてもらった。
経営改善計画書は何とか2週間で仕上げた。
計画の進捗を毎月、金融機関各行に訪問して報告して貰った。
亀のようなスピードにしても、誠実に報告することで信頼関係を取り戻すのだ。

「目標に全く届いていませんね」
「こんな筈じゃなかったのに……」

目標に到達しないのは分かり切っていた。
社長に現場を巻き込む意思を持って貰わないといけない。
ここを乗り越えれば、一回り成長できる。
そんな確信があった。

「今後に向けた意思を示して、取引金融機関に支援協力をしてもらう必要があります。バンクミーティングを開催しましょう」
「そんな事しないといけないのか? 個別にお願いして回れば……」
「全ての金融機関の合意が必要なんです。だから、取引している金融機関全てを集めての会議、バンクミーティングを開催するんです」
バンクミーティングに向けた手順をお伝えした後が本題だ。

「ところで社長、社員の皆さんに事業改善計画書を見せましたか?」
「うん、朝礼で発表した……」
「計画書を印刷して配ったりしましたか? 朝礼の発表は毎日しているんですか?」
「いや、配っていないし、最初の朝礼で言っただけだよ」
やっぱりそうか。
これでは、目標を達成できる訳がない。
何故なら、社員が目標を把握していないんだから。

「社長は、なぜ事業改善計画書を作ったのですか?」
「それはメインバンクから指示があったからだ」
「なぜ、事業改善計画書が必要なんでしょうね」
「…………」
「社員に社長の夢を伝えるために使えるんですよ。目標も共有できるから、社員が自分たちで考えて工夫もできる。なぜ、配布しなかったんですか?」

分かっている。
社員に夢を語るのが、業績が落ちているのを示すのが、カッコ悪いからだ。
社長の、カッコ悪いから動かない病が治らなければ、次のステップに進むことは難しい。
心の問題だけに簡単に取り扱うわけにもいかない。
どうしよう、なんで僕はこんなことをしているんだろう?

そもそも、経営コンサルタントであれば事業計画書なんてサポート出来て当たり前のものだ。
それをわざわざ僕が専門分野にしたのは、飛び抜けて得意な領域が無かったからだ。
器用貧乏。
サラリーマン時代も、同じ部署に2年もいなかった。
同じ部署でキャリアを重ねて専門家に育っていく同期を見て焦り、何でも屋のプロ資格を探したら中小企業診断士というものがあった。
ただそれだけのこと。
でも、様々な領域に触れながら未来に向けたストーリーを作って行く事業計画書は、手伝っていてとても楽しい。
何でも屋の特性が活かせて、物語が作れる。
こんな面白いことはない。
だから、この程度の試練は試練のうちに入らない。

「社長、事業計画書はコミュニケーションのツールなんですよ。若手リーダーを中心に事業改善のプロジェクトを作りましょう。個別面談はなしでいいですから」
「わかった」
そこからは早かった。
事業改善計画書をプロジェクトチーム中心で作り直した。
現場が加わっているので、売上数字の根拠もしっかりと積み上げられた。
迎えたバンクミーティングでは、全金融機関が合意して返済計画の見直しをすることになった。

この会社のような事例は多い。
だいたい、経営が悪化している会社に行くと、会議室のホワイトボードが綺麗だ。
ホワイトボードを使っていないという事は、議論を見えるように会議していないということ。
社長の社員のコミュニケーションが上手く取れていない。

経営力を高めるために、事業計画書が必要だと金融機関は言う。
でも、事業計画書を作ったって、社員と共有できていなければ意味がない。
そういう意味では、経営力を高めるために事業計画書はいらないのだ。

それよりも、社員としっかりとコミュニケーションを取って欲しい。
社長と一緒に未来に向けた物語を作って行きたい僕は、コミュニケーションツールとしての事業計画書の作成を、これからも応援していきたい。

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