プロフェッショナル・ゼミ

男の嫉妬は醜いけれど、エネルギーにはなるようだ《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:永井聖司(プロフェッショナル・ゼミ)

同僚がキーボードを叩く音さえ聞こえる、静かな朝の一時だった。始業前の、まだ社内に人がまばらな時間、早めに出社した同僚たちは自分のパソコンに向かって集中して、メールチェックなどを行っている。
そんな中にあって僕が、パソコンが立ち上がるのを待って自分のスマホでSNSをチェックしたり、起動しているアプリを何の気なしに終了している時だった。
僕のスマホから、静寂を切り裂く爆音が流れ出した。
『うっぎゃーーー!! やっっちまったーーーー!!!』
流れ出した音楽を耳が捉え、スマホに表示される曲名、アーティスト名、更にジャケットの画像を目で確認すれば、僕は心の中で大絶叫を上げた。慌ててスマホの電源ボタンを押して強制的に切ろうするけれど、音楽は流れ続ける。なぜだ!? なぜ消えない! 焦った頭は行動を極端に遅くして、冷静になれば数秒で終えられることが終わらない。その間も社内には爆音で、男性の、伸びやかで通る歌声が流れ続ける。ヤバイヤバイヤバイヤバイ……。同僚たちへの謝罪の気持ちはさて置き、『こんな曲を聞いていることを知られてしまった』というとてつもない恥ずかしさが僕の全身を駆け巡り、指の動きを更に鈍くさせる。
「すいません、すいません、すいません……」
動揺していないフリを必死にしながら、苦笑い混じりの謝罪の言葉を唱え、どうしてもスピードの上がらない頭と指を必死に動かし続けておよそ数十秒後。ようやく社内に、静けさが戻ってきた。すると僕は素早く、『この曲』の正体に勘付いて笑っている人がいないか、社内に目を走らせる。向かい側に座る後輩に変わった様子はなし、あの席の後輩も、あっちに座る先輩も……。そして社内にいる全員への密かなチェックが終わったところで、僕は大きく息を吐く。
暑い、暑い、恥ずかしい……。
時間が経てば経つほど、クーラーの効いた社内にいるはずなのに、汗が吹き出す。立ち上がったパソコンで仕事を始めようとするも、指が、頭が動かない。そしてそんな段になってようやく、別に誰も知らない曲だろうからあんなに焦ることもなかったのに、なんて遅すぎる気づきが湧き上がってくる。
もう一度、間違って音楽が流れ出すことがないか確認するため、おっかなびっくりスマホの電源を入れる。映し出されたのは、生身の人間の写真でも、アート性の感じられるものでもない、CDジャケットだった。
『二次元』の、男性アイドルグループの画像だった。
それだけではない、画面をスクロールして最近購入した曲の履歴を見てみればそのほとんどが、少女マンガチックな目の大きさに、現実にはありえない髪の色やイケメンの、『二次元』男性アイドルグループのCDジャケットだった。社内ではカケラも話題に出したことのない、僕の秘密であり、密かに最近僕がハマっている音楽ジャンルだった。とは言っても僕が知っているのは、曲を購入する時に必要な『二次元』アイドルのグループ名ぐらいで、それぞれのキャラクターの性格や背景はもちろん、名前すら覚束ない。それで『ハマっている』と言えるのか、という考えもなくはないだろうけれど、ここ数ヶ月間、シャワーの時や家にいる時、職場にいる時もイヤホンでこっそりとヘビーローテーションをしていることを思えば、間違いなく僕は、『二次元』男性アイドルグループの虜になっていると言えた。

きっかけは数年前、女性向け恋愛ゲームである『うたの☆プリンスさまっ♪』という作品の、アニメ版最終話に流れた曲を聞いたことだった。アニメの本編は1話だってしっかりと見たことがないのに、話題になっているから、という理由だけで最終話のエンディングを見た。そして1度聞き終わってみれば僕はすぐ、再度映像のはじめに戻って、聞き直し始めていた。終わればまた戻って、聞き終わるとまた戻って、更にまたもう1回と、気付けば10回近く、同じ映像を眺め、曲を聞いていた。
音楽に特に詳しいわけでもなければ、作品について詳しく知っているわけでもない。何が良かったのか、何にハマったのか、僕自身ですらよくわかっていなかった。自然と繰り返し聞きたくなるような曲が良いのだろうという気もするし、今どき本物の男性アイドルですら歌わないような甘くてキラキラした歌詞、そして時折入る、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフが新鮮だったのかもしれない。
それでも、自分自身がハマった本当の理由はわからないまま、なんとなく、『二次元』男性アイドルグループの曲って良いよね……という思いを抱えながら数年間を過ごしていたらいつの間にか、世の中に同ジャンルの歌が溢れかえり始めたのだった。
男性アイドル育成ゲームというジャンルのスマホゲームがいくつか出来て、そこで生まれた『二次元』男性アイドルグループの公式ミュージックビデオが、ユーチューブにアップされ始める。なんとはなしにそれらの曲を聞いた僕は最初、良い曲だなとは思っても、ユーチューブに載っている動画を繰り返し見れば良いだろうと思うのだけれど、気付けばやっぱり、ユーチューブを開くごとに同じ曲を聞いている自分を発見する。それならいい加減買うべきだろうと思って購入し、ということを続けていたらいつの間にか、自分でも驚くぐらいの『二次元』男性アイドルグループの曲がスマホ内に収められていたのだった。
そしてヘビーローテーションをする中で、僕は最近になってようやく気づいた。
『二次元』男性アイドルグループの歌は、ただの歌ではない、声優の『職人技』なのだ。そしてこれこそが、僕がハマる理由なのだ。
伸びやかで通る、心に突き刺さるような声は、名歌手の美声とは何かが違う。その違いはきっと、歌手とは違って、演技を通して、人に何かを伝えるために鍛え上げられた声だということだ。
それでいて、キャラクターによって声質を変えたりトーンを変えたり出来るというのは、普通の歌手には出来ない、声優ならではの『技』なのだ。
そして、ひょっとしたら僕自身、これらの技を手に入れられたかもしれないと思うから、僕は、二次元男性アイドルグループの歌に惹かれてしまうのだ。
僕の小さい頃の夢は、声優になることだった。

「永井くん、朗読が上手いね」
「声が良いね」
小学校時代の国語の時間、しょっちゅう僕はそんな風に、先生たちから褒められていた。そして昔からアニメが好きだった僕は実に安直に、『声優になりたい』と思うようになった。
中学時代、所属していたバスケ部の大切な試合前に熱を出して休んでしまい、部活に行きにくくなった後は迷わず、演劇部に転部した。声優になるためだ。
そして両親に内緒でこっそりと、声優の学校の資料請求をしたりもした。でも学校は東京にしかなく、通いで行くようなお金も根性も僕にはないと思えば、『本気で目指すのはもう少しあとになってから』と自分の中で結論づけた。
そして『声優になりたい』という思いを抱えたまま、僕は東京からより離れた高校に進学し、また演劇部に入部した。そして高校3年生になれば、『声優になりたい』という夢が何度も頭をよぎりつつも、
『今の時代、大学ぐらい出とかないとな』という思いが勝って、気付けば東京から遠く離れた函館の地で、大学時代を過ごした。そして一人暮らしを始める中でアニメを見て、声優さんの情報を調べてみて、自分と同年代であったり年下の人が活躍しているのを知れば、みるみる内に僕の、『声優になりたい』という思いはしぼんでいってしまった。
目指すとしたらラストチャンスだったろう就活シーズン。『声優になりたい』という思いは、無くなってはいなかった。
それでも、今更声優学校に行って成功できるのか、ライバルがどれだけいると思っているんだ、上手くいかなくて食えなかったとしたら一体どうやって生きていくんだ、などなど、将来に対する不安がとめどなく湧き上がれば、見つけるのも難しくなるぐらい小さくなっていた思いはいとも簡単に踏み潰されて消えたのだった。
それからおよそ8年が経ち、30歳直前になって社歴も長くなり、仕事も安定してきた今になっても、考えてしまうことがある。あの時、声優を目指していたら僕の人生はどうなっていたのだろう。上手くはいかなかったかも知れないけれど、今よりも充実感を感じられる日々がそこにはあったかもしれない。

そんな後悔が時折、不意に現れる僕だからこそ、二次元男性アイドルグループの歌、いや、その声が突き刺さるのだ。
僕の耳にその声を歌声を届けてくれる人たちは皆、僕が乗り越えることが出来なかった不安を、乗り越えてきた人たちだ。売れない時代、満足な収入や結果が得られない時代もあったはずだ。それでも自分を信じて声優という道をこれまで走り続け、今も走り続けている。数え切れないライバルの中にあっても負けないよう、真面目にコツコツコツコツ練習しつつ、いつ仕事がなくなるかも知れない不安の中で、戦い続けている。そして走り続けた中で手に入れた技に自信と誇りを持って、仕事に取り組んでいる。
僕が叶えられなかった夢の先にあるそんな人々の姿は、憧れでしかない。そして同時に、そういった人たちのことを思うと、どうしようもなく悔しい。
考えても仕方ない後悔がまた襲ってきて、現実の僕に突きつけられる。そしてその度、悔しさに歯を噛み締めながら、僕は足元の日常を見る。
『声優になる』という夢を諦めたからこそ、出会えた人々、得られたスキル、見られる将来。それは決して、否定するものではない。素晴らしいものだ。この日々の延長線上で得られるものを、僕は手に入れるだけだ。

シャワーを浴びながら今日もまた、二次元男性アイドルグループの曲をかける。
僕にはもう手に入れらないだろう技を感じながら僕は、嫉妬する。
そしてそのエネルギーを、1日を頑張るエネルギーに変える。
曲の内容には見合わない使い方かもしれないけれど、僕にはピッタリの方法だ。

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