プロフェッショナル・ゼミ

初めて学校から呼び出しを受けた日のこと《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:一条かよ(プロフェッショナル・ゼミ)

携帯が鳴った。まだお昼を過ぎたばかり、こんな時間に珍しい。仕事の電話だろうか?
見ると「〇〇中学校」とある。
息子の通う中学校からだった。

何かあったのだろうか? それはそうだ。何もなければ電話が学校からくることはない。ケガをした? 息子は一応運動部に所属しているが、運動は得意ではない。だから大なり小なり、しょっちゅケガをしている。今回もそんなことだろうと、驚くこともなく電話に出た。

「はい、もしもし」
「あ、一条君のお母さん。小林です」
小林先生は、学年主任のベテラン先生。国語の教科担当だが、どう見ても運動部にしか見えない体格と風貌。ずっとやってきたというサッカーの、部活の主顧問でもある。

「実は彼が、ちょっと学校としてはよろしくないものを持ってきていまして。今、そのことで話し合っています。まぁ彼のことだから、すぐに収まると思うのですが、一応の報告です」

どうやら学校側としては、“そういう時”の対応マニュアルがあるらしい。そんなニュアンスもにおわせていた。
ご迷惑をおかけいたします、と、私はさほど心配もせずに電話を切った。

帰ったら長男とどんな話をしようか。
そんなことを考えながら、仕事モードに戻りかけていた、その10分後。携帯がまた鳴った。
まさかとは思ったが、またも学校からだった。

「いや~、今日はですね、なんだかしぶといんですよ。こういう時、彼だけ教室を別室にして個別指導をして、親御さんに迎えにきてもらうルールになっていまして。そんなにすぐではなくても大丈夫なんですが、迎えに来てもらえますか?」
小林先生から、いわゆる「呼び出し」の通告が出た。

珍しい、どうしたのだろう? 長男は、平和主義。争いを好まず、波風を立てるのを嫌がり、衝突するぐらいだったら、自分が我慢をするタイプ。
「みんなが手をつないで、踊りを踊れるような世界に」
彼の小学校の卒業文集には、そんな言葉が書いてあった。
その彼が、自分よりはるかに立場の強いと分かっている先生にそんなに抵抗するなんて。
私にとっては、にわかには信じがたい報告だった。

仕事場から学校までは、1時間と少しかかる。
私はその間、息子とどんな話をしたらいいだろうか、どんな言葉をかけたらいいだろうか、あれこれ考えていた。
しかし考えれば考えるほど、細部に関心が向かってしまう。伝えたいことは次から次へと出てくるが、それは何か根本からそれていっているような感じもした。

迷って悩んだ挙句、開き直ることにした。

「その場で決めよう」

彼の学年の教室は3階にあるのだが、その「個別指導室」は、2階にあった。職員質の真向かいあたりだった。

教室に入ろうとすると、ドアが開いていた。先生が二人と長男がいる。長男は、机に置いたカバンにつっぷすように、顔をうずめていた。
先生と目が合ってしまったので、私も教室に入った。

「お母さん、いらしたよ」
その声から、少し間をおいて顔を上げた。その目の周りは、“まっかっか”だった。
私には、その状況に至る流れがわからず、少し頭は混乱したが、どうしたのと聞く気は不思議と起こらなかった。

「彼も反省しているようなので……。な、大丈夫だよな?」
若い男性の先生、まだ20代だろうか、そう話し始めると、もう一人の先生も、そうそう、といった様子でうなずいていた。
反省ってなんだろう? 大丈夫ってどこが?
バツの悪さから出たようなその言葉を耳にしながら、一人心の中でつっこみを入れながら、
「ご迷惑をおかけいたしました。ありがとうございました」
と本当は心にない言葉を丁寧に伝え、息子と二人、その場を後にした。

学校から家まで帰る道のりは、二つのルートがある。特に意味はなかったが、私は息子が毎日通らないほうの道のりを選んだ。

さて、何を話そうか。
頭ではそう思っているのだけれど、気持ちが動かない。気持ちが動かないと、言葉が出てこない。言葉は出てこないが、頭は、何かを話そうとしている。自分の中にある、イヤなチグハグ感。かすかにしかなかったストレスが、色濃くなっているのを感じた。

やめよう。話すのをやめよう。
私は今、話したくない。話したいこともない。きっとそれは、話さなくていいということだ。
それは話すことがこわいからかもしれない。今の状況から逃げたいだけなのかもしれない。それでもいい。今は「逃げるが勝ち」にすがりたい。
「話したくなったら話そう」そう決めた私の心は、驚くほど軽やかになっていた。

このルートで帰ると、途中にショッピングセンターがある。そんなに大きな都市ではないので、この辺りではそこでしか買い物ができないともいえるその場所は、最近改装してフードコートができたのだった。私は息子と、そこに行きたいと思っていた。その彼の頃ブームになっていた、“ミルクティー”がドリンクバーで飲めるからだった。

「寄っていく」
まるで事務報告のような、抑揚のない声で、寄り道することを息子に言った。怒っていたわけではない。彼にはそう伝わってしまったかもしれないが、そうではくて、本当は、私の方が、どう伝えたらいいか分からなくて困っていて、それでも言わないと、と思って出たのがそれだった。

「食べる?」
「いらない」
「じゃぁドリンクだけでいいね。ドリンクと……たこ焼き一つずつください」

私もお腹なんか空いてなかった。けど、何かないとどうしていいか分からなくて、それを埋めたくてたこ焼きを選んだ。

「これから焼くので、あと10分ぐらいかかりますが、よろしいでしょうか?」
こんな時に、10分も待ちたくたくなかったので、他のものを注文しよう思った。しかしちょうどアイドルタイムの真っただ中。他に頼めるものは何もなかった。
「それでお願いします」
ミルクティーの入ったドリンクバー用のコップひとつを机に置いて、私は息子としばしの沈黙を過ごす羽目になった。

そろそろ、言いたいことが出てきたもいい頃だろう。さぁ出てこい。なんでも言ってやるぞ、ワタシ。
そう意気込んだのもつかの間、やっぱり何も言葉が浮かばない。
浮かばないのだけれど、なんだか気持ちはまったりとしてきてしまった。居心地の悪さは、いつの間にかなくなっていた。まぁいっか。そんな気持ちにもなれたので、この沈黙を楽しんでみることにした。

楽しんでみるといっても、笑いがでるようなおかしさはない。たとえるならこんな感じだ。
「人生初。学校に呼び出された母親は、一体息子に、どんな“第一声”を投げかけるのか?!」
自分のことながら、自分がどんな言葉を投げかけることになるのか。それが生まれいずるのを、まだかまだか、とワクワクしながら待ちわびている、そんな状況だ。

そう腹に決めたのに、意外な展開の“第一声”が出た。

「ごめん」

えっ? あれっ? 今ごめんって言った? 一瞬何が起きたかわからなかった。が、確かに息子は「ごめん」と言った。
奇妙に感じた。なぜなら、彼が抵抗するからこんなことになったのは明らかだったし、こうなることもわかっていただろうに、なぜ「ごめん」が出たのだろう? 

責める気持ちはまったくなかったし、きっとこんな質問は不謹慎なんだろうと思いつつも、好奇心を止められない私は、息子に質問をしていた。

「なんで、“ごめん”なの?」

怒ったりする気持ちは1ミリもなかった。それは彼にも伝わったようだった。けれど、どう答えていいかわからないようで戸惑っていた。
いや、と言った後に続けてくれた。

「お母さんに迷惑かけちゃったから」

息子は私に迷惑をかけたと思っているのだ、ということに少し驚いた。ある程度抵抗をし続ければ、「親呼び出し」という事態になることは、息子にも予想はついていたこと。けれど、彼は、彼のその時の抵抗が、そんなに強いものだとは感じていないようだった。ちょっと抵抗したつもりが、気づいたら大ごとになってしまっていて、膨れ上がってしまった状況にどうしたらよいかわからず、驚きのあまり、泣いてしまったのだという。

「そっかぁ……それで泣いちゃったんだ」
「……うん……」

中学男子。まだまだかわいいじゃないか。

私は、実は今回のことがうれしかった。
彼は、周りとの軋轢を生みたくないから、自分を押し殺してしまう。自分を出せないもどかしさを感じているようにも感じていた。
その彼が、自分の意見を主張したのだ。
学校からすれば、ただの「反抗」である。面倒くさい生徒ということになる。
けれど、彼の人生からすると、「自分の意志を表明できた」という、記念すべき日なのだ。

「だから、私はよかったな、うれしいな、って思ったんだ」
息子にそう言うと、意外そうな顔をしていた。怒られると思っていたから、と。

「だって、学校がつまんないと思ったから、自分が楽しめるものを持って行ったんでしょ? それは自分にある感情、欲求だよね。それを、ちゃんとわかったってことだし、それを実現させようとしたっていうことなんだから。“自分を大切にする”という視点から見たら、それはとても大事な発見と行動だったんだよ」

ただ、学校には学校のルールがある。そのルールにそぐわないと、やりたいことがそのまま100%通るわけではないよね、と私は続けた。

「その辺はね、わかっていると思うけれど、うちだけに通じるルールってあるでしょう? たとえば宿題はしたくなければしなくていいとか、休みたいと思ったら学校を休んでいいとかね(笑)。でも他のおうちがそうではないことは、友達との話でわかるじゃない?」
「お母さんは、普通のお母さんとは違う」
私の好きな、彼からの誉め言葉だ。

「そうだね。それがわかっているから、 “俺んち宿題しなくても怒られないんだぜ”とは、友達全員の前ではい言わないでしょう? いろんなところで、いろんなルールがある。それは理不尽だったりするときもあるけれど、そこにいる時には守った方がいい場合もあるよね」

ちょっと息子の顔が曇ったように感じた。けれどね、とその表情を感じながら私は続けた。

「それはそれだけれど、だからって、自分の気持ちをそこに無理やり合わす必要はないと思うんだよ。だって、“これやりたい!”、“これが好き!”っていう気持ちって、出てきちゃったものでしょう? 変えられないよね。今回、学校に、あなたが必要だと思って持って行ったということは、それはすばらしいことなんだよ。その気持ちは大切にしてほしいの。その気持ちを大切にする、押し殺したりしなくていいの。ここはとても大事なんだ。その上で、その上でね。もう一回、“学校に持っていくべきかどうか?”を、ちょっとだけ冷静になって考えてみてみるの。“俺はこれを持っていきたいから持っていく。学校に持っていったらどうなるか?”そうやって自分に改めて聞いた時に、それでも“持っていきたい”と思ったら、持って行ったいいんじゃないかな。それは “持っていきたいから持っていく”という気持ちを無自覚に、成し遂げるのとは、実は大きく違うことなんだよ。それができようになると、きっともっとラクに過ごせるようになるんじゃないかな」

ちょっと長くて、きっと小難しい話になってしまったかも、と思いながらも、自由奔放、常に笑顔で勉強嫌いな彼の、実は繊細で傷つきやすい心が、少しでもその傷を自分で守ることができたら。そんな切なる思いで、私は、彼に気持ちを伝えた。

「食べる?」
「うん」
よかった。ちょっとは食欲がわいたようだ。
出来立てだったたこ焼きは、すっかり冷え切ってしまっていたけれど、食べるとなんだか「ありがとう」という気持ちに包まれた感じがした。

「学校呼び出しも、わるくないね」
「普通の母親は、そういうことは言わないってば」
「そっか。そうなのかな。こんなに楽しい時間を、二人っきりで過ごせたのにねあははは」

ミルクティーが彼のブームでよかった。私は今日のその日の出来事をつないでくれた不思議な“縁”の一つ一つを、思い出しながら、かみしめていた。

***

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