プロフェッショナル・ゼミ

長女と漢字が異なる理由は《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講/東京・福岡・京都・通信/入試受付ページ】本気でプロを目指す「ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース」入試要項発表!大人気「ライティング・ゼミ」の上級コース、第8期メンバー募集受付開始!

 
記事: 大國義弘(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「何故、お父さんと娘さんで、苗字の漢字が違っているのですか」
天狼院書店の三浦崇典店主が講師を務める書き方教室で、長女と隣同士に座っていた私に、店主が興味を持たれ、お尋ねになった。
他にも何人か不思議に思っておられた方がいたようで、私も気になっていた、という声が聞こえた。
書き方教室は、文章力を磨きたい長女がその存在を教えてくれたのだが、ただ長女が行くからというだけで、俺も行こうと思ったわけでは勿論ない。
自分も文章が上手く書けるようになりたいと思ったからだ。
何故、上手くなりたいと思ったのか。
切実な理由がある。
一人っ子のお坊ちゃん育ち。
裕福ではなかったが貧乏でもなく、のほほんと過ごしてきた結果、打たれ弱い。
人が悩まないことで悩み、人が傷つかないようなことでもすぐに気にして生きてきた。結果、悩みというものに非常な興味を持つようになった。
些細なというべきだが、悩みの克服が人生の一大課題となったのだ。
このため世の中の悩み解決に役立ちそうな逸話、講話、説教をかき集め、15個に分類し、それを文章にした。
患者さんの中に医者の自分と似たような悩みを持つ人がいると知り、印刷して渡していた。
悩みの解決無くして、病気の解決は無いからだ。
あるとき、ほとんど真夜中に、それも夜中の一時とか二時とか異常な時間にしか会わない女医さんと医局で何回も会ううちに、名前もろくに覚えないうちから、
「先生もこんな夜中まで大変ですね」
と声をかけるようになり、更に、真夜中の医局限定の”逢瀬”が度重なり、たまたま患者さん向けに”悩み克服マニュアル”を印刷していたので、その一部を差し上げた。
彼女のことは、同じ病院で働く他科の医者、という以外は一切知らないまま、
「先生、これ私が書いたんですよ。結構いいこと書いてありますから、見てみて下さい」
と臆面もなく宣伝をしながら。
医者が夜中に医局に居ると聞くと一般の人は当直と思うかも知れない。
しかし当直医は、夜中には医局に来ない(と思う)。
夜中は診療しているか、当直室で寝ているかのどちらかだ。
少なくとも自分はそうだった。
従って、この女医が夜中に医局に来るということは、当直ではなく、日中は忙しくて来られず、やっと夜中になって通常の仕事が終わり、自分の郵便受けにある郵便を取りに来るか、まだ帰れないけれども休憩はしようと、お茶を飲みに来たかのどちらかということだ。
そんな過酷な生活をしている医者に渡しても、どうせ読まないだろうな、こんなの読む暇があれば、寝る方を選ぶだろうなと思いつつ、内容に自信があり、もしかして何かの役に立つかも知れないと思い、印刷したばかりのコピーを渡した。
しかし一週間か二週間後に、やはりまた真夜中に医局で出会ったとき、彼女はこう言ったのだ。
「先生、何で私の悩みが分かったんですか」
読んでくれたのだ。
しかし勿論、悩みなぞ、分かるわけがない。
名前以外、何も知らないんだから。
もしかしたら名前すら覚えていなかったかも知れない。
私と同様、ほとんど毎晩、真夜中まで仕事をしないと仕事が終わらない気の毒な医者、ということしか知らなかった訳だから。
女性の直感のすごさ、というのをやっと知ったのは60才頃になってからで、40代だった当時は知らなかった。
知らなかったとはいえ、その片鱗は無意識に感じ取っていたのかも知れない。
人は自分がこうだと、他人も同じだ、と思いがちだ。
だから顔を見ただけで、何を考えているか分かってしまう女性であるこの女医は、男も同様に、ろくに口を利いてなくても頭の中が見えてしまうことが有り得る、と思ったのかも知れない。
昔、小林正観という人が、実は女の方が頭がいい、と教えてくれた。
長い間、男の方が頭がいいと固く信じてきた私にとっては青天の霹靂。
ノーベル賞の受賞者数の性差を見よ、と。
しかし正観さんの説得力あふれる話に感化され、女性の方が賢いと信じるようになった。
受賞者の性差は単に研究する時間を含めた環境の違いかも知れないのだ。
直感は間違いなく、女性が優れている。
男はバカだ、が女性の得意の台詞だが、女はバカだ、という男は、今や絶滅危惧種に近い気がする。
女の方が実は頭がいいという話を知ってまもなく、ある若い医者に聞いたことがある。
「女の方が男より賢いって知ってましたか」
これを知る男は少ないはずだ、と思いながら聞いたので、彼があっさり認めた時は、本当に驚いた。
彼はこう言ったのだ。
「知ってますよ。昔の彼女は俺がついたウソを見破りましたもん。何でコイツ、分かるんだろう、と本当に不思議でしたよ」
彼はうまく、その元カノを騙したつもりでいたらしい。
なのに元カノさんは、彼にも私にも未知の、そして恐らく永久に分からない方法で、女性には既知の、いつも使っている方法で、見破るのを常としていたに違いない。
この真夜中にしか出会わない女医も、私が何らかの方法で、彼女の悩みを探り当てた、と思ったのかも知れない。
しかし男の私にそんな直感が働くわけがない。
あなた、そんなの知るわけないでしょう。
あなたのこと、何にも知らないんですよ、私は。
なんてことを言っては身も蓋もない。
「え、そ、そうですか。私は先生の悩みを当てちゃいましたか。先生の悩み解決に役立ったなら、よかったですよ、アハハ」
そうお茶らけて、内心、驚いた。
自分と似た悩みを持つ患者さん向けに書いたつもりなのに、一見充実した人生を送っていそうな医者にまで共有される悩みだったのか……。
ここに書いたことは、結構普遍的な内容なんだ……。
悩みの消し方を15個も書けば、私と同類の患者さんだけではなく、一般人も抱えている悩みのどれかに当たるということかもしれないと思い知り、内容に自信を持ち調子に乗って、書き足していったら17万字に達した。
これだけ長いなら本になるかもと思い、おだててくれる人も現れ、その気になって、本を出した知人に頼み、編集者を紹介してもらい見てもらった。
すると、内容が既知のことばかり、既に同じ内容の本は沢山出ている、文章も、もっと上手でないと、とケチョンケチョンであった。
孔子だって、自分の言ったことは、全部昔から言われていること、と言ったんだぞ。
似たような本が無い本なんて、そうそう無いだろう。
そんなに俺の文章は下手か?
そんなはずはない、この編集者は見る目が無いのだ、とばかり、1000人以上の人に、断られ続けながらも諦めずに全米を駆け回ってケンタッキーフライドチキンの礎を築き、そのレシピを開発したカーネル・サンダースの話を思い出して、あそこだけが出版社ではない、諦めなければいいだけだ、と原稿をあちこちに送り始めた。
結果、七連敗。
最初の編集者以外、ダメな理由すら教えてもらえない。
というか無視の会社の方が多い。
この”マニュアル”を読んだ高齢のご婦人が教えてくれた。
あなたの文は堅すぎる。
もっと文章を上手く書けるようになりなさい。
七連敗した後に、こう言われると、そうかも知れないと思うようになった。
カーネル・サンダース翁には叱られるかも知れないが、これは何回出しても無駄だ、と思うようになり、文章力アップの動機付けが生まれた。
そんな中で長女から天狼院を教えられたので、一人でも行く気だった長女と一緒に文章教室に通うことになったのだ。
通ってみて分かった。
これは出版されないのは当然だ。
サービス精神が全く無かった。
しかも読みにくい。
昔、何冊も本を出した霊能者に聞いたことがあった。
本を出すコツは何ですか。
本に愛を込めることです。
はあ、愛ねえ……。
昔、亡父が山本夏彦翁の大ファンで、何と会いに行ったら会ってくれたそうだ。
亡父が本を出したかったのかどうか、売れる本を出すコツを聞いたらしい。
夏彦翁曰く、読者に飴をしゃぶらせることだ。
自分の文章は、内容が無いよう、ではなく、内容は素晴らしい。
だって素晴らしいと思ったことしか書いてないから。
でも文自体がダメなことが教室に通ってよく分かった。
これは手直しが必要だ、ではなく、全面的な書き換えが必要なことがよく分かった。三浦店主の講義は具体的で分かりやすく、人に自分の文章を読んでもらいたいと思う人は、皆、通うといいと思う。
愛の込め方を具体的に教えてくれた。
飴のしゃぶらせ方も今は、読者に心地よさを与えよ、と解釈出来る。
(飴の意味は、それだけではなさそうだが)
天狼院を教えてくれた長女に感謝しないといけない。
その長女と席を並べて受講していたときに、三浦さんに聞かれたのだ。
何故、お父さんと娘さんで、字が違うのか、と。
私の苗字と長女の苗字は発音は同じ”おおくに”だが、漢字が異なる。
私は大國。長女は大国。
国の字が旧字体か、そうでないか、の違いだ。
違う理由は、簡単だ。
私も長女と同様、長年、”大国”で通してきた。
物心着いた頃、いや漢字を使い始めた頃から、ずっと”大国”で、もしかしたらずっと”大國”を使っていた父親を含め、誰からも何も言われずに来たからだ。
しかし長年、何も言わなかった父親が、ある日、突然、本当は、こちらが正しいのだぞ、と言い出して、漢字の成り立ちを説明して来たのだ。
國の字は、元々は或だった。
そして“國”の中の”或”の字の一番下の”一”は土地、その上の”口”は占拠、領域、領土、その上の”戈”は武力を表す。
一定の土地を占拠して己の領土とし、それを武力で守る姿が”或”、そういう或(くに)があちこちに出来るから自然に外枠の口がついて、國という字が出来た。
それこそが國なのだ。
中が玉では何の意味もない。
しかしこちらは父親とは違い、戦後生まれの戦後の教育を受けた人間だから、新漢字で何の問題も無かろうと、父親の意見は聞き流していた。
今頃、言うなよ、旧漢字を使ってほしいなら、小さい時から、そのように教育しなくちゃ、成人になろうかという年になってから言うのでは遅いよ……。
父親も多分、そう感じたからこそ、こちらがその後も、相変わらず”国”を使い続けても、何回か言った後は、諦めたようで、言わなくなった。
ところが、父親が他界して何年かした後、ある勉強会で、どこかの会社の重鎮を務めたとおぼしき男性に、名刺を渡したとき、その方が、じっと名刺を見た後、こう言ったのだ。
「オオクニさんの国の字は、本当はこれではありませんよね」
おっと、”本当は”、と来たか。
まるで父親の亡霊、いや遺言、いや想念が復活したかのように感じられた。
あんたは父親の代理人か。
私は権威に弱い。
父親から言われた時は、何を今更、という気持ちしか生まれなかったのだが、赤の他人ではあれども、昔はそれなりの地位にいたらしい男性に言われて、素直に思ったのだ。
そうか、本当は違うのか。
実は私は家族にはとっくにバレバレなのだが、かなり単純な男である。
よくも悪くもそうなので、今は開き直り、周囲にもこう言っている。
人間の細胞の数は37兆、それに比べると随分少なく感じられるが、脳細胞の数は千数百億。
で、私の脳細胞の数をお教えします。
相手はきょとんと聞いている。
一個です。
つまり私は単細胞なのです。
これで笑いを取れることが二回に一回。
それもたいていは苦笑だ。
中々爆笑とはいかない。
で、この自他共に認める単細胞の私が、本領発揮、他人から言われて、なぜか、なるほど、と感じ入った。
やはり父親は正しかったのか。
そしてその瞬間に決意した。
よし、これからは、この方の言うとおり、”正しい”漢字を使おう。
勿論、小学校の時にテストで国と書けば、○である。
つまり”国”だって正しい。
しかしこの瞬間から私の中では、かつて父親が言っていたように、國こそが”正しい”字に変わってしまった。
以来、自分で署名をするとき、名刺を作るとき、人に名前を書いて渡すとき、つまり自分に選択肢があるときは、常に國の字を使っている。
今の職場にはいったのが、20年以上前。
この”正しい”國を使おうと決心してから、まだ10年足らず。
私が今の会社にはいった時、届け出た自分の履歴書には国の字を使ったことから、職場の名札や院内のメイルや会社のHPで使われている漢字は”国”のまま。
自身が届け出ておきながら、自分の都合で替えて、今後はこちらに変更してくれ、というのもはばかられ、会社には申し出てはいない。
長女も私自身が長年、国の字を使っていたことから、幼少期より、国の字を使っており、その結果、今も当然のように、国を使っている。
自分が40年以上、使ってきた国の字ゆえ、長女といえども、ある意味では他人ゆえ、口出しもはばかられ、何も注意はしていない。
墓に刻んだ字は、父親が好んだ國にした。
いつしか長女もこの字になじんでくれると有り難い。
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/event/50165

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



関連記事