プロフェッショナル・ゼミ

私のガソリンは、やっぱりビール《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:松尾英理子(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「ビール、頼んじゃっても大丈夫ですかね?」
 
受付で、小声で聞いてみた。
この日、私は19時から始まっている講義に、5分ほど遅刻して東京天狼院にたどり着いた。東池袋駅から小走りで向かい、天狼院へと2階に上がる階段を1段抜かしで駆け上がったら、もう私の喉はスタンバイしていて、受付に置かれたメニューの右下に書いてある「ビール」の文字を見逃すことができなかった。「ノドガカワイタビールノミタイ」という信号が私の脳に届いてしまったのだ。
 
受付にいたスタッフの木村さんが、優しい笑顔で私に言った。
「もちろん、大丈夫ですよ! ビール、何にしましょうか?」
木村さんの笑顔はなんて自然で懐深いんだろう。まるで行き着けのバーに戻ってきたようなこの安堵感。それに、私が大好きな仏像、京都広隆寺の弥勒菩薩の半跏思惟像にどこか似ている。その笑顔と言葉に安心して、私はビールを躊躇することなくオーダーできた。
 
その日の朝の時点では残業する予定だったのが、午後を回った時点で予想以上に仕事が進んでいた。今までチャンスを逃して受けられず、ずっと気になっていたスピードライティングの講義がその日行われることが頭の片隅にあった。そして、終業を知らせるベルが17時半になって決心した。18時過ぎにスマホでPaypalでの支払いを済ませ、会社のパソコンを閉じた。
 
それから会社を出てわずか1時間足らずで私は天狼院に到着し、ビールを手にしていた。講義は始まっているというのに、私は注文したビールの缶とグラスを持って、ご機嫌で一番後ろの席に座った。そして、プシューっと缶を空け、かなり高いところからグラスにビールを注いだ。ビールの注ぎ方として、まずはこうやって最初に泡を立てることが大事だ。そして泡が落ち着くまで10秒くらい待つ。そこからはグラスを斜めに傾けて、グラスに近いところから液体を静かに注いでいく。すると、泡と黄金色の液体が7:3くらいになる。まさに黄金比だ。
 
我ながら、美味しそうに注げたな。
 
ご満悦で、一口めのビールを喉に流し込む。どうして一口めのビールっていうのは、こんなに美味しいんだろう。やっぱり、ビールを頼んでよかった……。と、ここではたと我に返った。私が今日ここに来たのは、ビールを飲むためではなく、スピードライティングを学びたかったからだ。
 
いけない、いけない。
 
そう思いながら、講義に集中するため、自分の気持ちを切り替える。私は、軽いアルコールが入った「ほろ酔い」状態のほうが、集中できる。そう思ったから、ビールを飲んでいるんだ。後付けだけど、そう自分に言い聞かせる。なぜなら、ビールなんて飲んでいるのは私だけだったからだ。他の受講生はみんなノンアルで、真剣なまなざしで講義を聞き入っている。当然のことながら、アルコールを飲んでいるのは私1人。さすがに不謹慎な感じが否めず、少しだけ後悔しながら、ほろ酔いで講義を聞いていた。
 
あっという間に前半の講義が終わり、休憩になった時、講師である三浦店主は言った。
「絶対、糖分入れておいたほうがいいですよ。オススメは、やっぱり瓶コーラですね。ガソリン、いれてくださいね」
 
いやな予感。きっとまた、私の目の前にたくさんコーラの瓶が並ぶんだろうな。
 
「書くにはエネルギーが必要なんですよね。当然、カロリー消費も激しいから、糖分を入れたほうがいいんです。特に後半は結構ハードなワークショップが待ってますからね」
 
これはもう時間の問題だ。案の定、参加者の半分くらいがレジに並び、コーラを頼む。そして予想通り、私が座っていた一番後ろの席から見ると、壮観なくらいコーラの瓶が机に並ぶ。この人は普段、絶対にコーラを飲んでないだろうな、と思える人の机にまで。
 
私は、コーラを販売する会社ではない飲料メーカーに勤めているので瓶コーラが飲めない。別に、ここは会社じゃないんだから大丈夫でしょう? そんなの気にするほうがおかしくない? そう思われるかもしれない。でも、ビールメーカーや飲料メーカーに勤めている人達にとって、きっとこれは「業界あるある」だ。少なくとも公の場では自社商品を愛飲することが鉄則。だから私にとって、コーラを公の場で飲むことは、踏み絵に近い。だから、飲まない。いや、飲めないのだ。
 
ここで気持ちを切り替える。私のガソリンはコーラじゃない。ビールだ。でも、三浦さんは言った。
「コーラじゃなくて、アルコールを飲んでももちろんいいですよ。ただ、過去にお客さんでアルコールを飲んでワークショップにチャレンジした人がいたけど、あまり集中できなかったと言っていたような気がします」
 
そうなのか……。でも、もう手遅れ。私は既にビールを1缶飲み干していた。それに私は、いつもビールでエンジン全開にしてきたのだ。気分がいい時だけじゃなく、気分が沈みがちな時も、ビールをガーっと飲んで、クゥ~っと言って、ポジティブモードにシフトチェンジしてきた。そう自分に言い聞かせ、ほろ酔いでワークショップに臨んだ。集中力はなんとか維持できたと思う。
 
でも、アルコールは本当にライティングの邪魔をしないでいてくれるのだろうか。酒呑みの私にとっては切実な問題だ。講義の翌日やっぱり気になって、何年か前に、アメリカの大学で「人はほろ酔いの時のほうが、よりクリエイティブになれる」という研究結果が出たというニュースを見た記憶を思い起こし、調べてみた。その実験は、次のような流れで行われたようだった。
 
アルコールが脳に与える影響を調べるため、アルコールが飲める人40人を対象に、そのうちの20人にはビールやワインを1-2杯飲んでもらう。そして、残りの20人にはノンアルでいてもらう。そして、アルコールを飲んだ20人の酔いが適度にまわったところで、40人全員に直観力を試すクイズをいくつか出す。もし日本でその実験をしたとしたら、こんな感じのクイズだったのだと思う。
  
「傘、音、五月」 この三つの言葉の前後に、共通してつく漢字は何でしょう。
 
さあ、答えはなんでしょう。
正解は「雨」でした!
 
この手のクイズをいくつか出して、40人がどれだけ多く、そして早く答えられるかを調べた。すると、ノンアルで臨んだ20人よりもアルコールを飲んだ20人のほうが正答率が高く、かつ回答までの時間が短いという結果になったそうだ。もちろん、実験前にも同じようなクイズをしてみて、40人全員の正答率と回答時間に大差はみられないことを確認もした上での実験だった。
 
「ほろ酔い状態は、直観力や想像力に良い効果をもたらす。人は少し酔っているくらいのほうがミスを恐れず、よりクリエイティブな発想ができるようになるからかもしれない」
 
これが、この実験をしたイリノイ大学の研究員たちの結論だったようだ。
 
でも、アルコールでほろ酔いになる量は人それぞれ。ビール一口でほろ酔いになる人もいれば、ビールジョッキ一杯飲んでもほろ酔いにならない人もいる。ほろ酔いを超える量のアルコールを飲んでしまえば、当然、集中力が緩む。私自身、今日は飲みすぎたな、と思う日は、次の日二日酔いになるのはもちろん、話したことを覚えてなかったり、帰りにコンビニに寄っていらないものたくさん買ってしまったり、電車で寝てしまって乗り過ごしをすることが多い。
 
もし、集中力を維持したままいい文章を書きたい、でも飲みたいと思ったら、要は自分の「ほろ酔い」量を掴んで、集中力が途切れない程度で臨めば大丈夫かもしれない。ちなみに、私の「ほろ酔い」量は、ビールならジョッキ2杯程度、ワインならグラスで4杯程度だ。
 
そんなことをだらだらと考えていたら、突然、あるカクテルが頭に浮かんだ。
ビールとコーラで作ったカクテル、その名前はディーゼル。コーラの糖分とビールのアルコール効果で、持続力と想像力が両方とも上がりそうな気がする。このカクテルを飲みながら書けば、最強かもしれない。ディーゼルは、ドイツやアメリカではビールベースカクテルの中で一番の人気を誇る定番カクテルだけど、日本ではあまり知られていない。基本のレシピは1:1。でも、アルコールがあまり得意じゃない人はコーラを多めにすれば飲みやすくなるし、ビール好きの人は、コーラを隠し味程度に少し入れてみてもいい。
ちなみに、黒ビールが苦手じゃなかったら、黒ビールとコーラのカクテル、「トロイの木馬」もオススメしたい。コーラの色と黒ビールの色はほとんど同じ色なので、お互いを混ぜても色がほとんど変化しない。まるで、コーラの中に黒ビールが隠れているようで、ギリシア神話に登場する「トロイの木馬」(木馬の中に兵士が潜んでいたエピソード)を思い出すよね、ということで名付けられたカクテルだ。ネーミングに歴史を感じるし、クリーミーな泡の黒いカクテルは見た目も大人っぽくてカッコイイ。そして、なによりも泡もちがいいこのカクテルは、上品な味わいで思った以上に美味しくて、まさに大人のコーラだ。今年の夏は暑いから、グラスをキンキンに冷やして、このカクテルを飲みながら文章書けたら最高だと思う。もちろん、書く時だけじゃなくて、お風呂上りや夕涼みの読書タイムにもいいかもしれない。
 
といいながら、根っからの飲兵衛な私は、やっぱり最終的には、カクテルではなく生粋のビールに戻ってしまうのかもしれない。だって、三浦さんにとってのガソリンが瓶コーラだとしたら、私にとってのガソリンは、これまでも、これからも、ずっとビールだと思うから。
 
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