約束は、夏の日に爽やかな風を吹かせた。《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)
「いやー、名古屋、いいですねー」
東京から名古屋に来ていた知人と、飲みに行った。
久しぶりに会ったのでいろいろな話で盛り上がる。
「もっとディープな店もあるんですけどね、平日しかやってないんですよ」
「行きたいです! じゃあ、来月の……この日に名古屋で朝からの仕事が入ってて、前入りするので、どうですか?」
休み、取れるかな。
一瞬迷ったけれど、今からお願いすれば、休みは取れるはず。
「わかりました! 予定、空けておきます」
「あー楽しみだなー」
手羽先をほおばりながら、約束をした。
言われた日に、なんとか休みを取れた。
同じ部署の子に、「休みを代わってもらえないかな?」とお願いもされたけれど「その日だけは、ゴメン」と休みを守った。
『こんにちは。名古屋入り、17日でしたよね? 先日話していたお店、行きましょうか』
約束した日の数日前に、詳細を決めようと、メールをした。
『残念ながら、仮の先約ありでして、また是非よろしく!』
え? なに?
最初に返信を読んだときは、予定入ったんだ、と思っただけだった。でも、よくよく読み返してみると『先約』と言っている。いや、先約は、私じゃないの? そのときに即答はできなかったけれど、「予定、空けておきます」って言ったよね? 違う約束を入れる前に、打診するよね? しかも、その先約が「仮」ってどういうこと? 仮だったら、確定してる方にするよね?
休みを確保するのに、それなりに無理をしたんだけどな。そもそも、私の勤務体制だと、夜の予定を入れるのに、休みを入れないといけない。それ、知ってるよね? その中で作った時間は、結構貴重な時間なんだけどな。それを先約、しかも仮の先約って、どういうこと? 簡単に言わないでほしい。もっと早くわかってれば、違う予定を入れることもできたし、休みを代わってもあげられたし。
……と、いろいろ思うことはあったけれど、その思ったことはコクンと飲み込んで『またの機会に!』と、返事をした。
その一言に、「次は、もう、ありません」という気持ちも込めて。
約束って、そんなもんなのかな。
さらっとした口約束に、効力はないのかな。
約束をすることは、少しこわい。
約束をする前も、ちょっとこわい。
誘うときに、断られちゃうんじゃないか、って躊躇する。
約束をした後に、予定入っちゃった、って軽く言われるんじゃないか、って身構える。
いや、ちょっとした約束なら、また次の機会に! って思うんだろう。
でも私にとっては、平日のこの日、って言われても、前の月から休みを確保して、死守しないといけない。普通の人の、夜の、仕事終わりの時間でも、私は休みを取らないと空けられない。やっぱり次の日に、なんて言われても、無理。ひと月のシフトは決まっちゃってるから、簡単には変えられない。
だから、一度断られたり、ドタキャンされてしまうと、次の機会は、作るのをためらってしまう。次の約束は、ほぼ、ないのかもしれない。
そうは言っても、私も今まで全ての約束を守ってきたかと言われると、素直には頷けない。
デートの約束をしていたのに、他の友達と遊びたくなってしまって、ドタキャンしてしまい、その人を深く傷つけてしまったこともある。
中学のときの友達に「また手紙を書くね」と約束をしたのに、なかなか書くことができなかったこともある。今はもう、その子に手紙を送ることができなくなってしまった。もっと、一通でも多く、手紙のやり取りをしておけばよかった。彼女がいなくなって20年近くも経つのに、未だに後悔をしている。
約束には、軽いものや重いものがあるのかもしれない。
でも、それは人によって感じる重さは違う。だからこそ、簡単に約束はできない。守れなかったとき、相手を傷つけてしまうから。
それでも懲りずに、約束をする。
「今度、飲みに行きましょうよ」
「ええよ。次のときの後にしよかー。終わるくらいに来るわ」
京都天狼院で、プロゼミを受ける少し前の時間のこと。
前の期で卒業してしまった人が、ちょっとだけ顔を出しにきた。他の人と、飲みに行ったという話を聞き、「じゃあ今度、私とも行きましょう」と、お誘いをした。
ひと月後の、約束の日。
その数日前から、こわかった。あのときのちょっとした約束を、覚えているだろうか。忘れているだろうか。ま、いっか、と思われているんじゃないだろうか。私ひとりノリノリで……なんだかそれって恥ずかしい。
だから、「約束してるんです」って他の人に言えなかった。
祇園祭で盛り上がっている友人たちに、「後で、合流しよう」と言われていても、そのときには「約束があるから」って言えなかった。だから「行けたら行くね」という返事しかできなかった。キープのような約束になってしまって、友人たちには申し訳なかった。
なんだか、ずるい奴だなと、思う。
『飲みに行こうって言ったこと、覚えてますか?』
と、数日前にでも、ひとことメールをして確かめればよかったのかもしれない。でも、前のときのあの知人に言われたように「先約があるんで」と断られるのがイヤだった。直接断られるよりも、忘れてたんだな、って思う方が楽だった。
ホント、ずるい、私。
少しでも傷つかないようにしてる。
かすり傷もつかないように、歩くスピードを緩めるのではなく、止まってる。
約束をした、その日のプロゼミの講義も、あと30分というところで休憩が入る。
こたつ席のロールカーテンを上げると、約束をした、その人がいた。
「約束してたやんな」
あ、来た。来てくれた。覚えていてくれた。
「覚えててくれました!?」
「レディーから誘われて、忘れるわけないやん」
なんだ、この人。苦笑しながらも、すごく嬉しかった。
すごく嬉しくて、京都の猛暑も吹き飛ばす、爽やかな気持ちになった。
ここ何日かの「来ないんじゃないか」と思っていた暗い気持ちは、一瞬でどこかへ行ってしまった。
「もうちょっとなんで、待っててくださいね!」
約束は、武器だ。
とても便利なものでもあるけれど、使い方を間違えると大変なことになる。
約束を破り、守らなければ、信用を失い、友人をも失う。その時は人を傷つける武器となる。そして自分も傷つけるものとなる。
だから、約束をすることはこわいんだ。
まだ、使い方をちゃんとわかっていなくて、振り回しているだけの武器だから。
しかし、約束をどうしても守るという強い気持ちがあれば、信頼され、関係はより強固なものになる。その時は、お互いの繋がりを作るための、守るための武器となる。
何かを守るための武器として、使いこなせるようになりたいと切に願う。
デジタルの今の時代、残るもの、が一番とされている。
だから口約束ではなく、メールで約束を取り付ける。もちろん仕事の場では便利だ。記録として残るから忘れないし、行き違いも少なくなる。
でもそんな時代だからこそ、アナログな口約束を大切にしたい。人間らしい付き合いを大事にしたい。記録ではなく、記憶に残る約束を。
ほんのちょっとの約束から、物語は生まれていくものだから。
「じゃあ、行きますか!」
そうして約束をした私たちは、夜の祇園の街へ繰り出すのだった。
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