プロフェッショナル・ゼミ

判決を受けた日々《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:射手座右聴き(プロフェッショナル・ゼミ)
 
午後1時30分。まさに判決の時を迎えようとしていた。通販化粧品会社さんのコールセンターは、静まり返っていた。100人ほどのオペレーターさんが、100インチを超える大きなモニターを見つめている。
流れているのは、主婦向けのドラマだった。買い物帰りに歩いているヒロイン。その肩をたたく手のアップ。振り返って、驚くヒロインのアップ。そこに「続く」の文字が現れて、CMに移った。ザザザッ。オペレーターは一斉にモニターから手元の電話に目線を移動した。
 
実は、コールセンターにとっては、このCMこそがクライマックスだった。提供しているドラマの枠で流れるのは、無料サンプルセットの申し込みを促す内容のものだ。購入への唯一の入り口であるこのCM放映こそが、売り上げを左右する。新しく制作したCMは、機能するだろうか。
 
「作ったらおわり、じゃないのです。結果もきちんと見てください」
広告会社のスタッフとして制作のメインを担当した私も、その場に立ち会うことになった。
 
30秒のCMだったが、10秒くらいに感じた。
テレビの前の人にちゃんと聞こえているだろうか。ちゃんと見てもらえただろうか。ちゃんと伝わっているだろうか。電話をかけてくれるだろうか。
 
判決の時は、まさに迫っていた。フリーダイヤルを歌い込んだサウンドロゴが終わるか終わらないかのうちに、プルルルルと言う音がした。少しずつ電話がかかってきた。
 
コールセンターのモニターは、番組ではなく、座席表になっていた。電話対応中のオペレーターの席は、赤くなる。まるでクイズ番組か何かのように、ポンポンポンと赤い印がついていった。おおお。こんな風に電話がかかってくるのか。しかし、40件を過ぎたあたりから、赤の勢いが鈍くなった。赤がだんだん消えて、モニターの座席表が真っ白に戻った。何事もなかったかのようにコールセンターは静かになった。安くはない値段でCM枠をかったけれど、電話が鳴ったのは40件ほど。期待されていた数値とは大きく違っていた。
 
オペレーターの方々のガッカリした顔がこちらを見る。担当者が青い顔でこちらに歩いてきた。
「1回目だから仕方ないかもしれませんが。この数字では失敗です」
はっきりと言われた。
 
CMの雰囲気は悪くなかったはずだった。爽やかに女性が登場し、サンプルセットを試してみると言う内容だった。今までこのクライアントが作っていたCMよりも少しだけユーザー側に寄り添った内容にしていた。だがその分、従来のものに比べて、押しの強さがない。ぐいっと引っ張るものがない。という意見もあった。
 
賛否両論の中で放送された1回目だったが、目標の数値を大きく下回った。賛成でなかった人たちは、それ見たことかと言う顔をしていた。賛成した人たちは罰が悪そうな顔をしていた。結果が全て、というけれど、これほどまでに、あからさまに突き付けられる事はそうはなかった。
早速対策会議が開かれた。どこが悪かったのか。なぜみんなが反応しなかったのか。悪い話ばかりが並んだ。さすがに、こらえられず、いくつか言い訳をした。まだ1回目の放送だから、数回放送すれば、反応が変わるのではないか、とか。今日は視聴率が悪かったんじゃないか、とか。
 
1週間経っても、それほど反応はよくならなかった。少しでも電話の数が増えるように、改訂作業をしてほしい。そんなオーダーが入った。クライアントに伺うと、担当者の上の上司が明らかに怒っていた。10%数字が上がるまで改訂をしてほしい。この結果をしっかりと反省してほしいので、まずは反省文を書いてほしいと言われた。
 
なかなか難しかった。いいと思って考えたものを反省しろと言われても、頭を切り替えるのは、難しかった。書いても書いても、反省文にOKはでなかった。
 
「まだ反省が足りない」
今度は、コールセンターのオペレーターの人に取材することになった。いつものCMに比べて何が悪いと思うか、指摘してくれた。ここぞとばかりに、否定的な発言が山のようにでてきた。雰囲気がよいだけで何を言いたいのかわからない。途中に入っている文字が小さい。言葉がはっきり聞こえない。最初に、何のCMか、わからないと困る。
 
そこまで言わなくても、という思いもあったが、もはや大戦犯のように扱われていたので、反論する余地はなかった。仕方なく指摘されたことを書き出してみた。それをもとに修正点を列挙し、案を作った。大改造手術だった。「起承転結」は、「結結結だめ押し」、みたいな押しの強い構成になった。情緒的なシーンはなくなり、ひたすら製品が押し出された。
 
クライアントとの合意はとれたけれども、映像制作会社のスタッフに話すことを考えたら、暗い気持ちになった。いいと思って作ったのに何が悪いんだと言われる事ははっきりしていた。こんなに変えてしまったら元の雰囲気が壊れてしまう。そんなふうに言われることもわかっていた。でも大手術をしなければいけないのだ。なぜならば結果が出ていないから。
 
もう後は勝手にそちらでやってください、とスタッフから言われた。最初の意図を守れず、クライアントの言いなりになった裏切り者、そんな目で見られた。そして改訂したCMの放映日、審判台にあがって、判決を待った。
 
今度は、いきなり大きな音で、CMが始まった。テレビを見ていない人にも振り向かせるような感じだった。力強い声で、言いたいことが一方的に流れた。終わってみるとこの前よりも少しだけ早く電話が鳴り始めた。件数は60件ほどに増えた。
 
作ったCMに対して、こんなにはっきりと結果をつきつけられたことは、なかった。面白い、とか、面白くない、とか。話題になる、とか、ならないとか。そんなことはあったけれど、ここでは、申し込み件数が増えることだけが正義だった。美しい、とか、気が利いてるというような話は、全く関係なかった。
 
もう20年近くCMを作り続けている、このクライアントには、必勝パターンのCMがいくつかあった。これを流したら絶対に100件以上の電話がすぐにかかってくると言うものだった。これらを研究しながら新たな必勝パターンの開発を求められた。
 
が、開発どころかすぐに、煮詰まった。自分たちだけで考えていても、ダメだ。ターゲットである4,50代女性の意見を聞き続けた。
 
1つ新しいことがわかった。化粧品でよくありがちな、もっちり肌とか、抜けるような白色とか、ありふれた言葉では響かない、ということだった。中でも、「うるおい」とても普通で、ありがたみがないというのだ。このインタビューの結果を受けて経営者の方とお話をした。
 
こんなこと言われた。
「そうよ。あなた達広告屋は、すぐにうるおいうるおいと言うけれど、女性がうるおうと言う感覚をわかっているの?」
 
と言われたのだ。
「うるおいは、うるおいでしょ」
誰に聞いてもそう答えが返ってきた。しかし、それでは通用するクライアントではなかった。
「うるおいという状態を、100以上の言葉で書き出してみてください」とうお題が与えられた。
 
 
しっとりとかもっちりとかありがちなことばかりばかり言っているのではなく、もっともっといろんな人に潤っている瞬間のことを聞いてみてはどうか。そこから旅が始まった。
うるおいと言う言葉をどんな状態なのか。どんなふうに感じるのか。キーワードを木のように書いてみた。
そしてついに、うるおいの言い換えが見つかったのは、
2日徹夜した後だった。答えは簡単だった。肌に化粧水をつけた時たっぷりと潤っていれば、肌がついてくる感じがするということだった。吸いつく肌、という言葉、聞いたことはあっても、
これを実際に映像で見たことなかった。ならばこの様子を映像に
とればいいのではないか。
ありのままの女性の声に従ってのCM作りが始まった。実際に、化粧水が、肌に吸いつくところを撮影してみた。何か小細工をしたり雰囲気を良くするにはなく、はっきりとそのシーンが見えるようにかっこつけることなく、それだけが伝わるように制作をすすめた。
 
完成すると、また、判決の日を迎えた。3度目の正直。今度は、
みんなに「きっと大丈夫」と言われた。
あっという間の30秒CMだったが、28秒ぐらいのところで、
電話が鳴りはじめた。次々と鳴った。コールセンターは慌ただしくなった。
しかし、それでも、70件。この結果は、不合格でもないけれど、
合格でもないと言う感じだった。改訂は要求されなかったが、
次にはつながった。
 
大きな収穫は、とにかく消費者の話をたくさん聞いてみる方法が、有効ではないかと気づいたことだった。
 
考える前に、聞け。とにかくヒアリングすることから、始めた。
乾燥肌の人、一部だけテカる人、オイリーなことが悩みの人。
そしてみんなに共通した悩みが、一つ見つかった。シワもシミも
お手入れの方法は、たくさんあった。が、しかし、1カ所だけなかなかお手入れできない場所があることがわかった。
 
それは瞼の上だった。
まぶたの上の皮膚は非常に薄い。だから、通常の化粧品をつけることは、ためらわれたのだ。
 
なんと、このクライアントの化粧品の中には、このまぶたの上にも使えるものがあることがわかったのだ。早速、この話を元に企画を考えてみた。
 
瞼の上にも使える化粧品。これがどれだけの人に響くだろうか、わからなかった。でも、ほかの企業が言っていないことを言ってみる、というチャレンジが必要だ。だからやってみよう。という結論に達した。
 
4回目の判決の日がきた。もはや過度な期待もしなかったし、淡々とした気持ちで、CM放映に立ち会った。
 
すると、どうだろう。20秒を過ぎたあたりに、最初の電話が鳴った。すると咳を切ったように一気に電話がかかってきた。
パネルが一気に真っ赤になった。大げさに言うと、バラの花が咲いたような赤だった。ついに回線がパンクしたのだ。
 
「待」というランプがついた。注文の電話が受け切れず、電話を待っているお客様がいる、というランプだ。ざわざわざわざわ、コールセンターは全く静かにならなかった。
 
約10分。やっと電話が静まった。
 
280件。今までにない数字だった。
 
コールセンターから拍手が起こった。
担当者もその上司も握手を求めてきた。
みんなが笑顔でみんなが握手を求めてくる。
驚いたと同時に嬉しかった。
 
世界の映画祭で沸き起こる、スタンディングオベーションて、
こんな感じだろうか。
 
この経験は今までのCM作りを大きく変えた.
最初から結論を述べる。なぜならば、という理由を語る。
最後にもう一度煽る。
 
そんな構成を狙い、その狙いはヒットした。
いままでは、CMを作るだけ、という仕事の仕方だったが、放映後の数字にも責任を持つ、という経験は、新しい世界を見せてくれた。
 
見栄えのいいものを作ればいい、人の心が動くものを作ればいい、そう思っていたが、この仕事は違った。
 
人が行動を起こすために、どんなことを伝えればいいのか、真剣に考えるきっかけを作ってくれた。WEBの時代のになった現在、この時の結果に責任を負う考え方は、主流とも言えるようになった。
 
コンサルタントや広告は、提案したら、結果に責任を持たない業種、と思われがちだ。
 
100%でないにしても、提案の結果に責任を感じて
行動する。
 
これは、クライアントに寄り添う、
最大の方法ではないか、と思う。
 
たくさんの判決を受けて、ほんとうによかった。
 
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