プロフェッショナル・ゼミ

夜這いして、撃沈しました《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:牧 美帆(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
 21歳のとき、好きな人ができた。
  
 相手は、父が運営していた塾にアルバイトに来ていた、理系の国立大学院生。
 大学生のときから塾を手伝ってくれていて、もともと大学卒業と同時に辞めるという話だった。しかし父がもう少し手伝ってほしいと彼にお願いし、大学院に入ってからもアルバイトを続けていた。
 
 2001年の春、就職活動に見事に失敗した私は、父の塾を手伝うことになった。
 
 それまで「顔と名前だけ知ってる」状態だった彼と、話をする機会は必然的に増えた。
 
「ホームページを自分でも作ってみたいんですが、難しいんでしょうか?」
「いや、簡単ですよ。それはですね……」
 
 彼は「Yahoo! ジオシティーズ」というサービスと、「とほほのWWW入門」というHTMLの書き方を教えてくれるホームページを教えてくれた。
 そして、「あなたは○○○人めのお客様です!」と表示される、私のつたないホームページが開設された。
 
 そこから少しずつ、漫画を貸し借りたり、CDを貸し借りたりするようになっていった。
 
 あるとき、父から塾の備品の買い出しを頼まれた。
 今はもうなぜそうなったのかは思い出せないが、彼が自転車に私を載せ、二人乗りで買いに行った。
 どこか、ゆずの「夏色」を彷彿とさせるシチュエーション。
 そこから彼を意識することになった。
 
 そして月1、2回くらいの割合で、彼の住むアパートに遊びに行くようになった。
 大学のすぐそばにある、ワンルームの部屋。
 当時の私の門限は22時。
 彼の家から私の家まで1時間近くかかるので、いつも21時に家を出た。
 
 修士2回生の彼は、早々に大手メーカーへの就職を決めていた。
 受けたのは2社だけ、そして両方から内定。
 30社以上受けて、1社も引っかからなかった自分とは、天と地の差だ。
 しかも内定の断った方の会社については、全く逆の新幹線に乗り大遅刻したものの、担当者に電話で遅刻を伝えたところ、面接してもらったどころか、タクシー代も出してもらえたそうだ。
 もちろん、新幹線代は最初から会社負担。
 
 一方、ごく普通の短大生だった自分は、交通費など当然出ないし、遅刻したらおそらく門前払いだ。目に見えない「やる気」で勝負するしかなかった私とは、住む世界が、全く違っていた。
 
 彼はいつか私に、
「常に一緒に何かするのではなく、一緒にいても、お互い好きなことをする。そういう自然な関係が理想なんです」
 と言っていた。
 そのため、実際は彼の家であまり彼と話すことはなかったように思う。
 私は「グイン・サーガ」を1巻から読んだり、彼の本棚にある漫画を呼んだりしていた。「バガボンド」と、「ホットマン」という家族をテーマにした漫画がお気に入りだった。
 
 そんな日々が何ヶ月も続いた。
 彼と会うのは楽しかった。
 しかし、頭の中にひとつの疑問が浮かぶ。
 
 なぜ、この人は何もしてこないのだろうか……。
 
 帰り際にキスはした。
 でも挨拶みたいな感じだった。
 それだけだった。
 
 雪がうっすらと積もり、上から人や車が踏んで黒く汚れるように私は少しずつ、焦りと苛立ちを募らせ、ぐちゃぐちゃの気持ちを抱えるようになってった。
 
 関係は一向に進展しないまま、3月を迎えた。
 
 彼はとある県に本社を置く、大手企業に就職を決めている。
 もうすぐこのアパートを引き払い、4月からは寮に住むことになる。
 
 私はついに、強硬手段に出た。
 
「あなたが引っ越す前に、アパートに遊びに行っていいですか?」
「いいですよ」
「……泊まりで、行きたいです」
「……わかりました」
 
 覚悟を決めたような、間。
 
 そして私は、旅行かばんとスーパーの袋を抱えて、彼の家に来た。
 
 暖かくなってきたこともあり、なぜかしばらく、近くの公園でバドミントンをした。
 
 そして夜。
 交代交代でシャワーを浴びる。
 脱衣所でごそごそと持参したパジャマを着る。
 部屋に戻ると、彼がベッドに横になっていた。
 
「そっちに行ってもいいですか?」
「……どうぞ」
 
 彼が掛け布団をめくった。
 私は、おずおずと横へ。
 そして、いざ! というタイミング。
 
 彼は、伸ばしかけた手を止めて、私の頭にやり、ぽんぽんと撫でて、こう告げた。
 
「……ごめんなさい」
 
 そこで、彼と私の関係は、終わってしまった。
 翌朝のことは、よく覚えていない。
 
 
 その日以降、悶々とする日々が続いた。
 
 急いては事を仕損じる。
 急がば回れ。
 後の祭り。
 いろいろな言葉が、頭をぐるぐると駆け巡る。
 
 私の何が、いけなかったのだろうか。
 
 ニオイ?
 ムダ毛処理?
 いや、できる限りの対策をしたつもりだ。
 彼が「はじめて」じゃなかったのが駄目だったのだろうか。
 もちろん、さすがに経験人数をあけすけに彼に話すことはしなかったが、私はホームページにそれを匂わせるような痛いポエムを綴っていた。アホだ。
 
 自分がフリーターだったのが、よくなかったのだろうか。
 彼には私と同い年の妹がいると聞いているが、彼女も国立の大学に通っており、大学院への進学を考えているときいた。
 どう考えても、彼とは釣り合わないだろう。
 
 でも、自分なりに一応努力はしたのにな……。
 
 悔しかった。
 というのも、誰かと比べたわけではないが、自分の夜のテクニックに謎の自信があった。しかし、一切試させてもらえなかった。
 自分の存在意義を否定されたような気がした。
 
 ふと、想い出したひとつのエピソード。
 以前、彼と、同じ大学院の研究室だった彼の友達と、3人でカラオケに行った。
 彼の友達が歌い、私が歌い、彼の番。
 彼が選曲したのは、井上陽水の「傘がない」という曲だった。
 それを歌い出した瞬間に「ちょ、暗すぎ!!」と2人で爆笑したのがよくなかったのかもしれない。
 私はこれまで、いろいろな世代の人と何百回とカラオケに行ったが、「少年時代」でも「飾りじゃないのよ涙は」でもなく「傘がない」を選曲したのは、後にも先にも彼だけだ。
 
 
 その数日後、一緒にカラオケに行って爆笑した友達から、メールをもらった。
 その人も大手企業に就職が決まり、4月から別の県に行くことが決まっている。その前に二人で食事に行こうという内容だった。
 その友達に下心が全く無く、私の考え過ぎだったとしても、彼に振られたのに、その友達と二人で食事というのもさすがにどうかと思い断った。
 しかし、電話を切った瞬間、こんな考えが頭をよぎった。
 
「あ、この人狙いだったら、うまくいったかも」
 
 ああ、我ながら、最低だなと思った。
 結局私は、彼でなくてもよかったのか。
 空っぽの自分を埋めてくれる人だったら、誰でもよかったのか。
 
 また、あるとき、父に話しかけられた。
「そういえば、もう彼と出かけたりはしないのか?」
「うん。もう○○県に行っちゃったからね。遠いもん」
「そうか」
 
 それだけしか父は言わなかったが、心なしか、父ががっかりした気がした。
 私は、自分の父親に褒めてもらいたかっただけなのか……。
  
 
 それから私は、WordとExcelの資格を取って、就職活動をやり直した。
 そして、教育用のソフトウェアを開発する中小企業に就職した。
 仕事を頑張ろう。
 胸を張れる自分になろう。
 そうしたらもう一度、彼に会おう……。
 
 しかし、そんな私の企みは、思わぬ形であっさり終わりを迎えることになる。
 
 携帯電話を、水没させてしまったのだ。
 全く電源は入らず、データも復旧できなかった。
 
 バックアップを取っていなかった。
 メモもなかった。
 彼の連絡先も、彼の友達の連絡先も、消えてしまった。
 
 それからしばらくして、新しい彼氏が出来た。
 新しい彼氏はdocomo、私はVodafone(現ソフトバンク)ユーザーだった。
 当時はVodafoneとdocomoでメールをやりとりすると、絵文字が文字化けした。
 ハートマークを送っても、「=」のような文字になってしまう。逆も然り。
 
 少し躊躇したが、彼に合わせて自分が携帯電話のキャリアを変えた。
 ナンバーポータビリティ制度がまだなかったので、私の携帯番号もメールアドレスも変わった。
 
 完全に、彼と私をつなぐものはなくなってしまった。
 
 もっとも、彼の方から私に連絡したいと思えば、いくらでもチャンスはあったはずだ。
 携帯を変えるまでにそれがなかったということは、結局それまでのことだったのだ。
 
 もうずっと、その人には会っていない。
 
 それからも、時折彼のことを思い出した。
 
 ホットマンがドラマ化するよ。
 バガボンドの新刊が出たよ。
 栗本薫が、亡くなったよ。
 
 しかし、それを彼と共有する手段はなかった。
 
 
 何度めかの就職で、メーカーの子会社の正社員になった。
 飲み会とかで、彼のような理系大学院卒の研究者と雑談をする機会が増えた。
 
 その中で気付いた。
 彼は非常に忙しい合間を縫って、父の仕事を手伝い、私と会ってくれていたのだということを。
 
 文系の短大生だった私には想像もつかなかったが、理系、しかも大学院生というのはかなり忙しいようだった。
 研究、実験、資料作成、発表、論文作成。
 インターネットで検索すれば、大学院生の忙しさについて書かれた日記がたくさん出てくる。
 
 そういえば、
「その週は学会発表だけど、来週ならいいですよ」
 ってメールをもらったこともあったっけ……。
 
 今思えば、自分の会いたい気持ちばかり押し付けて、彼の事情を気にかけることができずにいた。
 
 それでも彼は、私と会ってくれた。
 きっと彼なりに、何か私に対しての想いがあって、私と会ってくれたのだろう。
 それがたとえ、恋とか愛と呼べるものではなかったとしても。
 それで十分だろうと思えるようになった。
 
 先日、10年ぶりくらいに「傘がない」を聴いた。
 1972年に発売された、あさま山荘事件や川端康成の自殺など、暗いニュースが多く、その世相を反映したかのよう。
 一聴した感じでは、難しいことよりも、自分は目の前の恋愛の方が大事なんだと言っているような歌だ。
 でも、歌詞には疑問符で終わる部分もあり、自分の無力さから恋愛に逃げようとしているが、これでいいのだろうかと自問自答し、苦悩しているようにも受け取れた。
 彼はいったい、どのような解釈を持って、この曲を聴いていたのだろうか。
 
 
 もう私も子供がいるし、彼もおそらく家庭を築いているだろう。
 ただ、もし願いが叶うなら、もう一度、彼の歌う「傘がない」を聴きたいと思う。今度は絶対に笑わないから。
 
***

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