プロフェッショナル・ゼミ

新卒採用が、未来をつくる《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:永井聖司(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
※このお話は、フィクションです。
 
 
3月1日、朝9時20分。
僕たち3人は、遠くにそびえる建物が見えてくると自然と、誰が指図したわけでもなく横並びになって立ち止まった。
それぞれが大荷物を引っ提げ、遠くにそびえる大きな建物を見る姿はまるで、魔王の城に乗り込もうとしている勇者一行のようだ。なんてことを想像したら思わず、
「はー……面倒くさーー」
愚痴が出た。
僕たちの不動産業界にとっては超繁忙期にも関わらずどうしてこんなことをしなければいけないのか……と思ったところで、背中に痛みが走る。
「こら、リーダーがそんなこと言っちゃだめだろ?」
笑顔を浮かべながら注意をするのは入社10年目の中堅、佐々木課長だった。
「そうですよ、リーダー」
「茶化すな」
続けて右隣に立つ女性ー入社2年目の同期・野中がニヤニヤとした笑みを浮かべながら僕に言えば、すかさずツッコミを入れる。
「やるしかないでしょ、仕事だし」
どこか他人事っぽい野中の言葉にため息で返しつつ、僕たちは東京ビッグサイトに向かって歩き始める。エスカレーターを登り、入り口を入ればそこには、『マクナビ大企業説明会』会場への道案内が示されていた。これが、僕の今日の仕事だった。
 
全ては、およそ半年前に遡る。
まだ暑さの残る9月のとある日、社長に呼び出しを受けた僕は、社長と佐々木課長と3人で、その人と向かい合って座った。
渡された名刺には社名と、『新卒採用コンサルタント』という肩書、そして小野探という名前が書かれていた。キッチリと整えられたスーツにワックスで固められた髪、眼鏡と、コンサルタントのイメージにピッタリのルックスをした人だと思った。
翌年から新卒採用を行う、という話、そしてそのためにコンサルに入ってもらうという話は、それよりも更に約1ヶ月前の社長からの報告で知っていた。僕も含め、これまで中途採用だけで人員補充をしてきた会社なのにいきなり何故方針転換となったのか、おそらく全員が疑問に思っていただろうけど、面と向かって口出しする人はいなかった。皆社長の、一度言ったら方針を変えない性格を十分すぎるほど知っていたからだ。とは言え採用の話だ。社長と総務担当あたりで話を進めるのだろうと思っていた僕たちは特に新卒採用について真面目に考えることもなく、日々のカウンター業務などに勤しんでいた。
そんな中での呼び出し、しかも何故僕が呼ばれたかの説明もなかっただけに僕は戸惑ったまま、小野さんから渡された資料に目を通しつつ、説明をただただ聞いていた。現在の新卒採用環境や今後の大まかなスケジュール、選考内容について等など。そして資料の中ほどまで言ったところでようやく、僕は僕自身が呼び出された理由を知ることになる。
『採用チームリーダー・豊島』
「え」
採用チームの構成、と題されたページの中に、確かに僕の名前があるのを見つけた僕は、思わず声を上げた。そして顔を上げれば3人全員の目がこちらを向いており、小野さんと目が合えば彼は、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。そして小野さんが顔を社長の方に向け、
「社長、お伝えしてなかったんですか?」
と尋ねれば社長は、心底嬉しそうな様子で、
「サプライズだよサプライズ!」
と言った。
『どういうことですか!?』と反射的に叫びそうになった僕は口を『ど』の形で固めたまま、3人の顔を何度も見回す。
新卒で入社した会社と相性が悪く約1年半で退職。その後今の会社に入社してちょうど1年、仕事のペースも掴めてきてこれから更に売上を上げていこうと思った大事な時期にこの、営業時間をすり減らされるような仕打ちは一体何なのか。そんな抗議がすぐに浮かんできたけれど、社長の顔を見ればその全てが無駄なのだと全身で感じ、僕は口を閉じた。
「フッ」
その様子を軽く笑うような声が聞こえれば僕は、向かい側に座る、まるで占い師かのように全てを見透かした様子でこちらを見る顔と、目が合った。
「豊島さん」
歳は自分とそう変わらないはずなのに、小野さんの言葉には優しさと、コンサルタントとしての自信が感じられた。
「新卒採用っていうのは、社長と私たちコンサルタントだけでは絶対に成功しない活動です。社員全員の協力が、絶対に不可欠なんです」
採用に関わるのが初めての僕にそんな事を言って、一体どうすると言うんだ。という抗議もまた、僕の口から出ることはなかった。
「新卒採用の最終目的は、人を採用することではありません。会社を、強くすることなんです」
『何言ってんだ、こいつ?』
突然すぎる状況変化への困惑と怒りで浮かんできた口悪い言葉もまた、僕が口に出すことはなかった。
 
そしてそれからの半年、営業活動の傍ら、僕は新卒採用の準備に時間を費やした。小野さんと社長、時に社員との間に立ってのスケジュール調整や大学生向けに配る会社案内パンフレットのデザインの相談・内容の校正、合同説明会の時に使用するポスターやその他装飾物のやり取り等々……。営業成績を前年以下に落とさないようにしながら通常業務を行うのは『ツライ』の一言で、僕は既に、大学生の採用活動が本格的に始まる3月1日、つまりは今日の時点で、疲れ切っていた。
だから、
「おはようございます!」
と、ブースで待ち受けていた、いつもの爽やかな笑顔の小野さんにも少しイラッとし、その後ワクワクした様子で割り当てられたブース内を装飾していく小野さんがこちらを盛り上げようと声を掛けてくるのにも生返事で対応した。今日の合同説明会は10時〜17時。途中休憩が取れるとは言え長時間の立ち仕事、しかも今日普通に営業が出来たなら売上につながったかもしれないお客様の顔が浮かんでくれば、気持ちはマイナスの方向へと向かうばかりだった。そんな中で、
「かわいーー!」
「ああ、目立ってていいじゃないか」
と、ブースの壁面に貼り付けた、僕がアイデアを出したポスターを野中と佐々木課長が褒めてくれたその一瞬だけ、僕は僕自身の気持ちが和らぐのを感じた。
 
そしてあっという間に時間が過ぎて開場直前、全ての装飾物を設置し終えた自社のブースは、着飾り過ぎではないかと思うぐらい、装飾がされていた。壁には当社のマスコットとキャッチフレーズが書かれたポスターが貼られ、マスコットの描かれた椅子カバーが掛けられ、加えてのぼりも立てられている。通路を挟んで向かい側、つい先程、50歳前後だろう人事部の担当者らしい男性が来たばかりの、主催者が用意したイスと仕切り板、企業名と業種の書かれたパネルのみの企業と比べると、その差は歴然としていた。
「いやー、いい出来になってよかったですね~、本当!」
そんな僕の様子を見ていたのか、背後から小野さんに声を掛けられると、僕は思わず肩をビクリと震わせた。
「これも、小野さんが社長さんや私とやり取りしてくれたおかげですよ、ありがとうございました」
最初の打ち合わせのときとは違う、遠足前の子どものようにワクワクした小野さんの笑顔に、僕は自身の顔がほころんでしまうのを感じた。そして小野さんが一歩僕に近づいて耳に顔を近づけ、
「申し訳ないですけど、向かい側の企業さん。下手したら学生さん、一人も来ないかもしれないですね」
といえば僕は、向かい側の、一人ブースに座る眉間にシワの後が刻まれたおじさんを見て、思わず吹き出してしまう。あちらはちょっと怖そうなおじさんが一人だけ、比べてこちらは若手が二人に中堅が一人、更には可愛らしくてわかりやすい装飾もされている。申し訳ないが、小野さんの言う通りかもしれないなと、僕は素直に思った。
「あ! おはようございます!」
「おはようございます!」
そんな時、僕と小野さんの背後に向かって野中と佐々木課長が挨拶をしているので振り返ればそこには、片手を上げて近づいてくる社長の姿があった。僕と小野さんも続けて挨拶をすれば社長は、
「おう、おつかれ!」
と、ここにいる誰よりもワクワクした様子で大きな声を出し、笑顔を浮かべながらブースへと近づいてくる。最初に小野さんから案を聞いた時には驚いたけれど、他社との差別化のためということで、今日は一日、社長もこの合説に張り付いて、学生向けにスピーチをすることとなっていた。そして社長がブースの前までやってきて中を見回せば、社長の笑顔は更に明るくなり、つられて僕もうれしくなった。
「いい出来じゃないか」
そう言われながらポンポンと叩かれた肩の部分は、時間が経つごとに徐々に温かくなるような気がして、そこから伝染して心を温め、この半年間の疲れが一気に抜けていくような、そんな気さえした。
 
そして開始の合図が流れ、黒のリクルートスーツに身を包ん学生たち、というよりも黒い一つの塊がなだれ込んでくれば、ブース装飾のおかげもあって当社の席はすぐに満杯になった。というようなことはなく、「栗本不動産いかがですかー」と、僕と野中と佐々木課長、3人掛かりで会社概要の書かれたチラシを持ちながら声を掛けてみてもまるで足を止める学生はおらず、僕はこの瞬間透明人間になってしまったのではないか? と思いたくなるほどだった。しかも普段ビラ配りなんてほとんどしないだけに、学生たちの無反応がボディブローのように、本当に少しずつしかし確実に僕たちにダメージを負わせる。一瞬確かに目が合った学生に無視され、目を逸らされると、ダメージは2倍だ。
そんな中、
「おおー、ありがとう!」
と、与えられたブースの一番端から、小野さんの喜んだ声が聞こえてくる。そしてその傍らにはリクルートスーツに身を包んだ女性が一人、確かにいた。思わず僕たち3人は目を丸くするが、小野さんはこの仕事のプロなのだから当然だろうと思い直せば、僕と佐々木課長は通路の方へと向き直り、野中は小野さんと入れ替わって学生さんと雑談を始めた。ただしその後も、ただただ同じことが繰り返されるだけだった。僕と佐々木課長が声を上げても全く足を止めない学生が、小野さんの前に行くとある程度の確率で足を止め、そしてその中のかなりの割合がブースの中に入ってきて、結局ものの10分足らずで用意されていた6つの席の内5つは埋まり、野中一人では学生対応が難しくなったため、佐々木課長も学生対応へと回った。
そして小野さんと隣同士になった僕は耐えきれず、今日の朝イチにイラッとしていたことも置いておいて質問をしたのだが、返ってきた回答は意外なものだった。
「豊島さん、採用活動でっていうのは、営業に近い所が結構あるんです。例えば合同説明会での声かけは、マスマーケティングではダメで、ピンポイントマーケティングが有効だということです。」
なんとって良いのかわからない僕の表情を見た小野さんは、話を先へ進める。
「つまり、さっきまで豊島さんたちがやっていた『栗本不動産いかがですかー』という声かけは、目の前を歩く全ての人に向かって、もっと悪く言えば対象を決めずに行っている、つまりマスマーケティングです。これだと学生さんたちは、自分には関係ない話だ、と思って、耳を傾けてくれません」
「じゃあ、小野さんがやってたのはどういう……?」
「簡単ですよ」
そう言った小野さんは、目の前を流れる学生の波の中に目を向け、一人に狙いを定めた。肌がこんがりと小麦色に焼けた、運動部っぽい男の子だ。そんな彼の手元にチラシを差し出しつつ、話しかける。
「今日、見に行きたい企業さんはもう決まってる?」
突然目の前に出てきたチラシに驚きつつも足を止めない男子学生に合わせて一歩二歩と、小野さんも歩く。
「どう、決まってる?」
そしてこれ以上行くと他社のエリアに入ってしまうというギリギリのラインでもう一度声をかければ、男子学生の足は止まった。
「い、いや……決まって、ないです……」
学生が緊張した面持ちで話すわずかの隙間をぬって、小野さんがこちらを見る。『ほらね?』と言われた気がしてけれど、そこにイヤミがないのだから、ずるい人だ。
 
「僕が言いたかったこと、わかって頂けました?」
男子学生を最後の席に誘導すれば小野さんが人懐っこい笑顔を浮かべながらこちらに近づいてきたので、僕はあからさまに、大きく頷いた。
「でもこれってきっと、豊島さんが普段お仕事でされてることに通じる部分がありますよね? 誰彼構わず同じ提案をするんじゃなくて、一人ひとりにあった物件のご提案、されてますよね?」
もう一度、僕は大きく頷いた。
「新卒採用、少しは楽しくなってきましたか?」
主人のご機嫌を伺う犬のような小野さんの聞き方に、僕は自身の頬が緩むのを感じつつも、頷くことはしなかった。
 
小野さんは小さく嘆息し、野中に指示を出して、ブース内でのミニ説明会をスタートさせた。ここからの学生の呼び込みは野中さんと佐々木さんにおまかせしましょう、と小野さんが言うので、僕は小野さんは学生の席の後ろに立って、社長の話に耳を傾けた。
簡単な会社の概要紹介に始まり、経営方針の話など、言ってしまっては悪いがありふれた内容が続いたところで、話題は会社の展望について、となった。
そこで僕は、社長の顔にとある決意のようなものが現れるのを感じた。
「私の目標は売上を、5年後に今の2倍にすることです」
何度か、期のはじめに社長から聞いたことがある話だ、と思った。それなのに、何かが違うと感じた。
「しかし、売上を2倍にしようというのは、ただ単に私が、お金儲けをしたいわけではありません。もっと多くの売上を上げることで現状の社員の給料を良いものにしてあげて、余裕のある人員体制の中で、家族やプライベートも大切にできる、そんな会社にしたいと思っているんです!」
その瞬間、社長の目は、学生の方を向いていなかった。僕や、呼びかけをしている野中・佐々木課長へと向けられているのを、僕は確かに感じた。
「新卒採用っていうのは、社長が学生に思いを伝える回数分だけ、社員に思いを伝えることにもなる場です」
僕が抱いた疑問に答えるように、横に立った小野さんが、話し始める。
「社長の思いを全社員が共有することで、会社が強くなる。新卒採用はそういうものだと僕は思っていますし、そういう事例を、僕はたくさん見てきました」
小野さんの言葉に、僕は答えなかった。同時に、学生に向けて話し続けている社長の顔を、見つめ続けていたからだ。
「だから提案したんです、社長に。採用チームのリーダーは、社長が期待を寄せるエースにしてくださいって。そうしたら、豊島さんの名前が、即答で上がったんです」
今まで生きてきて感じたことのない喜びに体が包まれているような、そんな感じがした。
「新卒採用、たのしくなりそうですか?」
僕は、深く深く、頷いた。
 
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