書くことは、カンフル剤になりストレス緩和剤にもなった《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:松尾英理子(プロフェッショナル・ゼミ)
「最近、調子どう?」
たまにしか会わない友人とメールや会話を交わす時は、必ず最初にこの手の質問をし合う。以前だったら、「バタバタだよー」とか「なんだかパッとしないんだよねー」とか、忙しくてもそうじゃなくてもネガティブな言葉で返していた自分がいた。でも、最近は、そんなネガティブな言葉が口から出なくなってきていることに、ふと気付いた。
ライティング・ゼミに入って毎週書くことを強制的にであっても習慣にできるようになって10ヶ月がたつ。まだ、「書くことが楽しい!」という領域まではいけてはいないけど、書くことがストレスでなくなってきたのと、以前より普段のストレスも感じにくくなっている気がするのは、なぜなのだろう。
ちょうど1年前の8月14日。勤めている会社の秋の異動を前に上司から内示を受けた。その内容が、顔面パンチをくらったような気分になる内示だった。
私の勤めている会社では、平均して4年くらいで異動があり、部署や仕事が変わる。去年の夏は、所属していた組織で既に4年が経過していたので、少し前から内示をドキドキで待っていた。サラリーマンを25年もやっているから、もう何度も異動の内示を経験しているのに、去年はもう1週間前くらいから、いてもたってもいられなくなり、気もそぞろになっていた。それは恐らく、40代最後の異動になるはずだから。このタイミングで自分のやりたいこと、希望している部署への異動できなければ、私のやりたいことは実現できないかもしれない、と焦る気持ちが募っていた。
でも、上司から告げられた私の異動先は、希望していた部署、役割とも大きく違った。私が落胆しているのを見て、上司は「ごめんな、力になれなくて」と私に謝ってきた。内示で上司に謝られるのは初めてだったし、自分の希望が通らなかったこと以上に、上司にそこまで言わせてしまう自分が嫌で、泣けてきた。職場で泣いたのは25年間で2回しかないのだけど、あの時は勝手に涙が出て、その涙に引きづられ号泣モードになり、しばらく涙が止まらなくなってしまった。
その後、モチベーションが上がりきらないまま新しい部署に行った私は、自分を前向きにしたり、勇気付けてくれる薬を探していた。そんな時出会ったのが、天狼院の「ライティング・ゼミ」だったのだ。そして、それからほぼ1年。号泣していた私が嘘のように、毎日笑顔絵で、やりがいをバリバリに感じながら毎日過ごすことができている。ストレスもほぼない。
50歳手前で「もう、有休消化みたいにして会社生活を送ってやる!」とまで思い腐っていた私を、前向きに軌道修正してくれた、書くこと。先週誕生日を迎え、あと1年で人生折り返し記念ということで、今までの人生を振り返って、「書くこと」が自分にとって、どんな存在だったのか? そしてこの1年、なぜこれだけ気持ちが前向きになれたのか? を、振り返ってみることにする。
社会に出てすぐの20代。
小さい頃から、とにかく、ものすごく緊張する性質だった。自己紹介が苦手で、自分の番が近づくと、皆に音が聞こえるかと思うくらい心臓がバクバク。そしてしゃべろうとすると、声が震えた。
だから、緊張をほぐすためにいい、と聞いたことは何でもチャレンジした。手のひらに大の字を書いて飲み込む。左手の薬指をもむ。緑色のハンカチを持つ。当たり前だけど、そんなことしたところで、緊張がほぐれるなんてことはない。社会人になっても、極度の緊張は収まらず、プレゼンなど、人前で話す機会は増える一方なのに、失敗を繰り返してしまう私がいた。
全然緊張せず、いつも楽しそうにプレゼンを進め、説得力抜群だった隣の部署の先輩に、勇気を出して相談してみることにした。すると、思いがけない答えが返ってきたのだ。
「自分のしゃべることを、まずは一回書き出すといいよ。書き出して、何度も何度も読む。そして文章を研ぎ澄ますんだ。
これを繰り返すと、どんどん相手に伝わる言葉になっていく。そして、それがおのずと自分の言葉になっていく。とにかく、事前にどれだけ準備するかが大事なんだ。俺がお前よりプレゼン上手なのは、お前の何倍も書いて練習しているからだよ」
そうか。書くのか。これならできる。そう思って、話すことを書き出して練習する、というサイクルを実践していったら、緊張はどんどん抑えられるようになっていった。そうか、これだったんだ。ものすごい強力な万能薬を得た気分にはなったものの、事前に言葉にして書き出しておかないと、怖くて人前でしゃべることができないのは変わりなかった。
そう、20代の頃、若かった私にとって、書くことは「お守り」だったのだ。
プライベートでも、大好きな人に気持ちを伝える時、別れ話を切り出されそうになった時。その当時の私は、返す言葉まで、全部言葉にして紙に書き出していた。恋愛を繰り返していく中で、失敗しまくりだった時代を乗り越え、20代後半の頃には、後を引かずに気持ちを切り替えられるようになったのも、書いていたからなのかもしれない。
そうやって「書くこと」をお守りにして成長した私は30代になった。その頃、プライベートでも会社でも、何かを伝える手段として、電子メールが急速に普及していった。謝りも御礼も、それまでは紙や電話が主流だったのに、ほぼ全て電子メールでのやり取りになっていった。20代から続けてきた、プレゼン前の「お守り」も、手書きではなく、パソコン上で打ちこんで印刷するようになっていた。
そんなときだった。勤めている会社で、ウイスキーのチーフブレンダーをしている輿水精一さんが、仕事で名刺交換した人に対して、必ずその後、お会いできたことへの感謝の気持ちを葉書に書いて送っているという話を聞いた。その数、年間1000通以上。本業だけでなく、取材対応や執筆などで多忙を極める人なのに、だ。
その葉書をもらったことのある人に、その後何人にも遭遇し、その誰もがその葉書を大事に取ってあると話すのを聞きながら、私は決めた。輿水さんと私じゃ、あまりにも格が違うけど、私も手書きにこだわろう。
電子メールがスタンダードになってきたからこそ、手書きの文章は人の気持ちを動かすことを実感した。事務的な書類を送る時でも、その全てに付箋でメッセージをつけ、一言を添えた。親切にしてもらったり、感謝したい出来事があったら、必ず手紙を書いた。そうやって、30代の私は、「書くこと」を、相手に誠意と感謝の気持ちを伝える手段にしていた。
それなのに、だ。40代に入ると、手書きへのこだわりがなくなってきてしまった。その頃には人前に出ても緊張することもなくなり、わざわざ手書きしなくても、うまくいくこともある、と楽なほう楽なほうに自分を流してしまったからかもしれない。
書くこと。それは、20代の私にとっては、お守り。30代の私にとっては、感謝の気持ちを伝える手段。でも、40代に突入した私は、その2つを忘れかけ、さらに新たな理由も見つけられずにいたのかもしれない。
でも、40代も終盤になり、天狼院書店に出会い、毎週書き続けることを実践できたおかげで、自分の中に隠れていた気持ちを言葉として表に出すことができ、また自分の過去を振り返ることで、これから私は何がしたいのか? もおぼろげながら見えてきた。そう、書くことはカンフル剤になった。
毎週、三浦さんやスタッフの皆さんが自分の文章を読んでコメントをくれることで感じる充足感も相当なものだった。さらに、友人たちが私の文章を読んで「すごく感動したよ」「なんだか元気が出たよ。ありがとう」「また書いてね、楽しみにしてるから」とメールをくれる。そして、もらったメッセージをうれしくて何度も何度も読んでいる自分がいる。最近、ストレスを感じにくくなっているのは、きっとそのおかげなのだと思う。
40代の私にとって「書くこと」は、ある時はカンフル剤、またある時はストレス緩和剤になった。1年前の今頃、あんなに落胆していたのに、今の私は、超がつくくらいのマエムキングになっている。これは全て「書くこと」を習慣にすることができたおかげなのだ。
昨年、63歳で芥川賞を受賞した若竹千佐子さんが、50代から「書くこと」を始めたこと、そして60歳を超えて芥川賞時を受賞できた理由を、インタビューの中で話していた。
「人生でいろんな経験をして、自分の肌で感じてわかってきたことだから大胆にいえる面はあると思うんです。おばあさんって捨て身になれるんですよ。社会や家庭に対する役割を外れて、世の中から何かを期待されることもなくなってくる。そうなると制約なんてないですからね。吹っ切れた感じになれたからこそ、いい作品が書けたのかもしれません」
このインタビュー記事を、頷きながら読んだ。
若竹さんがおっしゃっている感覚が、分かるようになってきている私がいる。これって、年とればとるほど、アドバンテージじゃない? そう思えて、今の私は年取るのも怖くなくなってきた。
これまでは、「書くこと」は自分のため。でも、末来の私は、自分のためだけではなく、読んでくれる人達にとって、人生のヒントやきっかけになる文章を書けるようになりたい。1年前、腐りかけていた私を復活させてくれた「天狼院書店」と「書くこと」に恩返しするため、未来の私は「人の可能性を広げること」につながる文章にチャレンジしていくつもりだ。
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