プロフェッショナル・ゼミ

JOMON、それは雲《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:永井聖司(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
疲れたけれど、楽しかった。
8月3日、12時過ぎ。
連日酷暑の報道がされている真っ只中だったその日、殺意すら感じる日差しを全身に受け、2時間半歩きっぱなしで足にたまった疲労を感じながらも、僕の頬は緩んでいた。場所が場所なら、ディズニーリゾート帰りかと思われるぐらい満足気だったに違いない。
異次元世界に行った、という意味ではある意味ディズニーリゾートと通じるものがあるかもしれないけれど、僕が出てきた建物の中には、心躍るようなアトラクションもなければ、華やかなパレードもなかった。それでも、ディズニーリゾート以上に熱中できる時間が、確かにあった。
ではどうしてそこまで楽しめたんだろう? と考えてみるけれど、すぐに答えは出なかった。どうして楽しかったのかがわからないなんてずいぶん不思議な事だけれど、わからない。
ゴロゴロゴロゴロ。
キャリーケースがコンクリートの上を滑る音を聞きながら、会場の中の様子を思い返す。
人で溢れているのに不思議と静かな会場の中では、老若男女問わずみんなが、ケースの中にあるそれらを、興味深そうにじっくりと見ている。何も言わず、ただじっくりと。その眼差しは、何かに似ているような気がした。
ゴロゴロゴロゴロ。
そんなことを考えている最中に雷のような音をもう一度聞けば、僕ははたと立ち止まった。そしてご両親に手を引かれて歩く子どもの姿を見て、空を見上げた。
抜けるような青空の中に浮かぶ白い雲が、そこにはあった。
これだ、と思った。
今の今まで掴めていなかったものを確かに掴んだ手応えは、僕をひどく興奮させていた。
『縄文って、雲なんだ』
僕は一人、勝手にそう結論づけた。
そして答え合わせをするように振り返れば、東京国立博物館の立派な建物と、玄関脇にある大きな黄色い看板が、そこにはあった。
『縄文ー1万年の美の鼓動』展。その名の通り、縄文時代にスポットを当てたこの展覧会は、縄文時代の土器や土偶を中心に『縄文時代の美』という異次元を一挙に体験することが出来る展覧会で、この夏僕が最大級に楽しみにしていた展覧会だった。
しかし、興奮と同時に、まさか自分がこうなるなんて、と思わずにはいられなかった。縄文時代にハマり、縄文時代の美術について真剣に考える時間を取る時が来るなんて、思いもよらなかった。1年前の夏も今年と同じく美術館巡りをしていたけれど、その時はまるで、縄文時代になんて興味はなかったのだから。
きっかけはおよそ10ヶ月前、場所は、京都だった。
 
2017年10月、京都国立博物館では、国宝ばかりを集めた国宝展が開催をされていて、美術館巡りが趣味の僕は当然のごとく会場へと向かった。狙いは、雪舟の水墨画であるとか、平安時代の絵巻物であるとかそういったものだったのだけれど、思いがけず僕は展覧会の冒頭で、足止めをくらった。
そこにあったのが、縄文時代の国宝4点だった。4点とも教科書等で見たことがあったこともあって、自然と足が吸い寄せられた。そして、離れられなくなった。4点が4点とも、不思議でたまらない形をしていたせいだ。煮炊きに使う鍋であることを考えれば絶対に必要ないだろう、過剰な炎のような装飾をした『火焔型土器』、誇張された乳房やお尻が表された『縄文の女神』、『縄文のビーナス』、そして謎の仮面をつけた『仮面の女神』と、現代の感覚では不可解極まりないデザインがされているのが逆に新鮮で、もっと目に焼き付けておきたいという欲望が、僕の中に突如沸き起こったのだ。細部を見るためにギリギリまで顔を近づけ、人混みをかき分けながら後退して全体を眺め、また近づいて細部を観察し、更に少しずつ横へとずれて360度くまなく眺め、ということを繰り返していたら、気付けばたった4点を見るために20分から30分ほどの時間を掛けてしまっていた。以降も大量の見るべき作品があったために渋々離脱はしたけれど、もしも『いつまでも見ていて良いよ』と言われたらいつまでも見ていられそうな魅力が、縄文時代の美術には確かにあった。でも、具体的にどんなところに魅力に感じているのかは、僕自身わかっていなかった。それは、ドラマや映画で、ミステリアスなヒロインに主人公がどうしようもなく惹かれるようなものだった。わからないことが魅力であり、だからこそ、もっと知りたいと思ってしまう。
そんな、燃え上がる恋にも似た想いを抱えていた僕は当然のごとく、『縄文ー1万年の美の鼓動』展があることを知った瞬間から、展覧会に行くことを決めた。
そして迎えた展覧会当日は、予想外の行列と混雑さえ、嬉しく感じている僕がいた。普段は絶対に行列に並ばないタイプなのに、だ。僕だけのものではないことは重々承知しているし、行列や混雑の要因は多数のマスコミで取り上げられたことだとはわかっていても、僕だけしかわかっていないと思っていた推しメンの魅力が多くの人に共有されたような喜びが、展覧会前から、僕の中には押し寄せてきていた。
 
そして不思議な高揚感に包まれながら過ごした二時間半の中で僕は案の定、『縄文の美』の更なる虜になった。
縄文時代が紀元前11,000年前から紀元前400年までの約1万年の間のことを言うことや、その1万年を大きく6つの時期に分けて表すこと、その間にどういった変遷をたどったかについても今回の展覧会を通して初めて知った、にわか中のにわかではあるけれど、それでもやはり、京都で感じた、『縄文の美』の魅力は消えるどころか、何十倍にも増幅していた。京都で見た国宝に2点加わって縄文時代の国宝6点が全て集結したこと、同時代のアジア・ヨーロッパの土器と比較していかに縄文土器が特殊だったかを見せる章があったことなど、鑑賞者を『縄文の美』の虜にする仕掛けは、大量にあったと思う。
しかしそれらの仕掛け以上に素晴らしく、僕たちの心に『縄文の美』が刻みつけられる要因はやはり、一つ一つの作品が持つ魅力、『雲のような魅力』なのだと、僕は思った。
 
正確にいつのことだったかは忘れてしまったけれど、子ども時代の夏休み。
その日僕は、見たいテレビもなく、マンガも読み飽き、ゲームもクリアしてしまい、何をするでもなく、自分の部屋の中にいた。
そしてあまりに暇だったので、窓の近くの日なたに仰向けになり、網戸を開ければ、その先に広がる青空と雲をボーッと眺めた。セミの鳴き声が聞こえてきて、吹き込む生ぬるい風が、顔を撫でた。
すると、普段意識することはないけれど、雲が流れているんだということを、確かに感じた。雲もそれぞれに形が違うんだという当たり前のことを、改めて確認した。更にそれぞれの雲の形を龍だの熊だのと自分勝手に考えているのが何故か面白くて、それだけで何十分と時間が過ぎてしまっていた。
その時の、抜けるような青空と雲、そして静かに熱中している空気感が不思議と僕の記憶の中には刻みつけられていて、それらがまさしく『縄文の美』を観ている時の空気感とリンクした、と思ったのだ。
 
縄文土器に刻まれたうねうねと曲がる線やうずまき模様、幾何学模様を何に見るかは、見る人次第だ。例えばうねうね曲がる線は、波という人もいるかもしれないし、人によっては蛇というかもしれない。渦巻きは、うずしおのことかもしれないし植物のゼンマイのことかもしれない。同じように変てこな形をした土偶を見てみても、人間だという人もいれば宇宙人だという人もいる。そこには、僕たちが雲の形から別のものを想像するような、正解のない面白さがある、自由がある。更には、『縄文の美』に残された一つ一つの紋様を通して、僕たちが現実世界で当たり前のように使っているたくさんの模様や記号にも意味があるのだと考えられるようになるかもしれないし、振り返って、呪術的な意味が込められていると言われている『縄文の美』に残された紋様に、縄文の人々がどんな願いを込めたのかを考えることも出来る。
そんなことを考え始めたら僕たちは果てなく、どこまでも深く、想像力を広げて自由に考えることが出来る。
それは、雲を見るだけで時間が過ぎていってしまった、でもそれだけで充実感さえ味わうことが出来た子ども時代に戻ることなのかもしれない。考えても仕方のないことに悩んでみたり、叶いっこない夢を無邪気に信じていたあの頃の気持ちを、取り戻すことに繋がることなのかもしれない。だから僕も、そして多くの人も、『縄文の美』を見ると、ハマってしまう。
それは、ディズニーリゾート以上の、異次元体験だ。
 
そして、自由で自分勝手な『縄文の美』に対する結論を持った僕は、新たな自信を得て、次へと歩き始めた。
 
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