プロフェッショナル・ゼミ

本を出したら、奇跡が起こると思っていた《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:牧 美帆(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 少し昔の話だが、今までに一度だけ、本を出版したことがある。
 自費出版ではなく、商業出版で。
 
 きっかけは、出産に関する自分の体験談を、あるサイトに投稿したことだ。
 ありがたいことにサイトの運営者の方にピックアップしていただいたことで、多くの方に読んでもらうことができた。
 
 投稿後、しばらくして、サイトの運営者の方からメッセージをいただいた。
 
「牧様の投稿を見て、書籍化を検討している出版社があります。
もし興味がおありでしたら牧様のご連絡先を編集の方にお伝えしますが、どうします?」
 
 それは、あまり聞いたことのない名前の出版社だった。
 しかし、昔から「自分の本を出す」ということに憧れがあった私は迷わずOKした。
 
 
 しばらくして、今度はその出版社の編集者である森田さん(仮名)から直接メッセージが届いた。
 
「森田です。この度はご快諾いただきありがとうございます。
 これから企画書を作成し、編集会議に提案します。
 もし会議でNGになったらすみません。また結果を連絡します。」
 
 数日後、無事に編集会議を通過したとの連絡をいただいた。
 そして、正式に書籍化に向けて動き出した。
 
「全5章で構成します。もう少し詳しく書いてほしいところは、これからリクエストします。
 あと、うちの出版社から出した子育てに関する本を、参考までに送らせていただきますね」
 
 数日後、その子育て本が届いた。
 人生初の献本。
「なんだか私、本当の作家みたい!」
 と、有頂天になった。
 
 次に、森田さんから構成案が届いた。
「添付の構成案に目を通していただき、まずは1章を書いて、Wordファイルで送ってください。
 一から書かなくても、サイトからコピーしてもらって、少し手直しをして加筆する、という感じで構いません」
 
 自分の体験談を改めて第三者の方に時系列に並べてもらうのは、少し気恥ずかしくもあった。
 しかしそんなことを言っていては先に進まない。
 
 定期的にWordファイルを送る。それを森田さんが手直しする。
 少し私の提出が遅れると、すぐさま「何かありましたか?」とメールが飛んでくる。
 矛盾が生じている部分について森田さんから質問のメールが来る。
 私はなんとか記憶を引っ張り出し、整合性を取って書き直す。
 そういった作業を何度か行った。 
 私は森田さんと二人三脚で、約半年かけて1冊の本にまとめた。
 
 そして、発売日。
 
 結果は、全く売れなかった。
 
 ちょうどタイミングよく出産をテーマにしたドラマを放映していたので、そのドラマに乗っかって売れるかもしれないと期待していたが、全くそんなことはなかった。
 
 森田さんもいろいろ手を尽くしてくれた。
 
 つてを使って、テレビにも時々出演する有名な先生に、監修と帯のコメントをお願いしてくれた。
 帯には、「著者のリアルな体験談は、読む人に感動を与えます」という文章が、先生の顔写真とともに記されていた。
 しかし、しばらくワクワクしながら先生のTwitterをチェックしていたが、「今回こんな本を監修しました」と私の本について触れたことは一度もなかった。
 これはかなり堪えた。友達の一人からは「牧ちゃん、すごいね! 先生に会った?」と聞かれて気まずかった。
 
 投稿したサイトも、トップページに私の本のバナーを表示してくれたし、ハフィントンポストにも宣伝記事を投稿してくれた。
 そしてハフィントンポストの記事は、そのままYahoo!ニュースにも転載された。
 もしかしたら批判されてるかもしれないと、おそるおそる開いたコメント欄。
 その心配は杞憂に終わった。
 
 コメント欄は、私の本とは全く関係ない、今クールの出産ドラマの感想で溢れていた。
 
 とにかく売れなかった。
 その出産ドラマをきっかけに関心が高まり、手にとった人から口コミで広がって……なんて奇跡は起こらなかった。
 発売日からの1週間、仕事の合間にあちこち本屋を回ったが、並んでいるのをほとんど見かけなかった。
 新刊コーナーに平積みどころか、ただの1冊も置いていなかった。本屋というのは、とりあえず出た本は入荷すると思い込んでいた。
 
 買うよ! と言ってくれた何人かの友達には、Amazonのリンクをお知らせして、そこから購入してもらった。
 
 もしかしたら私の話も、ドラマ化や映画化されたりして……なんて妄想は無残にも打ち砕かれた。
 
 妹からは、
「私の役は、有村架純でよろしくねー☆」
 と、リクエストされていた。
 
 有村架純にしてやれなくてごめん、妹。
 
 一番ショックだったのは、自分の住む市の図書館にすら、入荷されなかったことだった。
 新着案内をチェックしても、検索しても、私の本は見つからなかった。
 政令指定都市なのに……市内には10以上図書館があるというのに……。
 図書館というものは、本という本を片っ端から所蔵するものだと思いこんでいたので、その図書館にすら置かれないというのは全く想像していなかった。
「図書館で借りて読んでね」
 とすら言えなかった。
 
 なぜ売れなかったのか?
 理由は単純で、私自身が、宣伝しなかったからだ。
 他人に期待ばかりして、自分自身で動かなかった。
 
 かなり前の話だが、最近結婚を発表したはあちゅう氏が、
「いまだに新刊もキンドル本も、アマゾンで出ただけではまったく動かず、ツイッターでつぶやいて初めて売れる」
 ということをTwitterでつぶやいていたのを目にしたことがある。
 
 Twitterで10万人以上もフォロワーがいる人でさえ、Amazonで出しただけでは売れないと言っている。しかも調べてみると、彼女はSNSで拡散してもらえるよう意識して装丁の段階から積極的に関わり、更にハッシュタグを工夫するなど、売るための努力を欠かしていないことがわかった。
 
 一年間に出版される新刊の数は、約8万冊だそうだ。
 毎日、約200冊の本が出版される計算になる。
 
 まったく無名でド素人の私が、ポンと本を出しただけで売れるほど甘くない。
 
 私は当時、ブログもなければ、SNSというものをほとんどやっていなかった。LINEと、匿名でやってたmixiくらいだ。
 しかも友達はリアルな数十名のみ。
 当時、堅い職場に勤めていたこともあり、顔出し、実名なんてもってのほか。
 つまり、拡散力はゼロに等しかった。
 もちろん、その本も本名ではなく匿名で出している。
 森田さんは「牧さんがSNSやブログをやっておられないのは織り込み済みなので大丈夫ですよ」
 と言ってくれていたが、その優しさの上ですっかりあぐらをかいていた。
 
 
 失意の中、ふっと森田さんとやりとりしたメールを読み返してみた。
 
 執筆中は無我夢中で気づかなかったが、森田さんは私の原稿の進み具合を気にかけつつ、季節の挨拶を織り交ぜて、こまめに連絡を取ってくれていた。
 
「急に暑くなりましたね。つい最近までヒートテックを着ていたのに、今日はTシャツ1枚です」
 
「ゴールデンウイークはいかがでしたか? 私は実家に帰省して、イチゴ狩りをしてきました」
 
「昨夜はひどい雨風の中、30分歩いたら靴もズボンもその中も大変なことになりました(笑)」
 
「今日は娘の運動会。生徒は日焼け止め禁止。
娘が「先生たちは完全防備しているのに腹が立つ。授業では紫外線は危険って言ってるのに」
と怒っていました」
 
 など。一方、私はといえば、毎回「今日は○ページ進みました」といった進捗報告にとどまっている。
「お前は本当に文章を書くのが好きなのか?」
 と問い詰めたくなるような、なんともそっけない返信。
 
 にもかかわらず、森田さんはそんな私にいつも優しい言葉をかけてくれていた。
 
「加筆していく中で迷いがあればおっしゃってくださいね。打開策を提案できるかもしれません」
 
「執筆にはストレスは避けられませんが、牧さんのストレスにならないような進め方を提案したいと思っています」
 
「過去を思い出しながら書くのは、精神的にもしんどいことだと思います。
しかし、その作業があればこそ、読んだ人の心を動かせると思います」
 
「つらい部分で、大変だと思います。
しかし、こうして搾り出したものが世に出て、誰かの心を動かすのです。
もうしばらく辛抱お願いします」
 
 また、執筆の途中で、私が本の内容に近いニュースについて同様した、という一文を書いたときも、
 
「僕はこの本で、牧さんの投げかけたいことについて、一人でも多くの方が気づいて、避けられる悲劇は避けてもらえたらいいと思っています。
また、同様に苦しい経験を持った方には、前を向いて歩ける勇気をもってもらえたらと思っています。
きっと、意義のある仕事ができると信じています」
  
 と、励ましの言葉をかけてくれていた。
 読み返しながら、涙と鼻水が止まらなくなった。
 キーボードにぽたりと涙が落ち、慌てて拭く。
 親身になってくれたのに、誰かに期待してばかりで、それに応えることができなかった不甲斐なさが、ひたすら情けなかった。
 今から思えば、森田さんにとっては、売れないだろうというのは、きっと「織り込み済み」だっただろうと思う。長くこの業界を知っているのだから。
 それでも、もっと自分に出来ることが、たくさんあったに違いない。
 
 森田さんからの最後のメールは、こんな言葉で締めくくられていた。
 
「牧さんの文章は読み応えあって、構成が素直であざとくなく、それでいて次も読みたくなります。
 また題材あったら書いてみてくださいね」
 
 
 もうないかもしれないけど、それでもいつか、また本を出すことがあるとしたら、そのときはちゃんと宣伝しよう……。
 
 しかし、しばらくして、自宅に1つの封筒が届いた。
 それは、その出版社が倒産した、という連絡だった。
 
 今はもう、中古でしか私の本は手に入らない。
 
 
 そして2018年。
 私はこのメディアグランプリという場所で、新しいチャレンジをしている。
  
 ライティング・ゼミプロフェッショナルコースには、「ご意見賜り」というものがあり、この回数が修了証をもらえる条件のひとつとなっている。(http://tenro-in.com/articles/55941)
 2度目の「ご意見賜り」をいただいたとき、私は勇気を出して自分のSNSで「宣伝」をした。「いいね」が1件もつかなかったらどうしよう……。
 しかし、結果として「いいね」が複数つき、さらに何人かがシェアをしてくれた。
 
 そして、その週の週間ランキングで1位をもらうことができた。
 もちろん私は今でもインフルエンサーにはほど遠い会社員なので、それがどこまで効果があったのかはわからないが、宣伝してよかった! と嬉しくなった。
 
 メディアグランプリには、日々たくさんの面白い文章が投稿されるため、自分の記事が掲載されてもどんどん後ろの方に流れていく。しかし入賞すればサイトのトップページに掲載してもらえるため、より多くの人に読んでもらえる。
 
 どれだけ心を込めて、良いと思えるものを書いても、気付いてもらわなければ、人の目にとまらなければ意味がない。
 自分の想いは、形にしてそれで終わりではない。
 私はそれを、本を出版したことで痛いほど思い知らされた。
 
 これからも私は書き続けたいし、欲を言えばできればたくさんの人に読んでもらいたい。
 そのためにも、胸を張って宣伝していきたいし、そんな文章を書いていきたいと思う。
 
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