プロフェッショナル・ゼミ

カレー好きなら絶対に今月号の『dancyu』は買ってはいけない《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:中野 篤史(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
「おお! 来たか」とおもった。恵比寿の駅ビルに入っている有隣堂で、9月号の『dancyu』をみかけた。全面赤を基調とした表紙に「スパイスカレー 新・国民食宣言」のタイトル。そうだよな、夏だし。当然来るよな……。カレー特集は外さないのだ。編集者からすると、鉄板ネタに違いない。ちなみに『dancyu』は1990年に創刊された雑誌で、今年で28年目を迎えるすごい雑誌。雑誌名は「男子厨房にはいるべからず」からきていると聞く。そのコンセプトは、おいしい食べ歩き、料理づくり、素材探しなど、食を楽しみたい人のための月刊誌。私はこのあと今月号に、私と因縁の深い、あるカレー店の記事を発見することになるのだ。
 
毎年夏になると『dancyu』ではカレー特集を組む。ずるい。その結果、家の本棚をみると毎年のカレー特集が並んでいることに気づいた。決して狙ったわけではない。昨年の2017年6月号は「エブリシング イズ カレー」。一昨年の2016年6月号「カレーはライス」。そして一昨々年の2015年8月号は「ライフカレー」 だった。しかし、なぜ夏にカレー特集なのか? それは暑いとカレーを食べたくなるからに違いない。そして、みんながカレーを欲しているタイミングで、カレーの特集を組めば当然売れるのだ。いや、もしかしたら寒い冬でもカレー特集は売れるのかもしれない。でもカレーといえば夏だろう。『dancyu』前編集長の町田さんは、インタビューで売れる特集を聞かれて「カレー」と答えている。ちなみにカレー以外では、餃子やパスタも鉄板らしい。
 
では、人はなぜ暑いとカレーを食べたくなるのか? 暑いのに、さらに汗をかくカレー? 一見矛盾しいるようであるが、実は理にかなっている。多くの人はその矛盾にすら気づかずに、暑い日にカレーを、せっせと胃袋へかきこんでいる。そこには、こんな理由があった。
 
まず、カレーを食べると体が熱くなる。そして、しばらくすると汗も出てくる。カレーが辛ければ辛いほど、その効き目が現れやすい。なぜかというと、スパイスの効力によって体表面の血行が良くなり、体表面の温度が上昇するからだ。じゃあ、寒い冬にも食べればいいじゃないかと思うのだが、問題は食べた後だ。実はスパイスによって一時的に上昇するのは、体表面だけで、直腸温度といわれる体の中の温度は殆ど変わらない。逆に、食後少し時間が経つと体温は下がり始める。体表面の血行促進と発汗によって、体の熱が逃げるからだ。そして、結果的に食べる前より体温は下がってしまう。冬に辛いカレーを食べると、後から身体が冷える可能性があるのだ。だから、人が夏にカレーを食べたくなるのは理にかなっている。意識せずとも、涼しくなることを身体が知っているのかもしれない。あの辛いカレーを食べ終わったあとの爽快感と来たら……と、うんちくはこの辺にして、話を『dancyu』にもどそう。私は買った来た今月号を家で開いた。
 
「あーー、やられた!」ページをパラパラとめくったら、特集で、カシミールの後藤さんとミュージシャンの写真が、見開きで大きく載っていた。カシミール。それは因縁の店舗だった。同時に思った。ああ、これでまた行列が長くなる。当分カシミールは無理だろうと。カシミールには、これまで大阪出張の際、2回ほどトライした。しかし2回とも食べられなかった。それには、開店時間が大きく関係していた。ネットなどで調べるとカシミールの営業時間は12:00〜売り切れまでと書かれている。行列ができる人気店だけに、夕方まではもたない。そうすると必然的にお昼のスタート勝負にななってくるのだが、これがいけない。なぜなら開店時間がいくまでわからないからだ。私はページをめくりながら、あの日のことを思い出す。
カシミール初挑戦の日、その日は暑かった。京阪本線の北浜駅からカンカン照りの道を歩く。時刻は11:45。到着すると、カシミールの入り口は、まだベニヤ板で塞がれていた。店舗の前には2人しか並んでいなかった。ラッキーと思っていると、ベニヤ板にB5サイズくらいの張り紙があることに気づく。そこにはこう書かれていた。「14:00頃の開店となります カシミール」。まじか。せっかく来たけど、あと2時間は待てない。午後の商談が始まってしまう。残念だけど今日はあきらめて、別のカレー屋をあたろう。こうして、初回の挑戦はあえなく散った。
 
それから3週間程たった、7月下旬。その日はものすごく暑かった。京阪本線の北浜駅からカンカン照りの道を歩く。時刻は12:45。カシミールの入り口は、まだベニヤ板で塞がれていた。既に3人が並んでいる。今日は何時開店だろう? 張り紙を見た。「13:00頃の開店する予定です カシミール」。よし! あと15分だ。どうやら14:00からの打ち合わせにもギリギリで間に合いそうだ。待っている間にも、行列は長くなっていった。13:00になった。開店時間だ。しかし、13:05になってもベニヤ板は動かなかった。「頃」とは本当に都合のいい言葉である。結局、開店したのは13:15だった。先頭の人から店内に入っていく。カウンター席で9人。私は3番めだ。しかし、私はさっきから気になっている。時間が迫っているのだ。どうしよう、間に合うのか? ここまで来て苦渋の決断をしなければならないのか……。マスターの後藤さんが、みんなに水を汲み、初めの人からオーダーを聞いている。そんな間に時刻は13:20を過ぎていた。移動時間を考えると難しいか……。カウンターに座った客全員がカレーのことを考えている最中、私だけが時間のシュミレーションをしていたに違いない。しかし、カレーが出てくるまでどのくらい時間がかかるのか想定できない。これまでの流れを考えると、すぐに出てくるとは考えにくい。でも、今更帰りたくはない。でも、帰ろうか……。
 
「お前はそれでいいのか?」と、カレー好きな自分が問いかけてきた。
「そうはいっても、お客さんとの商談に遅れるなんてありえないでしょ」と、ビジネスマンの自分がかえす。
 
「いやいや、事前の打ち合わせが伸びたとか言えばいい。ありえないことじゃない。それより、ここまできて帰るのか?」
「確かに、そう言だな……。お客さんには遅れると電話を入れればいいかな」
そして、自分の中の葛藤に決着がついた。
 
「すみません、申し訳ないんですが時間がなくなってしまったので、またよらせてもらいます」。そう言って。マスターと他の客たちからの、驚いたような哀れむような視線を受けながら、私は店を後にした。カウンターまで座ったのに……。やっぱり仕事を選ぶしかなかった。私にとって屈辱だった。これが私とカシミールとの勝手な因縁である。別に店が悪いわけではないのだ。次回は入念に計画を立てていくことを誓ったのだった。
 
それから私は、昔の『dancyu』も読みたくなり、引っ張り出してきて、パラパラしてみた。するとこんな発見もあった。それは2015年8月号「ライフカレー」 の記事だ。様々なカレー店の紹介を見ていたら、あるページで手が止まった。そこには『AMI 東京 駒澤大学』と書かれていた。購入した当時は全くスルーしていたというか、気づかなかった。でも、今回は、お店の住所が目に飛び込んで来た。東京都世田谷区弦巻2……。実は、世田谷区弦巻2まで、私の家の住所と同じだった。今の住所へ越して来たのが1年半前。この雑誌を購入した当時は、数ある選択肢の中の一店舗でしかなかったが、今はご近所さまだ。ということは、無印のTシャツ、ユニクロのステテコ、ビーサンで、歩いていける距離ということだ。実際調べたら徒歩3分の距離だった。これは挨拶しに行かなくては。ということで、土曜日のランチがてら出かけることにした。せっかくなので家族も誘ってみたが、妻と長女はお出かけだという。次女はカレーは行かないと、きっぱり断られてしまう。
 
というわけで、1人でのこのこと出かけていった。記事によると、店長の伊藤さんは、2015年にこの店をオープンした。もともとインドに関連のある仕事をしていて、現地のお母さんたちからおそわった家庭の味が基本になっているそうだ。店に着くと、お店は満員だった。伊藤さんが一人で切り盛りしている。お客さんの持ち物や服装から判断すると、どうやら近所の人間は私だけのようだ。駅から遠いにも関わらず、美味しいカレーを求めて食べに来ているに違いない。みなさんご苦労様です。まあ、私も似たりよったりですが。そして、インドカレーで腹を満たし帰ってきた私は、再び今月号を開き、新たな発見をする。
 
「そういう、切り口できますか」と、思わず声に出した。さすがはdancyu編集部。p100にバスマティライスの特集が入っていた。簡単にいうとインディカ米の一種で、長細くて、パラパラとしている。そして特有の香りが私にはたまらない。これはカレーのために生まれたきたようなお米で、もはや神の采配を感じるレベルで相性がいい。
 
「いやー、あんた絶対カレー好きでしょう? バスマティライスやった?」と、いつか神にあった時に、つっこんで聞いてみようとすら思っている。このお米はインドでも高級で、特別なときにしか食べないようだ。日本でいうと、ひと昔前の魚沼産コシヒカリのようなポジションにいる。以前、神戸の三宮にあるショナ・ルパに夕食で訪れた時、メニューを見て驚いたことがある。そこには、バスマティライス800円とあった。ええーー! もはや、カレーの値段だった。でも、正直に言おう。あえてこの店のバスマティライスで、カレーを食べるだけの価値はあった。
 
そして、そこからのp104ビリヤニ特集は、まんまとdancyu編集部さんの思うとぼだ。ビリヤニとはインディカ米を使ったインド風パラパラ混ぜご飯とでも言おうか。西インド式、南インド式、ビリヤニの聖地と呼ばれるハイデラバード式が味わえる店が紹介されている。くーー、バスマティライスからのビリヤニとは。にくすぎる編集。もう明日はビリヤニだ畜生。そして、来週は、一週間カレーとビリヤニだ畜生。今月の『dancyu』は、他にも垂涎ものの特集で、やばいことになっている。もしあなたがカレー好きなら、絶対に今月号の『dancyu』は買ってはいけない。
 
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