ある夢の中の失敗《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:増田 明(プロフェッショナル・ゼミ)
※この話はフィクションです。
私が大学生だった時のことだ。
その頃の私にはある変わった特技があった。どんな特技かというと、夢を見ている最中に、これは夢だ、と気づくことができるのだ。
そして一度夢だと気が付くと、夢の中で空を飛んだり、屋根から屋根に飛び移ったり、自由に動けるようになる。さらに夢の中に出てくる物や登場人物を、ある程度コントロールし動かすこともできた。
これができるようになってからは、夢の中で遊ぶのが楽しみになった。毎日、今日も夢を見れたらいいな、と思いながら布団に入っていた。
夢の舞台はだいたい、自分の普段住んでいる街や、通っている学校、よく出かける場所などだった。それらは現実とほとんど同じだが、少し違っているところもあった。例えば、自宅の近所に、TVで見たヨーロッパ風の教会が建っていたこともあった。いろいろな現実の場所がごちゃ混ぜになっていたこともあった。
ある日、いつものように夢の中で遊んでいると、フタがポッカリと開いたマンホールを見つけた。マンホールの穴をのぞき込んでみると、とても深くてまったく底が見えない。
ここに入ってみたらどうなるんだろう? と思い興味本位でそのマンホールの穴に飛び込んでみた。
穴の中には広大な空間が広がっていた。黒いモヤモヤとした霧のようなものが充満している。とても静かでシーンとしていたと思うと、時折どこからかザワザワと人の話し声が聞こえたり、子供の泣き声が聞こえたりする。暗闇のなかをチラチラと焚火のような灯りが見える。遠くで獣の吠える声と人の叫び声が聞こえた。静かなようでざわついていて、混沌とした空間だった。
その空間をずっと歩いていく。いったいどこまで続いているのだろうか。まったく果てがないように思える。しばらく歩いていくと、100メートルほど先に、太陽の光が差し込んでいる場所が見えた。そこに向かって進んでいくと、徐々に黒い霧が晴れてきた。光の場所にたどり着くと、頭上にポッカリと穴が開いていて、太陽が見える。
ジャンプしてその穴に飛びつき、よじ登って外に顔を出すと、高層ビルの立ち並ぶ大きな街のマンホールに出た。見覚えのある風景。ここはたぶん新宿だ。
あの暗く広大な地下空間はなんだろう。夢の中で場所を移動するためのものだろうか。しばらく街を歩いてみる。確かに新宿なのだが、夢の中だからかところどころ微妙に違っているようにも見える。大きな通りからはずれ、ある路地裏に入ると、レトロな雰囲気の古い喫茶店を見つけた。
地下に続く薄暗い階段を降りて、入口のドアを開ける。狭く薄暗い店内。オレンジ色の照明に照らされ幻想的な雰囲気だ。他に客はおらず空いている。年季の入ったレトロな内装だ。アンティーク調の椅子に座って待っていると、女性店員が注文を取りに来た。メニューを見ながらブレンドコーヒーを注文する。なにげなく顔を上げ店員を見た瞬間、ハッとした。
同い年くらいの若い女性。切れ長な大きな目。ちょっとテンション低そうな物憂げな雰囲気。
見覚えのある顔だった。高校時代の同級生、吉田美恵に違いなかった。彼女も一瞬、あれ? という表情を見せたが、すぐに何事もなかったように戻っていった。
間違いない、彼女だ。不思議だった。彼女がなぜ今ごろ夢に出てくるのか。
普段は夢の登場人物は、その時日常的によく接する人がほとんどだった。直前に会って話をしたり、話題に上った人が夢に出てきた。しかし彼女とは高校卒業以来何年も会っていない。最近は思い出すこともあまりなかった。その彼女がなぜ夢に出てくるのか。
確かに彼女は私にとって特別な人だった。高校時代、私は彼女に片思いをしていた。そして彼女に告白し、ふられた苦い経験があった。
あなたは友人としてしか見れない、異性としては見れない。そんな理由だったと思う。
その後の高校生活は、彼女との友人関係は続き、普通に会話することはできた。しかし内心はショックを引きずっていた。高校を卒業し数年が経ち、だいぶ忘れることができていたのに、なんで今更……。
注文したコーヒーをもって彼女が席にやってきた。コーヒーをテーブルに置くと、彼女は少し躊躇しながら言った。
「川口君、だよね?」
「うん、吉田さん、だよね?」
「やっぱり、そうだと思った! すごく久しぶり! 高校卒業以来だよね?」
少し話すと、彼女も今は大学生で、この喫茶店でアルバイトをしているらしい。
偶然の再会に驚いたように振る舞いながらも、まあこれは夢なんだけどな、と思っていた。彼女のことを忘れているつもりでも、実は心の奥深くには残っていて、本当は会いたかったんだ。だから夢に出てきたんだな、と一人納得していた。
しばらくして喫茶店を出た。夢の中の新宿の街を歩き、出てきたマンホールをまた見つけてそこに潜った。黒い霧に包まれた空間を通り、夢の中で自宅の近所に戻る。そのうち夢はだんだんと薄れていき、気が付くと目が覚め朝になっていた。
週末、私は新宿に出かけて行った。バカげているとは思っていた。あの喫茶店は私の夢の中だけにあって、実際には多分ない。彼女に会うこともない。そう思いながらも、もしかしてあの喫茶店が現実にあるんじゃないか、彼女に現実で会えるんじゃないか、その思いを捨てきれずに、新宿の街を探し回った。しばらく探していると見覚えのある路地を見つけた。路地を進んでいくと、あった! 夢に出てきた喫茶店があったのだ。ドキドキしながら地下に続く薄暗い階段を降り、ドアを開け店に入る。席に着くと注文を取りに店員がやってくる。
彼女だった。彼女は夢の中と同じように、一瞬、あれ? という表情を見せた。しばらくして注文したコーヒーを席まで持ってきて、こう言った。
「川口君、だよね?」
「うん、吉田さん、だよね?」
「え~!! こんなことってあるの? 偶然とは思えない!」
彼女のバイトが終わった後、その店で彼女と少し話をした。彼女は数日前、喫茶店に私が来る夢を見たらしい。
「いったいなんなんだろ? 運命的な感じがする(笑)。ねぇ、連絡先交換しようよ!」
連絡先を交換し彼女と別れたあと、この不思議な出来事について、私は頭をフル回転させて考えていた。
この前夢で彼女に会った喫茶店が実際に存在した。そして彼女はその喫茶店で実際に働いていた。そして彼女も数日前、夢の中で喫茶店に来た私に会っているという。タイミング的に、私が彼女に会う夢を見た日と、彼女が私に会う夢を見た日はおそらく同じ日だ。これはいったいどういうことだろうか。
ちょっと信じがたいことだが、おそらく私は彼女の夢の中に入り込んだのかもしれない。あのマンホールとその先にある黒い霧に包まれた空間、おそらくあれは人の夢と私の夢をつなぐ空間だったのかもしれない。
大学で心理学を勉強していた私は、有名な心理学者カール・グスタフ・ユングの本に書いてあったことを思い出していた。ユングによると、人の心の奥深く、深層心理の領域には全人類に共通した「集合的無意識」というものがあるらしい。その「集合的無意識」で人の心は深いところで繋がっているのだとか。もしかして自分が通ったあの黒い霧に包まれた空間は、ユングの言う集合的無意識の世界なのかもしれない。そこを通じて彼女の夢に入り込んでしまったのかもしれない。
おそらく私は心の奥底で彼女に会いたがっていたのだ。彼女も理由はわからないが、同じタイミングで私のことを思い出したり考えたりしていたのだ。それによってお互いの夢が無意識的に近づき、繋がりやすくなっていた。さらに「夢の中で自由に動くことができる能力」を私が持っていたために、私は自分の夢を抜け出し彼女の夢に入り込み、夢の中で再会する、ということが起きたのかもしれない。
思わぬ奇跡的な再会に私は喜んでいた。
久しぶりに会った彼女は相変わらず綺麗だった。いや、高校時代よりもさらに綺麗になっていた。大きく綺麗な目に少し寂しげな雰囲気。けど笑うととても楽しそうな笑顔になって、そのギャップが魅力的だった。高校時代の私は彼女のその笑顔が見たくて、いつも面白いことを言って彼女を笑わせようと頑張っていたのだった。
彼女とはそれからたまに連絡を取るようになった。実際に何回か会うこともできた。
私からだけでなく彼女の方から連絡してくれることもあった。昔は自分から一方的にアプローチしているだけで、彼女の方は私に興味なさそうだったのに。
私は浮かれながら考えた。もしかして夢で会ったことが彼女の心に変化を与えているのかもしれない。心理学者のフロイトの説では、夢にはその人の無意識的な深層心理が出てくるらしい。人の心や行動は、意識的な部分よりも、無意識的な部分に影響を受けやすいらしい。彼女の夢に入り彼女に会ったことによって、彼女の深層心理に私の存在が刻み込まれ、彼女の中で私の存在が大きくなっているのかもしれない。
連絡を取り合っているうちに、実は彼女には今恋人がいる、ということがわかった。しかしどうやら最近あまり仲が良くないらしい。そのことを相談されることもあった。
私の頭によこしまな考えが浮かんでいた。これはもしかして自分にもチャンスがあるのではないか? うまくいけば彼女は恋人と別れ、自分が彼女と付き合えるんじゃないか? なんかたまに聞くよね、彼氏のことを相談していた人と別れた後付き合うパターン。
しかし期待に反してなかなか彼女は恋人と別れなかった。恋人の愚痴を言うことはあるのだが別れない。う~んこれは、自分はただの都合のよい存在になっているだけなのかもしれない。いろいろ相談はされつつも結局は元の鞘に収まってしまう。そういう悲しいパターンなのでは……。
彼女はお茶に誘うぐらいだと二人で会ってくれるのだが、それ以上はダメだった。夜ご飯に誘ったこともあるのだが、はぐらかされて断られてしまう。まだ付き合っている相手がいるからだろうか。その辺りに彼女の中で境界線があるようだった。
彼女と再会してから二か月ほどが経ったが、それ以上彼女との仲は進展しなかった。う~ん、どうしたものか……。
悩んだ末に私はある危険なアイデアを思い付いた。
再び彼女の夢に入り込み、彼女の深層心理にアクセスすることで、恋人から自分に彼女の気持ちを向かせることができるかもしれない。夢の中で彼女に対して恋人との別れを促し、私に気持ちが向くように仕向ける。そうすれば深層心理のレベルで彼女の気持ちが変わる。人間の心や行動は深層心理によって動かされている。必ず彼女の気持ちが私に向くはずだ。
これは実に卑怯な手段かもしれなかった。まるで洗脳して人の心を操作するようなものだ。しかしその時の私は、どうしても彼女の気持ちを自分に振り向かせたかった。どうしても彼女と恋人同士になりたかった。
そもそも本当にそんなことができるのかはわからない。彼女の夢に入りたいときに自由に入れるわけではない。おそらく彼女の夢に私が出てくるような、彼女の心に強めに私の印象が残っている状態でないと、彼女の夢に入り込むことはできないだろう。まずは現実世界で彼女に会うことだ。
さっそく私は彼女に連絡を取りお茶に誘った。地元のカフェでお茶をする。できるだけ印象に残ることを話し、なるべく彼女の心に自分の存在が残るようにするのだ。私は頑張っていろいろなことを話した。
その日の夜、家に帰って眠りについた私は夢を見始めた。すぐにそれが夢だと認識できた。夢の舞台は自宅の近所だ。すぐにフタの開いたマンホールを探す。しばらく探すとマンホールを見つけた。あった! あれだ!
ポッカリと地面に開いた黒いマンホールの穴。すぐに穴に飛び込む。黒い霧に包まれたどこまでも続く空間。彼女の夢につながる出口はどこだ?
人間の心の奥深く、深層心理の世界。ありとあらゆるものが渦巻く混沌とした空間。人々の普段は表に出すことのない感情、記憶、思惑が渦巻いている。いろいろな人の気配が混ざり合い空間全体に充満している。静かに集中して彼女の気配を探っていく。しばらく探していると、太陽の光が差し込んでいる場所を見つけた。あれだ! 進んでいくと、徐々に黒い霧が晴れてきた。頭上にポッカリと開いた出口。よじ登って外に顔を出すと、高層ビルの立ち並ぶ新宿の街。来た! 彼女の夢の中だ!
彼女の働く喫茶店に向かう。薄暗い階段を降り喫茶店のドアを開けて席に着く。予想通り彼女が働いている。よし! 再び夢の中で会うことができたぞ。さて、どうするか。どうやって彼女の気持ちを自分に向けさせるか。
ふと横を見て、私は驚いた。写真で見たことがある彼女の恋人が、一つ隣の席に座っているのだ。おそらく彼女は今日恋人のことを考えていたのだろう。それで恋人が夢に現れているのだろう。夢の中とはいえ、ライバルが横にいるのは気まずい。いや、まてよ……。
そこで私の頭にある考えが閃いた。夢を夢だと自覚した時の私は、ある程度夢の中の登場人物をコントロールすることができる。夢の中の彼女の恋人を操作できるのではないか。直接夢の中の彼女を操作することはできない。夢の中の彼女は、現実の彼女の心そのものだからだ。しかしあの恋人は現実の存在ではない。だったらある程度は操作することができるのではないか。
「あれ! また来たんだ、昨日ぶりだね!」
彼女が声をかけてきた。やはり彼女はこれが夢であることに気が付いていない。
私は彼女の恋人を操作し、彼女に話しかけさせてみる。うまくいくかどうか……。
「美恵、ちょっと後で話があるんだ」
「ちょっと待ってね。あと少しで上がるから」
よしうまくいった。操作できるようだ。しばらくして仕事が終わった彼女が恋人の前の席に座る。
「話ってなに?」
「実は……他に好きな人ができたんだ。別れてほしい」
驚く彼女。
「え……そんな急に……」
「ごめん! もう決めたんだ」
そういうと彼女の恋人は席を立って店を出ていく。
「ちょ、ちょっと!」
ドアが閉まる。呆然とする彼女。
しばらくして近くの席に力なく腰をおろす。
「いや……最近ちょっと喧嘩したりはあったけど、こんな一方的に振られるなんて……」
と下を向きながら独り言のように呟いている。
全て私の操作どおりに彼女の恋人は動いた。これでおそらく彼女の気持ちは深層心理レベルで恋人から離れるはずだ。ここで上手いこと彼女の気持ちをこちらに向けられれば……。私は彼女に話しかける。
「ショックだよね。けど……」
そう言いかけた時だった。世界が突然グラグラッと揺れた。
ん!? なんだこれ! 夢の中で地震がおきた?
地震発生のスマホのアラームが、店中に鳴り響いている。
スマホを見ると「千葉県沖を震源とした地震が発生」と表示されている。
同時に、周りの世界が歪み始めた。壁や天井が、溶けかけたアメ細工のようにグニャグニャに歪んでいる。
これはもしかして、夢の中ではなく、現実で地震が起きているのか! そしてその揺れのせいで彼女が目を覚ましかけている? だからこの夢の世界が壊れそうになっているのか?
慌てて席を立ち、出口のドアに手をかけ押してみる。しかし歪んでしまったためか開かない。これはなんかまずそうだぞ……。
ここは彼女の夢の中だ。彼女の夢の中に私の心が入り込んでいる状態だ。前回はちゃんとマンホールを通って自分の夢に戻ってから目が覚めた。しかし自分の夢に戻らないうちに、彼女の夢が覚めてしまったらいったいどうなる? 彼女の夢に入り込んだ私の心は、私の体に戻れるのだろうか? もしかすると自分の体に戻ることができなくなるんじゃないか?
ふと足元をみてハッとする。自分の足がアメ細工のようにグニャグニャになって、地面と混ざりそうになっている。これはまずい! このままだと彼女の夢の世界の崩壊に巻き込まれ、私も消えてしまいそうだ。必死になって彼女の肩をつかみ言った。
「吉田さん! 夢から覚めちゃだめ! 夢から覚めないで!」
「は!? 何言ってるの? 夢ってなんのこと?」
「これは吉田さんが見ている夢なんだ! 今覚めてしまうと帰れなくなる!」
「何言ってんだかわからない! それよりすごい地震だよ!」
だめだ通じるわけない! 急いでも戻らないと!
ドアに体当たりする。何とかドアが開いた。彼女の方を見ると、ハッと何かに気が付いたような、驚いた表情でこちらを見ている。
慌ててドアを飛び出し、溶けた新宿の街を走る。あのマンホールから早く自分の夢に戻らないと! 街はグニャグニャに溶けながら激しく揺れている。もうほとんど新宿の街の原型をとどめていない。高層ビルの残骸のような、ドロドロとした塔のようなものがところどころに建っている。
あった! マンホールだ。穴に飛び込んだ瞬間、世界が大きく溶け落ち、全てが混ざり合って、深い暗闇に包まれた。私は意識を失った。
とてつもなく長い時間が過ぎた気がした。数十年、数百年が過ぎてしまったようだった。
ふと気がづくと私は自宅の布団で一人寝ていた。西日が部屋に差し込んでいる。もう夕方のようだ……。
頭がガンガンする。体がとても重い。喉がカラカラだ。今何曜日だろう。スマホを見ると木曜日の午後5時だった。記憶が残っているのは日曜日の夜。日曜日の夜から三日以上寝ていたようだ。しばらくボーっと布団の上で座っていると、だんだんと頭がハッキリしてきた。
いろいろとまずいな……何日も大学の授業をさぼってしまった。レポートの提出も逃してしまった。試験もすっぽかしてしまった。そしてなによりも彼女の夢。
確か私は彼女の夢に入った。そしておそらく現実で地震が起きた。そのため自分の夢に戻る前に、彼女の夢が覚めてしまった。
地震情報をネットで検索してみる。日曜日の深夜3時、千葉県沖を震源とした地震が起きている。東京の震度は3だった。震度3の地震がおきれば、おそらく寝ていても目が覚めるだろう。マンホールに飛び込んだところで記憶が途切れている。おそらく私の心というか魂のようなものは、それから3日間、集合的無意識の中をさまよっていたんだろう。そして今日ようやく自分の体に戻ってくることができたのだろう。
危なかった。もう少し遅かったら私の心は自分の体に戻ってくることができず、永遠にあの暗闇をさまよっていたかもしれない。とにかく体がだるく、頭がいたい。
スマホに友人からのメッセージ通知が何件もあった。
「今日学校こないの?」
「お~い、何やってんだ?」
「どうした? テスト来なかったけどだいじょぶか?」
意識を失っていた3日間に送られたメッセージが、たくさんたまっている。
その中に紛れて、彼女からのメッセージがあった。長いメッセージだった。
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すごくバカげた考えかもしれない。そんなことあるはずない。何度もそう思った。けど直感的にたぶん私の考えは間違ってないと思う。なんとなくおかしいと思ってた。夢で数年ぶりにあったすぐ後に、お店に川口君が来た時から。何か変な感じがしていた。偶然にしては出来過ぎだなって。
この前、それが何なのかようやくわかった。日曜日の夜、あの気分の悪い夢から地震で起こされた時。夢の中で川口君がとても奇妙なことを口走っていたから。
これは夢なんだ! 今覚めてしまうと帰れなくなる! って。
そんなことあるわけないと言うかもしれないけど、この確信は間違ってないと思うから言っておきます。
もう私の夢をのぞくのはやめて。もう私の夢で遊ぶのもやめて。さようなら。もう連絡しないから。
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夢の中で、最後に私が喫茶店から出ていく時の、彼女の何かに気が付いたような驚きの表情。彼女はあの時、全てを理解したんだ。私の卑怯な行いに気が付いたんだ。
すぐに謝罪のメッセージを送ろうとしたが、すでにブロックされているようで、メッセージは彼女に届かなかった。
彼女の気持ちを自分に向かせたいばっかりに、なんてバカなことをしてしまったんだろう。激しい後悔の念が沸き上がっていた。私は後悔のあまりしばらく布団から動くことができなかった。
その日以降、彼女と会うことはなかった。それからも私は、夢の中でこれは夢だ、と気づくことが何度もあった。夢の中で彼女に会ったこともあった。私は夢の中で彼女に謝った。しかしそれは私の心が作った幻の彼女であって、本物の彼女ではなかった。
夢の中で、あのフタがポッカリと開いたマンホールを見つけることは、もう二度となかった。
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