プロフェッショナル・ゼミ

子どもたちに私が名刺をわたす理由 《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
「名刺、お渡ししても良いですか?」
 
そう言ってその子の顔を見る。恥ずかしそうにうなずく子もいれば、何も反応しない子もいる。でもその子の目の奥をのぞき込むと小さなYESが見える。
 
「これ、私の名刺です。もし何かあったらいつでも電話してね。この電話は私しか出ないから」
 
受け取った名刺を珍しそうに表裏見る子もいれば、そそくさとポケットにしまう子もいる。
 
小学校3年生の時。私は海辺の小さい町の小学校から、名古屋の大きな小学校へ転校した。海辺の小さい町は1学年2クラス。ほとんど全員が、町にひとつしかない幼稚園からの持ち上がりだ。私は父の会社の社宅のアパートに住んでいた。アパートから学校までは田んぼの畦を通って、山の切り通しを抜けて歩いて行く。家の近くのグラウンドのフェンスに登ると、夕方には落ちてゆく夕日がキラキラ映る海が家並みの向こうに見える場所だった。
 
親の仕事の関係で、転校した学校は名古屋の市内小学校。いわゆる都会の小学校だ。1学年8クラスマンモス校で学校の校舎の大きさも校庭の広さも海辺の小さな小学校とは何もかもが違っていた。
3年生への進学と同時に転校生として入った私だった。初めは物珍しそうに見られていたが、そのうちに私へのいじめがはじまった。
 
いじめというのは小さくはじまる。
私へのいじめの最初のきっかけははっきりと覚えていない。確か静岡の方言の語尾を見とがめてからかわれたことだったろうか。言葉が変だよね、とか語尾がおかしいよ、とか。はじめはいじめる側も軽い気持ちなのだろう。一人を笑う対象にしていじる。からかわれる側もつられて笑う。でもからかわれる側はどこかで知っている。自分の笑いが作り笑いだということを。
 
ある日の朝。学校について下駄箱をみると上靴がなかった。靴下のままで廊下を歩いて職員室まで行った。先生に「上靴がないんです」と相談した。先生が言ったのは「誰かが間違えてはいていったんじゃないのか」を繰り返すだけだった。仕方がないか授業が始まるまで上靴を探した。クラスにはもう何人もクラスの子が来ていた。こんなところにはまさかないだろうということから上靴は出てきた。クラスの後ろの掃除道具入れだ。
それから何度も上靴はなくなった。その度に靴下のまま上靴を探した。私を後ろからクラスメートがヒソヒソいいながら見ている。それを背中で感じていた。ヒソヒソ話というのはかなりの確率で相手に聞こえている。話の内容というより、その話がされる空気感。その空気感を感じないふりをする。上靴がないことよりも、そんなクラスメートの空気感の中にいることが苦痛だった。
ある日の朝は、学校にいくと机にマジックで「〇〇のバカ」と落書きをされていた。そしてある日の班決めではどの班も私を班のメンバーにしようとしなかった。
 
子どもの暮らしている世界は広くない。小学校3年生の私にとっての世界は親と姉妹の家庭と学校のクラスがそのほとんどだった。その世界の大半をしめる学校が自分にとって苦しい場所になった時にどこに逃げればいいのだろう。
学校を休めばよかった、と今は思う。学校から逃げればよかったと、今は思う。
 
私は親に相談ができなかった。そして先生にも相談できなかった。親には心配をかけまいとしたし、先生に対しては相談しても無理だと諦めていた。先生はクラスにいじめがあることはわかっていたはずだ。それはそうだろう。上靴を毎日のように隠されて、机の上にマジックで悪口を書かれている生徒が自分のクラスにいるのだから。それでも担任の先生はいじめについて何かをしてくれようとしたことはなかった。
 
ある日職員室にプリント係でプリントを受け取りに言った。クラスに戻ろうとする私に向かって、ふいに先生が言った。
 
「いじめられる側にもなにか問題があるんじゃないのか」
 
ああ。やっぱり先生はわかっていたんだと思った。そしてこの人には相談しても無駄だと思った。
人は置かれた感覚に慣れていく。誰にも相談できない苦しさに私は少しずつ慣れていった。でも慣れたのではなく、それは感覚を麻痺させていっていただけだった。
 
3年生から4年生にはそのままのクラスで持ち上がった。クラスメートも同じ、担任の先生も同じ。今振り返ると、この2年間は私にとって思い出したくない2年間だった。5年生に上がる時にようやくクラス替えがあった。クラスメートがまったく変わった。マンモス校であることが幸いした。ほとんどのクラスメートが変われば雰囲気が変わる。クラスメートが変わればそこにある人の順列も変わる。私へのいじめはそこでぷつりとなくなった。
 
大学を出たあとに私はあるワークショップの手伝いをするようになった。親子関係や過去のトラウマを扱うワークショップだ。そのワークショップではサイコドラマという手法を使っていた。サイコドラマの手法でその人が抱えている過去にアプローチするというものだった。
 
サイコドラマは、演劇の手法を使う。サイコドラマでは、その人がかつて抱えていた問題について、実際にあった場面を思い出すことから始まる。そして観客の中から許可をもらって、何人かがその場面の役になる。そして、即興でその場を演じる。時に役を入れ替わったり、自分も他の役になったりする。それ以外の人は観客だ。もちろん、場で出た話は本人以外は絶対に他で他言しないという約束をして安全な場をつくる。
 
ある日のワークショップのテーマがいじめ、だった。
 
「誰か自分のことをやってみたい人」の声かけで私は手を上げた。
手を上げたかったわけではない。正直に言えば手を上げるのが怖かった。でも思い切って手を上げた。私の中で、あの小学校の出来事が自分の上に重しの様に蓋をしていることを感じていた。そしてその日は私のサイコドラマを扱うことになった。
演じる場面はあの小学校の教室の場面。上靴を隠される私。そしてその上靴を探す私。何人かがクラスメートの役になった。
 
サイコドラマは不思議だ。始まるとその時のその瞬間の身体に自分がもどってしまう。今はもう大学卒業して、20代で大人なのに。でも、演じ始めると、私の身体に一瞬にして、あの小学生の10歳の頃の、あの教室の、あの空間の、そしてあの身体が縛られたような感覚が戻ってきた。
 
サイコドラマでは、役になった人は最初の設定から先は自分の体の感覚でどう演じてもいい。実際の場面と違っても、自分の感覚で即興にセリフを言っていいことになっている。あとから振り返ると、その場にいる人全体の無意識がつながって不思議なことがいくつも起こる。
 
クラスメート役の人達がヒソヒソいう中で私は上靴を探す演技をはじめた。身体に感じるのは悔しさとやるせなさと、もう自分ではどうしようもできない無力感。このまま世界が終わってしまえばいいのに。そして気がつく。私はこの感覚を忘れたわけではなく、身体のどこかにずっと抱えてきたということを。
 
突然、役の中のひとりがヒソヒソ話をやめて、私の背中にはっきりと言葉を投げつけた。場が動いた瞬間だった。
 
「いじめられるのもさ、いじめられる側に理由があるんだって」
 
それを聞いて身体中の血が逆流した。その人を振り返った。後からわかったことだが、この人は逆に小学校時代に自分はいじめる側だったという。
重ねてその人はこう言った。
 
「見てるといじめたくなるんだよね」
 
私ははっきりと強い怒りを感じた。演技の中なのに、気がつくと私はその人につかみかかっていた。そして叫んだ
 
「いじめられる側に問題なんてないんだ!」
 
スタッフがあわてて私とその人の間に割ってはいった。私は羽交い締めにされながらも暴れた。怪我をするといけないということで、幾つかのマットが運ばれてきた。サイコドラマの一つとしてこの囲まれたマットの中で思い切り暴れていいと。
その中で私は暴れた。怒りをすべてぶつけるように自分を囲んだ四方のマットに体当たりをした。どのくらいの時間経ったろうか。身体がクタクタになるまで暴れた時、ふいに自分の中で何かが解かれた音がした。私は崩れ落ちるようにマットの真ん中でうずくまって泣いた。涙がいつまでも止まらなかった。
 
そう、いじめられる側に問題なんてない。
あの日言われた言葉が私の身体を縛っていた。あの日、私は怒りを感じないようにしていた。それを表現しきった時に、なにか憑き物が落ちた。その日の夜はコンコンと深く眠りに落ちた。
 
子どもがふたり生まれてから、司法書士になった。ときおり、小学校や中学校から頼まれて授業をしに行く。法教育としての授業や、司法書士の仕事を説明する職業講話。そんな時、私はクラスの人数分の名刺を用意して出かける。
 
小学校の敷地に入ると、独特の感覚になる。もう、あのいじめの恐怖は私の中で薄らいでいる。でも私の目がなにかを探そうとする。恐怖を探すのでなく別のものを探している。階段の片隅、校舎の裏庭に何かを探すように目を走らせずにいられない。
 
クラスで授業をするために教壇に立つ。話を始める前に、深呼吸してクラスの子どもたちの顔をひとりひとりみる。目を合わせる子、下を向いている子、校庭を眺めている子。
そして気がつく。私はあの時の私を探しているのだ。かつて誰にも助けを求められなかった私。かつてこの世界が終わってしまえばいいと思っていた私。その私が時空を越えてこの教室のどこかに居ないかと探しているのだ。
 
授業が終わると、どんな授業でも最後に必ずこう言う。
 
「どんなことでもいいです。もし、このクラスの中で困っていることがある子がいたら、いつでも私に連絡して下さい。いじめでも、親のことでも、勉強のことでもなんでもいいです。例えば親がお金困っているとかそういうことでもいいです。私が必ず、どこかにつなぎます」
 
授業中、こちらに目をあわせなかった子が急にこちらに目を向ける。
 
「なので、今日は私の名刺をみんなに渡します。私の事務所は事務員さんが雇えなくて、電話は私しかでないからね。」
子どもたちから少し笑いがおこる。
 
そして名刺をひとりひとりに配る。
小学生は、よろこんで私の前に並んで名刺を貰いに来る
「お~、おれ初めて名刺もらった~」と盛り上がっている子。黙ってランドセルに仕舞いに行く子。
「名刺なんか配っても、子どもたちどこかに捨ててしまうかもしれませんよ」と先生からは何度か止めらた。でもどこかに捨ててしまってもかまわない。
 
中学生だと、名刺をもらいに来ない子も多い。ある日行った中学校2年生のクラス。一番うしろの窓際に座る背の高い男の子がいた。私が授業をする間ずっと校庭を眺めていた。でも名刺を配る列にその彼が並んでいた。私より身長が高かった。名刺を渡した時にすこし見上げた私と目があった。なにも言わず名刺をもらっていってくれた。
 
名刺を渡して電話がかかってきたことはない。名刺を配ることは無駄なことかもしれない。でも私は名刺を配る。その向こうにかつての私がいるかもしれないから。
 
9月1日は子どもの自殺が1年のうちで1番多い日だという。それを防止するために幾つもの取り組みがされている。たとえば図書館が「学校に来たくなかったら図書館にくればいいです」というキャンペーンをしたりする。
自殺まで考える境遇の子の苦しみは私には想像しかできない。でもかつていじめを体験したものとして少しだけは想像できる。だから伝えたい。もしあなたがいじめにあっているのだとしたら、いじめられる側に問題はない、ということを。
 
いじめというのは限られている世界だからこそ起こると言われている。例えば生物を囲まれた状況におくといじめが起こるという。ニワトリもサルもそうだという。そう考えると、狭い状況に置かれた生き物である人間の中にいじめが起きるのは仕方がないことなのかもしれない。
でもいじめが起きる理由なんてどうでもいい。今あなたがいじめられているとしたら、そこから逃げよう。助けを求めよう。助けを求めることも逃げることもできなかった私がいうのはおかしいけれど。
 
だから私は教室の片隅に探す。かつての私がそこに居ないかと。それが今の私にできる数少ないことのひとつだから。
そして、子どもたちの近くにいって、屈んで目線をあわせてから、こう言う。
「これ、私の名刺です。いつでも電話してね。どんなことでもいいから」
 
 
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