メディアグランプリ

女装家・佐藤さんはキャンディーボックス


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記事:斎藤多紀(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
 当時私の勤めていたエステサロンに、一人の男性客が現れた。カッチリとしたスーツを着た、中年のサラリーマン風のその男性は、大きなボストンバッグを持っていた。閉店まであとわずかな時間しかなかったため、お断りしようかと思ったのだが、事情を聞いてお受けすることにした。その男性はこう言ったのだ。
「実は今夜女装パーティがあって、その前にエステでお肌を磨いてメイクもしていただきたいんです」
 「女装」と聞いて驚いた。そんなお客様はそれまで来たことがなかったからだ。大きなボストンバッグには今夜着るドレスやかつら、ハイヒールが入っているとのことだった。その夜の女装パーティでは、ちょっとしたコンテストがあって、1位から3位に入った男性には賞金が出るので、どうしてもキレイになって行きたいのだとすがるような目で言われた。その男性は、いかつい顔をしていて、ごっつい体つき。メイクをして女装をしたところで、正直キレイになるとは思えなかった。しかし、だからこそエステティシャンの腕の見せどころとも言えるし、男性がどんな風に変身するのか見てみたいという好奇心もあり、
「よろしいですよ」
と言ってしまったのだ。
 オイルで顔のトリートメントを入念にして、毛孔の汚れを取り除き、美白効果のあるパックで仕上げをした。そうしたら、男性の顔はみるみる艶めいてきて、これならメイクが映えるかもしれないと思った。しかし、メイクは苦心した。ひげの剃りあとがわからないように、下地を厚く塗り重ね、シミなどをコンシーラーで隠した。ファンデーションも、かなり厚く塗り、どうにかひげも毛穴も近くでよく見ないとわからない程度になった。丁寧に眉カットをして、目がパッチリするようにマスカラをかなり塗り重ね、ふっくらとしたくちびるになるよう、口紅の上にグロスをたっぷりつけて完成。男性は、メイクの出来栄えをとても気に入ってくれて、嬉々として着替えをしに行った。しばらくして登場した男性は、ふんわりしたミニ丈のピンクのワンピースを着て、ツインテールのかつらをかぶっていた。
「今日のテーマは、キャンディキャンディにしたんです。僕の持ってる服の中でもかなりの自信作。メイクとっても気に入りました! またお願いしますね!」
と言って、そそくさと女装パーティへと出かけて行った。これが私と佐藤さんとの出会いだった。
 
 コンテストは残念ながら入賞できなかったそうだが、その後佐藤さんは月に一度くらいのペースでサロンを訪れるようになり、顔のエステをしてメイクをして、着替えをしパーティに繰り出すのが常になった。佐藤さんは、メイク用品、アクセサリー、スキンケア方法などには興味津々だったので、エステをしている間中、あそこのブランドの新作コスメがかわいいとか、ストッキングはあのメーカーがオススメといったような話で盛り上がった。佐藤さんと過ごす時間は、まるでキャンディーボックスをひっくり返したような、乙女心をくすぐられる甘い時間だった。
 
 佐藤さんによると、女装趣味の男性の中にも階級があって、初級は夜女装家専門のバーに出入りするだけだという。中級になると、新宿二丁目の街を堂々と歩き、男性をナンパするのだそうだ。上級者は、昼間に銀座や自由が丘などのオシャレな街で、一般人に混じり食事やショッピングを楽しむのだという。試験があるわけではないので、あくまでも自分の意識や勇気の問題なのだが、上級者になるには、本当の女性だと思われるくらいの美貌があるか、好奇の目にさらされてもかまわないと腹をくくれるほどのずうずうしさがあるかのどちらかだという。佐藤さんは、まだまだ初級者だと言っていった。
 
 ある日、私は佐藤さんに言った。
「佐藤さん、今度女装して銀座で一緒にランチしましょうよ! お手入れするようになってお肌もだいぶキレイになってきたし、思い切って上級者に挑戦してみませんか?」
「え~! そんなの笑い者になるだけかも……。でも、一緒に行ってくれるなら挑戦してみようかな」
 翌週の日曜、銀座で佐藤さんと待ち合わせをして、まず銀座の歩行者天国を一緒に歩いた。この日の佐藤さんのファッションは、モカベージュのワンピースに、ショートボブのかつら、黒のパンプスにバーキンのバッグを持っていた。銀座だから清楚なお嬢様風とのことだ。ちょっと心配していたのだが、佐藤さんをじろじろ見る人や、口汚い言葉を浴びせる人もいなくて、二人で銀ブラを楽しめた。
 オシャレなフレンチレストランでランチをした後、ブティックめぐりをして、ランジェリーショップにまで行った。どの店でも、店員はごく普通に愛想よく応対してくれた。これで佐藤さんも、女装家上級者だと思った矢先、小学校低学年くらいの男の子が近寄ってきて、
「こいつ、おかまだぞ~! 気持ちわり~」
と叫んだ。男の子と一緒にいる母親は何も言わない。私は思わず、
「うるせー、このくそガキ!」
と叫んでいた。このときの佐藤さんの悲しそうな顔は一生忘れられない。この日を最後に、佐藤さんはエステサロンにも来なくなってしまったし、連絡がとれなくなってしまった。
佐藤さん、傷つけてしまってごめんね。

 
 
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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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