プロフェッショナル・ゼミ

コーヒーとお酒と恋の香り。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「急に、稲光が見えてさー。雨が降りそうだったから急いで来たのよ」
「最近は天気がよくわからないですよねー」
ときどき寄るカフェで、頼んだコーヒーが出てくるのを待っていた。レジカウンター越しに、スタッフの子と挨拶のような話をしていた。
他のお客さんが注文したものを作っているのか、彼女は私のコーヒーをセットした後、ちょっと奥まったところに入っていった。
コーヒーメーカーの、独特な機械音とともに、コーヒーのいい香りが流れてくる。そろそろコーヒーができるかなーというタイミングでカウンターの方へ出てきた。
 
「いま、気になる人がいるんですけど」
 
え?
彼女の言った言葉が、すぐには頭が消化してくれなかった。たぶん、ポカーンとアホヅラをしていたんじゃないかと思う。
まだ、「今日のごはんは、ハンバーグが食べたいと思ってるんですよ」とか、「いま見ているドラマがすごく面白くて!」なんて言われればすぐに言葉が返せるのに「気になる人」って。
それって、つまり、恋バナなのかしら?
頭での言葉の消化が進んで、やっと彼女の言った言葉が理解できた。
え? え? なに、その突然の告白。
「え? 突然なにを……」
心の中でつぶやいたつもりだったけれど、心の声は外に漏れ出てしまった。
「その人は、普通の土日休みの仕事なんですけど、私は違うじゃないですか」
漏れ出た心の声は彼女には届かず、話は進んでいる。
「あ、ま、まぁ、そうだよね」
急に湧き出てきた恋バナに、確実にうろたえていた。
「それに、ちょっと離れたところにいるんで、なんか、このまま好きになってもいいのかなーって思ってて」
 
……。
ちょ、ちょっと待った!
展開が早い!
情報量が、少なすぎるよ!
 
今まで、恋バナなんてしたことないのに、なぜ突然?
私、あなたより15年ほど長く生きてるけど、そのわりに恋愛偏差値が低いよ。
そもそも、どこに住んでて、どれくらい遠くて?
いやいや、その前に、なにしてる人で、どういうとこまで進んでて……。
「え? それって、どこのどんな人なの?」
どんどん進んでいく彼女の話を、とりあえず止めた。
「その人、今は徳島に住んでるんですよ」
徳島かぁ。京都と、徳島……。
あーごめん、全然、距離感がわかんないや。
「きっかけは?」
そう、私もどうにか話に入らないといけないから、そのきっかけをください。
「最初、地元が一緒っていうので盛り上がって、話をしてるうちに趣味の話でも盛り上がって。その人と話してるとすごい楽しいんですよー」
私に出してくれるはずのコーヒーが、まだ彼女の近くにある。でも、それも忘れて話し続けている。自分でコーヒーのカップを手を伸ばす。突然出てきた恋バナに戸惑う気持ちを落ち着けるために、カップに口をつける。
やっと私も落ち着きを取り戻し、改めて彼女の顔を見た。
 
楽しいんですよー、と話している彼女は、本当に楽しそうだ。
恋、してるんだなって、思った。
 
 
コーヒーの香りと恋のはなし。
ふわっといい香りを感じていたら、そんな恋をしていたときがあったなと、何年か前の記憶がよみがえる。
 
「恋人は作らないの?」
カウンターで、いつものように2人で並んで飲んでいたときのこと。
「そりゃ、いい人がいれば、いつでも準備できてるよ」
隣を見ると、ぐっと惹きつけられる顔が落とされた照明に浮かぶ。
心の中で、「あなたなら、いつでもいいよ」と呟いてみる。
行きつけのお店で、3回に2回は一緒になる彼。会うと必ずと行っていいほど、隣でくだらない話をしながらグラスを合わせる。
「でもさー、まっちゃんは収入もあるし、ひとりでも生きていけそうだよね」
「それってさ、褒めてるの?」
あはは、と大きな口を開けて笑う。
笑った顔の仮面の中は、泣きそうだよ。
あーあ、やっぱり見込みないかなー。がっかりした気持ちを出さないように、ジンリッキーと一緒に飲み込んでしまう。
 
私の右手と、彼の左手の距離はたった10センチ。手を伸ばしてしまえば届くのに、なんでこんなに遠いんだろう。
すぐ隣にいるのに、こんなに近いのに、その、グラスへ伸ばす手は、私の手には伸びてこないのだろうか。
何度も思い、ぎゅっと拳を握り、ふわっと笑ってみる。
「ちょっと酔っちゃったかな」
「ウソばっかり」
本当に、ちょっと酔ってしまったのに、顔に出ないからなかなか酔ったと思われない。
 
でも、お酒に強いふたりだから、楽しく飲めた。
強いお酒だろうと、遠慮なく飲めた。
 
トイレから戻ると、カウンターに顔をつけて眠ってしまっていることもあった。
まただね、とお店のバーテンダーと目を合わせる。
この時間が、とてつもなく幸せな時間だった。
遠慮なく、寝顔をじっと見ていられた。きっとお店のスタッフに私の気持ちは知られていただろう。だから、そんなときは、そっとしておいてくれた。
 
お酒の力を借りて、どうにかなってしまおうと、何度も何度も想像はした。
手を握って、顔を近づけて、目を閉じて……。
想像はたくさんしたけれど、私が右手を伸ばせなかったのは、左手の薬指には光るものがあったから。
 
「転勤することになってさ」
「え? どこ?」
「京都」
「遠くなるね」
「そうだね。でも、戻ってきたら連絡するよ」
「わかった」
 
当時の私には、名古屋から京都は遠かった。
彼が遠くに行ってしまって、私も仕事が忙しくなって、よく行っていたお店からは足が遠のいた。何度も何度も想像したことは、現実になることは最後までなかった。
ふと、どうしてるかな、って思う。
 
 
「何度か、彼に会いに行ってるんですけど、それってどうなんですかね?」
「いいんじゃない。会いたいなら、会いに行っちゃえば」
「でも、それって、どんな理由つけて行けば……」
まぁ、確かに。
私も、そう思ってた。
わざわざ会いに行くんだから、何か理由を作らないと、会いに行っちゃいけないんだと思ってた。
だから、会いにいけなかった。
でも、今だから、わかる。
 
「いいんだよ。理由は、会いたい、ってだけで。あなたに会いたいから、会いに来ちゃいました、って」
さっきまで、ちょっと不安そうな顔だったのが、パン! と、何かが弾けたように笑顔になった。
「え? それでいいんですか?」
「いいのいいの。だって、そう言われたら嬉しいでしょ」
 
明日……、と彼女がまた話し出す。
「地元に戻ってくるらしくて、会えないかって連絡があったんです。でも、仕事あるから、会うのは無理かな? って言われて」
なんだ。
明日、会いに行こうか迷ってたのか。
「短い時間でも、それでも会いたいからって、行っちゃえばいいよ」
会えないかって連絡がくるくらいだったら、充分に脈アリだと思うよ。
 
あのとき、自分の背中は押すことができなかったけれど、今、彼女の背中は押すことができる。
 
「10分でも20分でも会いたいんだったら、会いに行きなよ。楽しんでおいで」
 
お店の外に出ると、雨もやんでいて、空があかね色に染まっていた。
夏の終わりを告げる爽やかな風が吹いていた。
 
私もそろそろ恋をしようかな。
 
***

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