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メディアグランプリ

食えない女とチョコレート


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
「これは、食えねえな」
美しい少女を目の前にして、私は手を出すことをためらっていた。
悪いことじゃないと分かっているのに、どうしても罪悪感が拭えなくて。
未だにそのパッケージを破れないでいる。
「明日にしよ」
散々悩んだあげく、明日に回すのは悪い癖。
誘うようにこちらを見やっていた少女も、とんだ誘い損だ。
それでも、私には手を出す勇気はなかった。
ああ、結局今日も、このチョコレートの味を知らないまま終わってしまう。
 
そもそも事の発端は、先日訪れた美術館の展示品にある。
その日は最終日前日ということもあり、めちゃくちゃ混んでいた。
順路に従い流されるまま歩いていたが、なんだか後ろの人に急かされているような気がして、ゆっくり見ることは出来なかった。
「もうちょい早めに来れば良かったね」
「ほんと、プレッシャーがヤバい」
1枚1枚描かれている少女が美しいのは分かるけど、それを味わうには、ちょっとばかりこの空間はおかしかった。
……見ることを躊躇わせる威圧感と焦燥感が異常だったのだ。
 
順路通り人混みの中展示をまわった私たちに、再び列へ戻る気力なんてあるわけもなく。
若干名残惜しさを覚えながら、一端会場から抜け出す。
「あ、物販がある」
友人が指す先には、会場ほどではないが、混み合っている小さな物販ブースがあった。
「次行く前に買っていこうか」
まだ体力があるうちにと、のぞき込んだ商品は、やはりどれも美しくて。
さっき見たばかりの少女たちが手元に残ると思うと、全て手に取ってしまいたかった。
……しかし、あいにく私は石油王では無い。ハレムなんて作れやしない。
だから、どれか選ばなくてはならなかった。
「うっわ、どうしよ。めっちゃしんどい」
目の前に並ぶ少女たちは、じっくり見たくても見ることが叶わなかったものばかりだ。
自然と選ぶ目にも力が入る。隣にいた友人も、いつになく真剣な顔をしていた。
四季をあしらったこの子も、赤毛のあの子も、目一杯着飾った横顔のあの子も。
誰もが彼女たちに目移りしていた。かくいう私もいつになく視線をウロウロさせていたのだけど。
「おっと」
じっと立ち止まる人が増えて、一歩押し出されたとき、私はソレと目が合った。
……絵の中の少女に対して『ソレ』なんておかしな話だけど、私には『ソレ』と呼ぶことしかできなかった。
目が、離せなかった。
「お会計お願いします」
気づけば私は『ソレ』と目を合わせたまま、レジの方へ進んでいたのだ。
 
友人と別れ、急ぎ足で部屋へと向かう。
自身の鞄は文字通り放り投げ、慎重に手元の袋から『ソレ』を取り出した。
「ああ」
買ったとき、穴が空くほど見つめたのに、再び目にすると感嘆の声が漏れ出てしまう。
ツルツルのビニールにくるまれた『ソレ』は、こちらを誘い込むように笑う少女だった。
いや、もっと甘い匂いのする、すごくイイもの。
「チョコレートにしちゃ、高い買い物だったなあ」
桃色の美しい少女の中にある『ソレ』は、たった67gのチョコレート。900円。
普段だったら絶対買わないものに、ついつい手を伸ばしてしまった。
「まあ、しょうがないよね」
買って困るものじゃないし、何よりこんな美少女のお誘いを断るなんて失礼極まりない。
「……じゃあ、失礼して」
早速中身の方をいただこうと、ビニールにハサミを入れようとしたとき、目が合った。
ピクリと手を止める。いや、『ソレ』に抑えられた。
「これは、食えねえな」
なんだかビニールを剥がすのも躊躇われて、その日はいつも通り後回しにしたのだ。
 
しかし、翌朝起きても私は『ソレ』に手を伸ばせずにいる。
「どうしたもんかな」
昨日よりも、ひどくなっている。
「触るのもしんどい」
開けるどころか触ることすら躊躇うなんて、いよいよ末期だ。神さまでもあるまいに、まるで目の前の少女の方が立場が上じゃないか。
……物販に並んでいるときの高揚感とは違う、別の何かが『ソレ』から私に刺さっている。
でも、不思議とそれに痛みは感じず、ただ感じるのは威圧感と焦燥感だった。
「明日にしよ」
 
ぶっちゃけこのまどろっこしい『威圧感と焦燥感』の正体には覚えがあった。
「ほんとしんどい」
オタク特有の、神がかって美しいものを見てしまったときの“しんどい”。
まさに『ソレ』はここ数ヶ月のベストオブ“しんどい”だったのだ。
「いや、ほんとは食べたいよ」
でも、『ソレ』に手を伸ばそうとすると目が合ってしまうのだ!
完成された美である『ソレ』と目が合うと、苦しくて苦しくて“しんどい”のだ。
……完成された美を、私の手で損なってしまうんじゃないかって、怖くなって躊躇ってしまうのだ。
「明日にしよ」
なんだか絵の中の少女に負けたようで悔しいが、今日もお誘いには乗れそうにない。
そう思うと、途端に少女の笑みが、挑発的なものに思えてきた。
「ほんと、食えないわあ」
こんなに食えない女に、私は出会ったことがあっただろうか!
 
ピッとビニールを破る。
傷がついていたソレは、案外簡単に剥がれてしまった。
やっぱり慎重に絵の描かれた蓋を外して、たった15粒しかない金色の中から1つつまみとる。
「あっま」
熱で柔らかくなったチョコレートは、喉を焼くように甘い。
「なんだ、普通のチョコじゃん」
下手したら板チョコの方がうまいんじゃないか。そんなこと言ってしまえば、再び蓋を閉めたとき睨まれてしまいそうだけど。
……この甘すぎるチョコレートは私に向かない。
だから、数粒手に取って母の元に持って行こうとして、やめた。
「はー、しんど」
柔らかくなったチョコレートをもう一度放り込む。
「独り占めしたいなんて」
結局、チョコレートは食えても、この食えない女には敵いっこなかったのだ。
蓋の裏で食えない女が笑みを深めた、気がした。

***

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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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