プロフェッショナル・ゼミ

入社2日目に打った点 《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:島田弘(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
 
「第二開発室に配属となりました島田弘と申します。よろしくお願いいたします」
 
それは入社2日目のことだった。
 
一浪して入った大学の理工学部を卒業し、私はメーカーに就職した。バブルが弾けた後だったので、就活は想像以上に大変だった。
「お前みたいに会社のことより、社会のことを考えているようなヤツは要らない」
と言われたこともあった。
 
凹んだ。
 
「家族の事情で転勤はできない」という私からの条件は、就職活動において大きなマイナスポイントになっていて、なかなか内定をもらえなかった。だから内定をもらった時は、「就職させていただけてありがたい」という気持ちだった。
 
入社式翌日、私は配属先となった埼玉県の研究開発施設に通勤した。自宅から1時間30分
暑がりで超汗かきの私は、4月にも関わらずTシャツである。
この会社、研究開発に関わる人は私服でOKという私にとってはありがたいルール。
 
昨日もらった辞令の通りに、第二開発室に行くと私の席が準備されていた。
始業のチャイムが鳴り、朝礼が始まった。
 
「今日から新人が入ります。島田さん、自己紹介をお願いします」と上司から言われたので、
 
「第二開発室に配属となりました島田弘と申します。
 趣味は自転車やキャンプなど、アウトドアをするのが好きです。
 自転車で日本一周やケニアに行ったことがあります。
 よろしくお願いいたします」
  
と話をした。
 
フツーの自己紹介をしたつもりだ。
 
朝礼が終わって、先輩社員から図面の管理方法、ファイルの名前の付け方など
仕事上のルールを教えてもらっていたときだった。
 
係長と部長が私のところにやって来てこう言った。
 
「島田さん、今日からよろしくね。
 ところで、キミはアウトドアが趣味なんだね。
 それって、休日にするんだよね?」
 
なんでそんなことを聞くのだろう。サラリーマンなんだから当たり前なのでは?
そう思いながらも一応、
 
「はい、そうです」
 
と答えた。
 
 
「それは知らなかったなぁ。
 土日は電話がかかってこないから仕事が捗るんだよね。
 先輩たちも土日に出社してるんだよ。
 今月の土日、全部でてもらえるかな」
 
採用面接のとき、そんな話は1秒も出なかった。私にとって土日は、レースに出たり、仲間と出かけたりする時間なのだ。特に、ゴールデンウィークには大きな大会が迫っていた。
困った表情をしている私に、
 
「島田さん、趣味を変えてくれないかな。囲碁とか将棋なんてどうだろう。社内で流行ってるんだ」
 
それを聞いた私は反射的にこう答えていた。
 
「趣味を変えるくらいなら仕事を変えます」
 
力が入ってしまい、かなり大きな声になってしまった。
 
フロアが静まりかえった。
 
とても長い時間に感じた。そして、「私はここにいてはいけないんだ」と理解した。
 
入社2日目にして、退職を決めた瞬間だった。辞表を出した。
 
辞めることに対して、社内からも、身内からも、友人からも強烈な反対をされた。
 
「最低3年いろ」と言ってくれた人もいた。
 
「一人前になるには10年必要」という教えてくれた人もいた。
 
「好きなことをで飯が食えるわけねーだろ」とアドバイスをくれる人もいた。
 
確かにそうかもしれない。
 
就職をする前にバイクで訪れた「ケニアで出会った京都のおっちゃん」は
「美味いものばかり食べてたら、美味いことがわからなくなるぞ。
 だからマズイものも食え」
と社会人になる前の私に話をしてくれた。
 
 
たくさんの人から、たくさんの話を聞いた。
 
社会はそんなに甘いもんじゃない。我慢をしなきゃダメなんだって。
 
が、やっぱり自分に嘘をつくことはできなかった。
 
自分の心の深い、深い、深い部分に存在しているのかもしれない本当の自分が
それを断固拒否している感じがした。
 
自分はこれからどうなっていきたいのだろう?
自分には何ができるのだろう?必要としてもらえるのだろう?
 
昔から何度も言われてきた「教えるのが上手いよね」という言葉を信じ、
教えることを通じて、自分が関わることになった人が良い方向に歩んでもらえたらいいな
と漠然と考えるようになった。
 
 
「教えることをして、誰かの役に立ちたい」
 
教えるという仕事は色々とある。
 
大学時代に経験したものは、学習塾講師、予備校チューター、家庭教師、サマーキャンプの引率など。
 
大学を卒業してからは学習塾講師とパーソナルトレーナー。企業研修、自主開催のセミナーや講座、ゲストとしてセミナーでお話をさせてもらったり。
 
退職してから今までずっと教えることを続けてきた。
 
 
もっともっと上手くなりたい。
もっともっと結果を出させてあげられるようになりたい。
もっともっと上を目指したい。
 
「教える」ということに時間もエネルギーもお金も、たくさんつぎ込んできた。
今もそうしている。
 
都内にマンションを買えるくらいのお金を使ってきた。
 
 
「島田さん、教えてください。プライベートな時間もなく、寝る時間もなく働いていて大変なはずなのに、なんでそんなに楽しそうなんですか?」
と受講生に言われたことがある。
 
答えは簡単。
 
やりたくてやりたくて仕方がないこと、死ぬほど好きなことしかやっていないから。
たとえ「余命半年」と言われようとも、辞める気はない。
 
今の私にとっては、心からやりたいことをしているので、周囲からは大変そうに見えるかもしれないが、夢や目標の達成に近づいているからこそ楽しくて仕方がない。
不安になることもあるが、たまにである。
 
これって、オリンピック選手が4年間かけて、数センチとか数秒を縮めるために毎日ハードワークできるのと似ているんじゃないかと最近感じている。
 
オリンピック選手も、種目が違えばハードワークは無理。例えば、体操の内村航平選手がもし水泳を選択していたとしたら、メダリストになれたのだろうか?多分無理だ。
ハードワークを継続できるのは、その競技は自分の強みを使って競うことができるからなんだと思う。そして、今の自分と将来の自分が競うのを想像するとやめられなくなるんじゃないかな。
 
 
「自分の強みかどうかどうやってわかったのだろう?」という疑問が湧いてくる。
 
一人で考えていても出てこない。
 
人との交わりの中で強みに気づいていくのだと思う。
 
私の場合、それが強みなのか、心からやりたいことなのかどうかもその時点ではわからなかった。
 
それまでの人生を振り返ってみると、「教える」ことなのかもしれない。その程度だった。
 
「点と点を最初から結ぶのはむずかしいことです。後に振り返ったときに初めて、点と点を結んでいた線が見えるのです。だから、いま一見無関係に見える点もいずれは自分の人生の中で大きな線でつながれることを信じなくてはいけません。自分の勘、運命、輪廻を信じ続ける、そういう考えをもっていると人生に失望することはなく、常に自分に力を与えてくれるようになります」
 
2005年スタンフォード大学卒業式で行われたスティーブ・ジョブズのスピーチを一部引用させていただいた。
 
 
あれから20年以上経ち、振り返ってみると、私は点と点を結んでいた線が見えた。
あの時は無関係に思えたことも、実は現在に至るために必要な点であったと思える。
 
「点を打つ」とはアクションを起こすこと。
 
しかし、アクションを起こせば失敗するリスクがある。何かを失うリスクがある。
アクションを起こさなければ損失するリスクはないが点を打てない。
 
つまり、アクションを起こさなければ失うものはないわけだ。
そう思っていた。
 
しかし、そうではなかった。
 
アクションを起こさないことは機会損失をしているのと同じこと。
振り返ったときに結べる点がない。
 
そんな人生にしたくないと私は思う。
 
だから私は動くのをやめない。
 
自分の心の声に素直に点を打ちづつけるよ、これからもずっと。
 
入社2日目に打った点は私の人生にとって方向性を決める大きな点だったみたいだ。
 
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