プロフェッショナル・ゼミ

何歳まで恋愛できるだろうか《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:射手座右聴き(プロフェッショナル・ゼミ)
 
人はいくつまで、人を好きになるのだろうか。
30過ぎたら、みんな、おじさんおばさんになって、
落ち着いて、恋愛なんかしなくなるんじゃないか。
中学生くらいのときはそう思っていた。
 
ところが、である。
バツイチの私が人生で初めてプロポーズをしたのは、
40を過ぎてからのことだった。
 
最初の結婚は勢いだった。妻は一刻も早く結婚したかったらしく
気づいたら、挨拶に行っていて、プロポーズする時間をもらえなかった。
 
「次の結婚は、絶対プロポーズするんだ」
 
私は漠然と思っていた。
 
一方で、こうも思っていた。
 
「おっさんになったら、結婚したいなんて思わなくなるんだろうな」
 
そんな哀れな中高年が、勇気を出してプロポーズした時、何が起こったか。
痛い話ではあるけれど、人間は誰でも歳をとります。
 
そんなわけで、他人事ではない話として読んでもらえたら、と思って、恥ずかしい話を書きました。
 
「やっぱ無理。つきあえません」
 
近所の温泉からの帰り道に、メッセージがきた。
絵文字もない、冷たい冷たいメッセージは、、A子さんの答えだった。
 
バツイチにして、初めてのプロポーズが砕け散った瞬間だった。
 
「酷いことを言ってるのは、わかっています」
 
さらにメッセージがくる。
 
「本当に、ごめんなさい。約束を破ってしまって」
 
サササササササササーッ。
 
全身から血液も水分も何もかも抜けていくような感覚だった。
 
涙がシャツのあたりまで流れてきた。
体の震えも止まらなくなった。
 
悲しんでいる反応をしているが、実は自分では何が起こっているのか、よく理解できなかった。
 
約束したのに。約束を守ったのに。
 
1ヶ月で15キロ痩せたら、結婚を前提としておつきあいする。
それがA子さんとの約束だった。
アラフォーにしては随分と子どもっぽい約束をしたものである。
 
「私、もう結婚できない気がします」
深夜のカフェでA子さんがぽろっと言った時、
 
「じゃあ、結婚しましょうよ」
思わずプロポーズしてしまった。
びっくりした顔をした彼女に、畳み掛けた。
 
「どこかのタイミングで好きって言わなきゃと思ってたんですけど、
 もうしばらく会うチャンスもないので、言わなきゃって思いました」
 
「急すぎますよ。いつから好きって思っていたんですか」
 
「この前2人で会った時、A子さん、ずるいこと言うから」
 
好きになった理由を、彼女に説明した。少し恥ずかしかったけれど。
 
それは以前、彼女と2人で遊びに言った時のことだ。ポツリと言われた一言が
引き金だった。
 
「うちのお姉ちゃん、Bさん(私のこと) みたいな人と結婚してくれたらいいのにな。お兄ちゃんだったら、楽しそう」
 
それを言われた瞬間、自然の湧き上がってきた感情は、こんな感じだった。
「いや、お兄ちゃんじゃ嫌なんだけど」
口には出さなかったけれど、その感情は止まらなかった。
 
仕事一筋で、真面目なタイプの人に、甘えたことを言われたからだったと思う。そもそも、私は根本的に怠け者なので、よく働く女性を見ると、「わー、素敵だな」 と思ってしまう傾向にある。そして、よく見ると、容姿もタイプであった。
メガネとひっつめた髪で気づかなかったけれど。一目惚れと違い、一言惚れは、たちが悪く、いままで気にも止めていなかったことが、全部素敵に見えてきて、深みにはまっていった。地味そうな外見に対して、妙に派手な幾何学模様のワンピースは、とてもバランスが悪かったけれど、それすら可愛らしく見えてきた。
いまにして思えば、「お兄ちゃん」 というパワーワードに全てを狂わされた。オタク気質もないくせに、この言葉が効くとは、驚きだった。
 
そして、ついに深夜のカフェでいきなりプロポーズしてしまったのだ。
 
その夜、メッセージがきた。
「いきなり言われてびっくりしたけど、嬉しいから、ご飯行きましょう」
 
こうして、結婚を前提とした、絶対に負けられない戦いが始まった。
 
「目標を決めて、それができたら、Bさん(私のこと) とつきあってもいいですよ」
 
2回目のデートでそう言われた。
 
「じゃあ、最近太ってきたから、1ヶ月で5キロ痩せてみせるよ」
 
「たしかに。ダイエットなら健康にいいですね。でも、5キロじゃすぐできそう」
「じゃあ10キロ、いや15キロでどう?」
「Bさん、できないでしょ。15キロって相当だと思う」
 
その日から、恋愛成就のレコーディングダイエットが始まった。
 
毎日、メッセンジャーアプリで体重を報告。
 
A子さんからは、応援の返事が帰ってくる。
 
忘れていると、「今日は何キロ?」 と催促がくる。
 
そんなやりとりは、もう彼氏と彼女のようだった。
と書くといかにも楽しそうだけれど、
このダイエットは簡単ではなかった。
 
まず、ビールと白米をやめた。糖質禁止の令を発令したのだ。
 
夏のビール禁止は、喉が悲しんだ。シュワシュワを想像しながら、ウーロンハイを飲む日々が続いた。白米がどんなに美味しいか、あらためて気づかされた。
 
やせるためには、野菜スープ。聞いてきたレシピを毎日忠実に実行した。
トマトベースに、にんじん、セロリ、たまねぎ、キャベツ、ピーマン
ひたすら煮込んで、食べ続けた。
 
トマトスープは、どどどっと汗がでた。そのたびに「ああ、燃焼してる」 という実感が湧いた。タオルで汗を拭き、ニヤニヤしながらスープを飲んでいるのは
誰かに見られたら、ドン引きされそうな景色だったと思う。
食材ではなく、「痩せているかもしれない」 という満足感がお腹を満たすようになった。
 
こうして、徐々に胃袋が小さくなっていった。
 
さあ次は、運動だ。とにかく歩いた。どこに行こうと、帰りは歩きにした。
 
山手線の新橋から池袋まで。環七を南から北のほうまで。
3時間、ときには、4時間でもひたすら歩いた。
 
途中、汗がしぼれるほどになったTシャツをコンビニで買い換える。
おにぎり好きな画家のようなシャツに着替えながら、さらに歩いた。
 
信号で止まったら、息を大きく吸って大きく吐くエクササイズ。
 
一瞬たりとも、痩せるための努力を惜しまなかった。
 
地元の駅に着いたら、近くの温泉で、半身浴を1時間。
 
シャワーで落としてから帰宅した。
 
こうやって、最初の1週間で5キロ落とした。
 
「うれしー。頑張ってくれるんだね」
 
そんなメッセージに、思わず顔がにやついた。
 
体重計に乗るたびに、ドーパミンやアドレナリンがでるような気がしてきた。
SNSに体重計の写真をのせれば、いいね! がついた。
 
会った人にも「やせたね」 と言われることが多くなった。
 
ほめられる毎日って、素敵だな。
食べないことが快感になってきた。
 
10キロほど落とした時、A子さんとデートの日がやってきた。
 
「すごーい。顔の輪郭とか全然変わったね」
 
A子さんの笑顔を見ると、前向きな気持ちになった。
自分の人生を変えてくれる人に思えてきた。
 
毎日、ダイエットを励ましてくれるA子さんと一緒にいたら
どんどん新しいことに挑戦したり成長したりできそうだ。
前の結婚がダメだしの連続だったせいもあって、
女性から肯定されることは何よりも嬉しかった。
こうして、ポジティブイメージがどんどん刷り込まれていた。
 
よし、あと5キロ。がんばるぞ。今日も楽しいデートだった。
 
と思った帰り際、A子が突然言った。
 
「今日、手をつないでいい?」
 
「え? いいの? まだ10キロしか痩せてないよ」
 
「でも、つなぎたい」
 
断る理由はなかった。
手をつないで帰る道は、いつもの汗だくの帰り道とは少し違っていた。
下心もあって、ぎゅっと握ってみた。
ぎゅっと握り返してくれた時、スキップしたくなった。おっさんなのに。
 
でも、でも、でも。
その翌日から、A子さんからのメッセージは途絶えた。
 
忙しいのかなあ。まあ、大人だし、そういう時もあるよな。
 
手を握り返してくれたのを思い出すと
またA子さんから連絡があると信じていた。
 
何よりも、僕たちには約束がある。
 
「1ヶ月で15キロ、痩せたら交際スタート」
 
今は、とにかく、この約束を守るために、
あと5キロ、頑張ろうと思った。
ところが、そこからの5キロは、簡単ではなかった。
 
とにかく減らないのだ。
食べなくても、運動しても、減るスピードは落ちた。
 
歩く距離を多くした。
お腹が減って、目が回りそうになるまで野菜スープはお預けにした。
 
そして、半身浴を増やした。
自分が修行僧になったような気持ちで目を閉じて、
地元の温泉で半身浴に勤しんだ。冷たかった肩からも汗が噴き出す。
脂肪よ、燃えろ。何度も唱えていた。
 
やっとやっとやっと、30日目近くに成功したのだ。
体重計は、マイナス15キロである体重を示していた。すぐに写メを送った。
 
返事はすぐ返ってきた。
 
「すごい。頑張りましたね」
どこかよそよそしい感じがして、もう一言添えてみた。
 
「目標達成しました。これからよろしくね」
 
しかし、答えは、思わぬ一言だった。
「やっぱ無理。つきあえません」
 
急激なダイエットをした自分の体にとって、この一言は、大きく響いた。
そこから、A子とのメッセージのやり取りが続いた。
 
「約束したじゃん」
 
「したけど」
 
「俺は約束を守ったよ」
 
「ごめんなさい。どうしても」
 
「どうしても、何?」
 
「違ったの。手をつないだ感じが」
 
あの日、手をつないだとき、
僕は嬉しかったけれど、A子さんは逆の気持ちになっていたのだ。
 
生理的に合わなそう。
 
それが答えだった。呆然とした。愕然とした。憮然とした。
 
人生で一番大事な試合の前に、怪我をしたスポーツ選手は、こんな感じの
気持ちになるのだろうか。
 
無力感、虚無感。生きている意味がわからなくなった。
 
苦しすぎるダイエットに耐えた先に待っていたのは、さらに苦しい一言と
裏切られた現実だった。
 
全人格を否定されたような気がした。細胞のひとつひとつまで、自己肯定感を
剥ぎ取られたような感じだった。
 
その日から、朝までお酒を飲み続けた。一人でいたら、ネガティブに引きずられてどこまでも落ち込むことができた。
 
どうせ、自分なんか。とか、なんで約束守らないんだ、A子さんは。
みたいな気持ちでいっぱいになるからだ。
 
ひたすら、趣味のDJを入れ続けた。オファーがあればどこへでも行った。毎日やった。最低の気持ちを紛らわすことはできなかったが、時間は潰れた。
音楽をかけ、テキーラを飲み、毎日タクシーで帰って寝た。
 
「温泉でDJやるんすけど、Bさん出ません?」
 
ある日、お世話になっているイベントの主催者から誘われた。
 
「面白そう」
 
神奈川のとある日帰り温泉。
 
2階では、高齢者の方々が
カラオケをしていた。
 
1階の宴会場で僕らは、歌謡曲やJPOPをかけて遊んだ。
 
2階の人たちも混ざったりして和気藹々と新しい交流が広がった。
 
踊り疲れたら、温泉に浸かった。
 
チャポーン。
 
肩までじっくりと浸かった。
 
あー。
 
そういえば、ずっと半身浴だったな。
 
あー。
 
全身浸かるって気持ちいいなあ。半身浴ではなく。
温泉て、修行じゃなくて楽しむものだったなあ。
 
ここ数ヶ月の出来事が、温泉の温かさに溶けていくような気がした。
私の体は、フラれた時と少し変わっていた。
二の腕は膨らみ始め、お腹も少し肉がついてきた。
 
一緒に温泉に入った知人が言った。
 
「痩せてるBさんより、今くらいの方がいいよ」
 
全部とは言わないが、痛みを少し洗い流せた。
 
今日のDJはいまいちだったけど、恋愛、よく頑張った。
初めて自分をちょっとだけ褒めることにした。
 
と言う文章を3ヶ月前に書いた。
 
天狼院ライティングゼミのプロゼミ入試の課題だった。
恥ずかしい。今見ると、とても恥ずかしい。
40分で5000字を書こうとして、書けなかった文章だ。
 
プロゼミを3ヶ月受講してみて、読み直してみたら、
大きな間違いに気づいた。
 
私は、恋愛を頑張ったんじゃない。約束を頑張っただけだ。
恋愛と約束を同じもの、と考えていたけれど、それは違った。
 
彼女が求めていたのは、約束を守る人、ではなく、パートナーとなる男性だった。
約束を頑張るよりも、彼女の気持ちにきちんと向き合うことが必要だったのではないだろうか。
 
「2000字の文章を書く射程の力と、5000字の文章を書く射程の力の間には、大きな崖がある」 と天狼院のライティングゼミでは言われている。
 
考えがないと、伏線がないと、5000字で、読ませる文章は書けない、という。
 
恋愛にも射程があるのではないか、今見直すと、そんな風に思う。
 
このダイエット恋愛は、約束という言葉にとらわれ過ぎた2000字の恋愛だったと思う。もちろん、電光石火のような鮮やかなキレのいい恋愛も、場合によっては、ありだ。
 
でも今回は、ダイエットをしながらも、彼女の気持ちを考える、という深さがあれば、5000字の恋愛、つまりプロポーズの重みがでたのではないか、とも思った。
 
約束を破ったことを、怒らずに、変わってしまった彼女の気持ちをゆっくりほぐす余裕があったら。約束の話をリセットして、もう一度関係性を構築していたら。
 
あれから、女性とは約束をしなくなった。「いまここ」 の気持ちに寄り添うようになった。関係を積み上げていくことだけにとらわれなくなった。
 
何歳まで好きになれるか、何歳まで文章を書けるか。
 
どちらも、自分次第だ。つまり、ずっとずっとずっとだ。
 
***

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