プロフェッショナル・ゼミ

「タッチ」に憧れてキャンピングカーを購入した《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:牧 美帆(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「美帆、俺な、キャンピングカー買いたいねん! めっちゃ欲しいねん! キャンピングカーってさぁ、やっぱ男の憧れというか、ロマンというかさ……わかるやろ? 息子よ、お前はわかるやんな!」
「うん、パパ!」
 
 息子を丸め込みながら、目を少年のようにキラキラさせながら話す夫。
 その何度目かのその言葉に根負けし、牧家でもキャンピングカーを買うことになった。
 
 
 昔から、キャンピングカーを買うのが夢だったという夫。
 結婚し、息子も生まれ、なんとか車が置けるくらいのスペースがある家も購入。
 ついに時は来た! というわけだ。
 
「でもさぁ、キャンピングカーって絶対高いやん?」
「いやいや、わかってへんな。今は軽キャンって言って、軽自動車をカスタマイズしたキャンピングカーも多いんやで」
 夫はそう言って、「軽キャン」を取り扱う販売店のURLを、LINEで送ってきた。
 
 そのキャンピングカーは、200万円から300万円くらい。
 自動車税も軽自動車だから安くなる。
 何より、色がたくさんの中から選べるのが魅力だった。
 白をベースに赤、橙、黃、緑、水色とアクセントカラーを選ぶことができる。
 
 あ、この屋根とか窓枠が赤く縁取られてる車、めっちゃ可愛いなぁ……。
 
 スマホに見入っている私を見て、夫はニコニコしながらポンと私の肩を叩いた。
 
「よし、実は今日、南港でキャンピングカーショーがあるねん! これからみんなで行くで!」
 
「う……うん」
 
 雰囲気に押されて、了承したのが運のつきだった。
 
 
 大阪南港にある施設「インテックス大阪」で年に数回開催される、「キャンピングカーショー」。
 ターゲット層である「ファミリー」や「ペット連れ」を見越し、トランポリンやボールのプールがあったり、お笑いライブがあったり、ドッグランがあったりと、車に興味がなくても長時間楽しめる工夫があちこちなされている。
 
 LINEで送ってもらった軽キャンは、すぐに見つかった。
 しかし、当然ながら、他にもさまざまなキャンピングカーが展示されている。
 
「うおー、すげー!」
「すげー!」
 
 はしゃぐ夫と息子。
 あたりをキョロキョロしている。
 
「あ、あれめっちゃほしい!!」
 
 夫が指をさした先には、まるでバスのような長さのキャンピングカー。
 
 夫と、バス大好きな2歳の息子と連れ立って、わいわい言いながら、靴を脱いで上がり込む。
 
「いや、それ買っても置く場所ないから。家壊さなあかんから……」
 
 私の声は、彼らには届かない。
 
 大きなキャンピングカーは、海外や北海道のような、どこまでもまっすぐ伸びる広い道路を走るには爽快かもしれないが、せせこましい大阪の下町を走るには、かなり厳しい。
 ていうか、その車、0の数がひとつ多いんですが……。
 
 夫と息子は、なかなか出てこない。
 せっかくなので、私も中に上がらせてもらう。
「すごい……!」
 思わず、ため息が漏れる。
 木目調の上品な壁、真っ白な革張りのソファシート、つるつるしたテーブル、冷蔵庫と水道、フカフカのベッド。収納もたくさんある。モデルルームの見学みたいなワクワク感。
「あれ、トイレはないんですか?」
 私は気になったことをスタッフの方に尋ねる。
「あ、近年はトイレのないタイプも多いんですよ。コンビニも多いし、道の駅もありますからね。メンテナンスが大変なので、希望されないお客様が多いんです。その分広くなりますし」
 なるほど、キャンピングカーといえば、トイレもあるイメージだったが、確かにトイレまわりは掃除とか面倒そうだ。
 
 そして息子が悪さをする前に、とっとと車から引き上げる。傷でもつけたら大変だ。
 
 
 キャンピングカーにも、いろいろな種類がある。
 軽自動車をベースとした「軽キャン」。
 マイクロバスをベースにした「バスコン」。
 ハイエースやキャラバンをベースにした「バンコン」。
 そして、トラックをベースにした「キャプコン」。
 
 おそらく普通の人が「キャンピングカー」と聞いて頭に思い浮かべるのは、写真のようなキャプコンタイプではないかと思う。
 一方、バンコンタイプの見た目は、普通のハイエースやキャラバンとほぼ変わらない。
 内装はベッドやテーブルがあって全く異なるのだが、普通に外を走っていてもなかなか周囲には「キャンピングカー」とは気づかれにくい。
 
 おそらく、キャンピングカーの購入目的が、純粋に車中泊をするのであれば、バンコンがベターだと思う。
 しかし、夫の目的は「珍しい車を所有して街をゆく人に注目されたい」である。
 したがって、バンコンタイプでは彼の欲望は満たされない。
 
「キャンピングカーは、売るときも値段があんまり下がらんねんで、つまり、これは資産やねん!」
「う、うん」
 
 その後も、様々なキャンピングカーを見て回り、最終的に、外装・内装ともに夫と子どもが気に入り、かつ家にも置けそうなサイズの「キャプコン」が、我が家の一員となった。
 費用は当初の軽キャンの倍近くに膨れ上がっていた……。
 
 
 いざ、キャンピングカーを購入してみると、これは気づかなかった、大変だということがいろいろあった。
 
 1つめ、駐車場。
 高さが3m近くあるので、屋根のある駐車場には入れないことも多い。
 事前に駐車場についてお店などに確認しておく必要がある。
 駐車場だけではなく、高架下をくぐるときも、要注意だ。
 
 2つめ、酔いやすい。
 私も息子もあまり酔いやすい体質ではないが、キャンピングカーに乗ると酔う。
 そもそも、元はトラックであり、トラックの荷台部分に乗っているみたいなもの。
 普通の車にくらべて、揺れがダイレクトに身体に来る。
 特にぐにゃぐにゃした山道はかなり危険だ。
「と、止めてー!」
 と叫ぶことになる。
 
 3つめ、運転の大変さ。
 キャンピングカーの話を知人にすると、よく聞かれるのが、
「キャンピングカーって、普通免許で運転できるの?」
 という質問だ。大きいものでなければ普通免許で運転できる。
 私はオートマ限定の免許しか持っていないが、オートマ車の選択肢も多い。
 
 キャンピングカーの運転は、けっこう難しい。
 特にバック。普通は窓を開けて後ろを確認しながらバックするが、キャンピングカーは後ろを見ても大きすぎて車体しか見えない。
 車の後部にカメラがあって、その映像がバックミラーに投影されるものの、それだけを頼りにした車庫入れは難しい。私にはできないので、運転しても車庫入れはいつも夫任せだ。
 そして高さがあるため、強風の影響をもろに食らう。少しでも気を抜くとハンドルを取られて、ゆらゆらする。かなり怖い。
 
 以前、有名なブロガーの方がキャンピングカー生活を始めたものの、たった数ヶ月で辞めてしまった。その一番の理由が「運転が好きではなかった」である。
 夫はもともと大型免許を取得するほど運転が好きだったので問題なかったが、運転が好きかどうかというのは、購入にあたりかなり重要なポイントだ。
 
 4つめ、洗車が大変。
 洗車をしようにも、普通のガソリンスタンドにあるような洗車機には入らない。
 そこで自分たちで洗車することになるわけだが、背が高いので脚立が必要。
 また、キャンピングカーは白ベースが多く、我が家のキャンピングカーも白なのだが、雨が降ると、上部に黒い雨だれの筋が残り、見栄えがよくない。
 そのため、せっせと脚立にのぼって手の届く範囲の雨だれを拭き取り、降りて、位置をずらして、またのぼる……といったことを繰り返す必要がある。
 
 これらの問題は、「軽キャン」や「バンコン」であれば発生しなかったかもしれない。
 うちの夫みたいに「とにかく目立ちたい」「所有欲を満たしたい」が主目的でないなら、このどちらかを検討した方がいいかもしれない。
 
 
 気になる点を挙げだしたらきりがないが、なぜ最終的に、私が夫のキャンピングカー購入を了承したか。
 
 それは、仕事部屋として使えるかもしれない、と感じたからだ。
 
 自宅に設置しているWi-Fiの電波は、キャンピングカーの中でも十分届く。
 会社のメディアにアップする記事や、メディアグランプリに投稿する記事の作成、それに子どもが乱入してきたら困る相手とのSkypeも、キャンピングカーの中で行っている。
 
 私は子供の頃、漫画「タッチ」に出てくる「勉強部屋」に憧れていた。
 隣同士だった上杉家と浅倉家が、庭の共有部分に立てた、部屋というよりは小屋である。
 子供の頃はずっとマンション暮らしだった私には、あの「秘密基地」の雰囲気がとにかく羨ましかった。小学校の頃には、近所のお店を回ってダンボールを集め、マンションの裏庭に勉強部屋を再現しようとして問題になり、こっぴどく怒られたこともある。
 
 とはいえ、現代社会であの勉強部屋を再現しようとすると、建築基準法に引っかかるおそれがあり、簡単にはいかない。自分の家の庭だからといって、むやみに新しく小屋を作ることはできないのだ。
 しかし、それがキャンピングカーであれば話は別だ。
 あの夢の勉強部屋を、大人になってキャンピングカーという形で手に入れた、そんな感覚だった。
 
 そして、つい最近「キャンピングカーを買って良かった」と思う出来事があった。
 
 9月4日。台風21号が上陸し、近畿地方全域に猛威をふるった。
 朝から暴風警報が発令、電車は運転取りやめのため、家にいた。
 リビングで「うわあ、関空にタンカーがぶつかってるらしいで。大変やな」と言いながらニュースを見ていたところ、何度か照明が点滅したあと、家の全ての電気がぷつっと消えた。
 
 今までも何度か停電は経験しているが、すぐに復旧するだろうと高をくくっていた。
 しかし、一向に復旧しない。40年近く生きてきて、初めての経験だった。
 陽が傾き、だんだん暗くなってくる。部屋がじっとりと暑くなってくる。
 これはまずい、ネットも使えない、スマホもパソコンも電池が切れそう……と思ったところで、思い出した。
 
 そうだ、我が家にはキャンピングカーがある!
 
 うちのキャンピングカーは、ソーラーパネルとバッテリーを積んでおり、電気が蓄積されている。
 そのため、キャンピングカーの中であればスマートフォンやパソコンの充電もできるし、冷蔵庫も使える。クーラーだって効いている。
 アンテナとTVも積んでいるので、TVからの情報収集もばっちりだ。
 
 今回は夏だったが、冬だった場合は、キャンピングカーに搭載されている「FFヒーター」が大活躍しただろう。
 冬に車中泊をする場合、エンジンをかけっぱなしだと、音はうるさいし、環境にもよくない。
 そのためエンジンを切るのが基本だが、かなり寒い思いをすることになる。
 しかし、FFヒーターの燃料はガソリンで、エンジンを止めた状態でも車内を暖めることができる。しかもひと晩で数リットルしか使わない。
 日本RV協会の調査によると、キャンピングカーユーザーが、装備して便利だと思ったものの第1位がFFヒーターだという。
 我が家は温泉めぐりが趣味ということもあり、キャンピングカーの出番はどちらかというと冬が多いのだが、FFヒーターのおかげで寒い冬でも車内で快適に過ごすことができている。
 
 結局、我が家の周辺は丸1日以上停電したが、ほとんどストレスなく過ごせたのは、キャンピングカーのおかげだ。
 
 もしキャンピングカーの購入に迷っているのであれば、上に挙げたデメリットも考慮したうえで、災害対策としての側面もあるというのは知っておいて損はないはずだ。
 また、最近はキャンピングカーのレンタルも増えている。
 購入の前に、まずはレンタルで乗り心地や運転のしやすさなどを試してみるのもいいかもしれない。
 
 そして今日も「勉強部屋」で、私はこの文章を書いている。
 
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