プロフェッショナル・ゼミ

スマホを捨て、森に住もう!《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【9月開講】READING LIFE編集部ライターズ倶楽部〜実際に発売される雑誌『READING LIFE』の記事を書く!商業出版ライターになるための超実践講座がついに始動!《東京・福岡・京都・全国通信》

記事:中野篤史(プロフェッショナル・ゼミ)

「ええ! 行かないの?」
長女が夏休みの宿題が終わらないから、明日はキャンプへは行かないと言い出した。しかし、この日に行くと決めたのは彼女だった。忙しそうな彼女に合わせ、「いつならキャンプにいける?」とたずねた結果、夏休み最後の週末なら大丈夫ということだった。だから、みんなでこの日にあわせていたのに……。とんだドタキャンである。という訳でモチベーションがダダ下がりの私であった。もはや、車を運転する気力すら失せてきた。もう床に転がって溶けてしまいたい。そういえば、明日の週末は天気が悪そうだし、雨にも降られたに日には、テントをたたむのは私の役目だし、想像するだけでもメチャメチャ楽しくない。そうだ、やめよう。中止だ中止! しかし、妻と次女は森に行きたいという。そうか森か。森が呼んでるのか。仕方がない、いくか。あーでも、雨が降ったら……。いや、いこう。森へ行きたいんだから。

レンタカーを借りて、8:00過ぎに世田谷の家を出発した私たちは、東名高速道で厚木方面へ向かう。夏休み最後の週末にしては、空いている方だろう。海老名JCTで道路を換え一路北を目指す。それから20分ほど進み相模原インターで高速道路を降りた。そこからは、山間の道をひたすら西へ車を進める。見えている山がだんだんと深くなり、谷底には清流がところどころで見え始めた。そして出発から2時間ほどで目的地の山梨県道志村へ入った。都心からけっこう近い。さて、ここから目指すキャンプ場まではもうすぐだ。私はクーラーを止め、窓を開けた。山の新鮮な空気が車内を駆け抜けていく。山村の蛇行する道を堪能しながらハンドルをきる。道すがら「○○キャンプ場入り口」という看板をいくつも通り過ぎていく。じつは、道志村は日本一キャンプ場が多い村なのだ。小さな村に、いくつものキャンプ場が点在する。深い山々と清流の多さ、そして東京からのアクセスの多さという点で、キャンプ場という商売が成り立ちやすいに違いない。そして、この自然豊かな場所まで来たせいなのか、モチベーションの下がっていた私の気持ちも、大分上がってきた。

私たちは、村の中央を通る県道をはずれ、山道へ入っていく。涼しかった空気が、また一段と涼しさを増してきた。道幅が狭くなり、頭上を覆う木々のせいで、空は見えなくなってきた。そしてキャンプ場に着いた。場内を徐行しながら、テントを張るのに丁度いいスポットを探す。天気予報が雨だったためか、想像していたよりキャンプ場は混んでなかった。場内を流れる清流の近くに、いい場所を見つけた。テントから数メートルで水辺へ降りられるし、周りに生えている樹木の感じもいい。とりあえず、椅子をだして、一休みすることにした。
「あー、気持ちいいー」ここに居ると、水の音が身体に染み込んできて、身体の芯から緩んでくるような気がする。実際、川の音や、木々の葉が揺れる音、鳥のさえずりなど自然の中で聞こえてくる音は、心身にいい影響を与えるという。

例えば、鳥の鳴き声を利用した心理学の実験では、人の気分の改善や集中力が改善される結果が報告されている。アメリカで行われた自然の音を聞く実験では、ストレスと関係の深いコルチゾールの値が減少する結果がでている。それから、こんなのもある。騒音が子どもの学力に与える影響をイギリス、スペイン、オランダで調べた調査だ。主要空港の近辺に通う小学生の、記憶力と読解力などの調査で、騒音が高い地域に暮らす子どもほど、学力が劣る傾向がでていると報告された。私たちは普段あまり意識していない音から、結構いろいろな影響を受けている。そして、川のせせらぎの音を聞くと、気分がよくなるのは気のせいではなかった。
さあ、水の音に癒されてばかりはいられない。テントを立てなければならないのだ。というわけで2年前に買って、今回がまだ2回目の使用となるSNOW PEAKの家族用のテントを組み立てはじめた。

「あ、ポールのそっち持って」
「そこを通して、そうそう」
などと言いながら、妻も次女も協力してくれ、10分程で完成させた。

「よし! これが今日の家だ。じゃあ、温泉行く?」
「やったー! わーい」と2人から歓声があがった。ここ道志村には、紅椿の湯、道志の湯という日帰り温泉施設が2つもある。キャンプにきたら温泉にも行きたくなる。それが簡単にできるのも、道志村の魅力のひとつだ。今回は露天風呂から道志川を臨める紅椿の湯へ行くことにした。

温泉への向かいながら、車を運転していると、道路わきを白い立て看板が通り過ぎていった。私は見逃さなかった。そこに書かれた文字を。
『酒まんじゅう 直売所』
自他共に認める甘党の私は、即Uターンである。実はここ山梨県東部は酒まんじゅうの聖地でもある。とくに上野原市の甲州街道(国道20号)沿いには、酒まんじゅう屋が何件もあり、お店それぞれで味の違いを楽しめる。昔、甲州の生糸を東京方面から買い付けにきた商人達がいた。彼らにお土産として大人気だったのが、酒まんじゅうだったと聞く。自然豊かなこの地で発酵した酒でつくる酒まんじゅうは、他では味わえない味と香りがある。

酒まんじゅうの魅力は、その儚さにもあるとおもっている。本物の酒まんじゅうは、朝作られて夕方には硬くなってしまう。だから、作りたてのまだ温かいうちに食べるのがベスト。日持ちしないかわりに、温かく柔らかいうちに食べる酒まんじゅうは、ほのかに香る酒と麹の香りを堪能できる。でも、硬くなったからといって、まずくて食べられなくなるわけではない。翌日オーブントースターで表面をカリッと焼いて食べるのも、またいいのだ。

車をUターンさせ看板まで戻ってくると、そこはお店というより道沿いの古い民家だった。家の前の駐車場に車を止め、勝手口のようなところで注文をするようになっている。50代のおじさんが客の相手をしている。部屋の奥のほうには70代のおじいさんが眠るように座っていた。

「すみません、4個ください」
「520円になります」と、おじさんが言う。
そして、私は1000円札をおじさんに渡した。しかし、おじさんの頭の中のからは、1,000円-520円の答えが一向に出てこなかった。自分でも、あれおかしいな? という様子だ。そこで、おじさんは、おじいさんに助けを求めた。

「いくらだい」と、奥にいるおじいさんに聞いた。
「480円」。と即答だった。この2人のやり取りに、思わずクスッとなる。そして、酒まんじゅうを買った私たちは、また温泉へ向けて出発した。

紅椿の湯へ到着したのが15時頃だった為か、週末にも関わらず駐車場は空いていた。館内にある券売機でチケットを購入し、私たちは、それぞれ男湯と女湯へ分かれ入っていった。男湯は、大きな内風呂が2つとサウナ、それに露天風呂があった。

「うへーーーっ。ぷふーーぅ」
内湯へつかり壁を見上げた。すると、そこには白い板に道志村の説明や温泉の効能がつらつらと書かれていた。「道志村は自然に囲まれて……云々」。その説明の中に、ひときわ私の注意を引く言葉があった。“フィトンチッド”である。日本語に直すと“芳香性揮発物質”。余計わかりにくい。簡単に言うと、樹木や草花が発散するいい香りのことで、自然が深い道志村にはフィトンチッドに溢れているというようなことが書いてある。でもフィトンチッドはイイ香りがするだけではない。健康にも大きな影響を与えているのだ。

ドラクエの呪文でいうなら、自分や仲間の傷を癒すホイミに近い。千葉大学にある自然セラピー研究室の宮崎教授の研究結果では、ストレスを53%減らし、血圧を7%下げる効果があるという。さらにフィトンチッドは、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)も増やすことがわかっている。NK細胞は、ドラクエの呪文でいうなら、自分が爆死するメガンテという呪文を、腫瘍やウィルスに感染した細胞に対して自発的に唱えさせることができる。つまり、腫瘍やウィルスに感染した細胞に「自爆しなさい」と命令できる細胞なのだ。だから、NK細胞が増えると免疫力が高まる。ヒノキから抽出したアロマオイルをたいた部屋で一晩睡眠するという実験では、3日後にNK細胞が20%増加している結果が出ている。ということは、キャンプで自然の中に行くだけで、ある意味健康になれるのだ。フィトンチッド満点の露天風呂とサウナと水風呂が気持ちよくて、調子にのって行き来していたら、2時間近くたっていた。先に出ていた妻と娘は湯冷め寸前であった。本当に申し訳ない。

その夜のキャンプご飯は、カレーだった。暗くならないうちに支度を始める。道中の野菜直売所で買った、たまねぎを炒め、茶色くなった頃ナスを加え、さらに炒める。ナスに火が通った頃、トマトピューレを加え煮込む。最後に塩と持参したスパイスで味を調え完成だ。先に炊いていた玄米にカレーを盛り付けて食べ始めた。今度は、妻が買ってきた味付きタンドリーチキンをフライパンで焼き始めた。スーパーなイイ匂いが辺りを包む。This is it! これがキャンプ飯だ! キャンプで食べるご飯は、なぜこんなに旨いのか? それもフィトンチッド効果に違いない。おそらくフィトンチッドとスパイスの香りが融合した結果、ご飯をおいしく感じるホルモン(そんなものがあればだ)が生成されるのかもしれない。それにしても、自然に囲まれながら食うカレーはなんて旨さなんだ! 今、私の体内のNK細胞は、300%くらい増加しているに違いない。

腹も満たされ落ち着いてきた頃からの焚き火タイム。これがないとキャンプといは言えない。焚き火の魅力とはなんだ? わからない。しかし、ずっとみていても飽きないところが凄い。天狼院のライティング・ゼミ的に言えば、火が燃えているだけでコンテンツになっているのだ。すべての人を魅了して離さない究極のコンテンツ、焚き火。これほどにシンプルなのに、何がそんなにも人を惹きつけるのか? 1/f ゆらぎという自然界にある特有のリズムがあり、それによってリラックス効果があるとも言われているが、私はもっと他の理由があるように思う。太古の昔、まだ私たちの祖先が狩猟生活をしていた頃、火は今よりも人類が生きることの中心にあったはずだ。料理をしたり、歌を歌ったり、踊ったり。私たちは、もはやDNAレベルで、炎の中に物語を感じるのではないだろうか。だから、無言になり、ただそれを静かに見つめているだけで内なる物語が立ち上がってくるのかもしれない。

自然の中に身をおくこと、自然と接すること。その時間が長くなればなるほど、そこから得られる恩恵も比例して増えていくことが、様々な科学の結果からわかってきている。「スマホを捨て、森に住もう」とまではいかないが、日常からトライしてみる価値はある。毎日観葉植物を眺めたり、週に一度は公園で過ごしたり、月に一度はキャンプやハイキングへ出かけたりと。頭ではわかっていても、実際にキャンプに来てみると、自分が知っていた以上に、心身に変化があることを体験できる。

「また、すぐこようよ」と、焚き火をみながら妻が行った。
「いいね。そうしよう」。私はこたえた。

参考文献:『NATURE FIX』

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