メディアグランプリ

思春期の私に死を思いとどまらせた究極の質問


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:鶴岡靖子(ライティングゼミ・木曜コース)
 
「知ってる?あの二人、付き合い始めたらしいよ!」
 
今から数十年前、思春期の頃。私は、きっと誰もが一度は経験するであろう、初めての失恋をした。友達から、自分を振った人が別の誰かと付き合い始めたらしい、といううわさを聞いた時の気持ちは今でも覚えている。
「死のう。もう、生きてたって辛いだけだ」
と、本気で思った。
 
40歳をとうに過ぎた今にして思えば
「振られたくらいで死んでいたら、命がいくつあっても足りないわ!」
と笑い飛ばせるレベルのちっぽけな悩みでしかない。でも当時、まだ未熟で多感な頃の私にとって、それは世界の全てであり、命にかかわるくらいの強烈なインパクトを持っていた。大好きな人から、自分を否定されること、しかもその相手が他の誰かを選んだことは、生きている価値がないと思わせるのに十分な理由だった。
 
しかし、振られたからといって学校に行けば会わないわけにはいかない。今まで通り友達として普通に接しようと思っても、どこかぎくしゃくしてしまう。気にしないぞ、と思っているのに、気づけば目で追ってしまう自分を止められない。目で追ったその先で、二人が仲良く話しているのを見ると無性に腹が立つ。私には腹が立つ権利なんかないのに、だ。
 
しかも向こうは、相変わらず普通に話しかけてくる。自分を振った相手なのに、それでも話ができて嬉しい自分がそこにいることが、無性に苦しく、切なかった。変に思われないように、何でもないふりを必死でするのが、精いっぱいだった。
 
同じ空間にいたいのに、同じ空間にいたくない。話したくないのに話したい。笑えないのに笑っている。まるっきり正反対の私が、自分の中に存在する感覚。
 
学校では笑顔で過ごしていても、学校からの帰り道、月を見上げてため息をついては
「あの人も、今頃この月を眺めているだろうか。少しは私のことを考えてくれていないだろうか。気が変わったりしないだろうか」
そんな妄想を膨らませては涙を流す。泣いたからと言って何が変わるわけでもないというのに、勝手に泣けるのだから仕方ない。家に帰れば食事もろくにのどを通らず、なかなか寝付けず、夜中に何度も目が覚める。食べられない、眠れないのダブルパンチは、もう死んだほうが楽なのではないか、と思わせるには十分であった。
(あの人に気持ちが届かないなら、生きていたっていいことなんかない)
思春期真っ只中の、短絡的な、視野の狭かった私は、本気でそんなことを考えた。
 
そして私は、部屋のベッドに横たわりながら考えた。どうやって死のうか、と。当時持てる知識を総動員して(テレビや漫画で見た方法で)できるだけ一番楽で痛くない死に方は何だろう、と。首を吊る、飛び降りる、手首を切る、毒を飲む、海に飛び込む……。
 
どれも痛そうだし苦しそうだ。でも、どうせ死ぬんだから、痛いとか苦しいとか、そんなこと気にする必要はない。何せ私は本気なのだ。本気で、死ぬんだ。そうすれば少しはあの人も、私を振ったことを後悔して泣いてくれるんじゃないだろうか。
 
そんな、自分勝手なことを考えていた時である。
 
「ギュルルルルルルルルルルルル」
急におなかが痛くなってきた。そして、そのうちそれは猛烈な激痛に変わった。
 
さて、あなたならどうするだろうか?
 
もちろん私は、一目散にトイレに駆け込んだ。脂汗を流し、目を白黒させて、ウンウン唸りながら、しばらく便器に座っていた。この世の終わりが来た、と思うくらいの痛みに、死にそうになりながら「神様ごめんなさい」と、なぜか心の中で謝ったりしていた。
 
そして、ある程度痛みが落ち着いてきたとき、ふと我に返ったのだ。
 
(私はこれから本気で死んでやろうと思っていた。それなのに、なぜ今トイレに座っているのだろう。もう、あとは死ぬだけなら、そこでそのまますればよかったのではないか?だって死ぬんだから。必死で、慌ててトイレに駆け込む必要なんてないじゃないか。その場で垂れ流せばよかったじゃないか!)
 
そう思った瞬間
「いや、さすがにそんなことはできないでしょう」
と心の中の私がつぶやいた。だって、そんなの汚いし恥ずかしいじゃないか。
 
そして気づいた。私の「死にたい」は、おなかが痛いからといってトイレに駆け込んでしまう程度の「死にたい」だったのだ。そう思ったら(何だ、私の悩みってそれほど大したことないな)と、無性に笑えてきた。おなかが痛いのと、さっきまで悩んでいた自分のバカらしさと、いろんな感情が混じって、トイレの中で泣きながら笑っていた。もう、死のうなんて考えは、きれいさっぱり、どこかへ流れて消えていた。
 
それ以来、私は、ご飯がのどを通らず、眠れない夜が続き、死にたいほど思い悩んだ時は、自分にこう問いかけることにしている。
 
「それは、トイレに行かず、ここで全てたれ流せるレベルの悩みか?」と。
……少なくとも今まで、一度たりともこの問いに「YES」だったことはない。
 
この質問のおかげで、今日も私は元気に、生きている。

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2018-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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