メディアグランプリ

脱出ゲーム


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記事:今泉まゆ美(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 
「あーあ、まだ新作出てないなぁ」
私はスマートフォンを眺めながら、ため息をついた。
この一か月で、同じキーワードを使って何回App Storeを検索しただろう。
週に一度、いやそれ以上か。ちょっとヒマになるたびに検索しているような気もする。
それほどまでに新作アプリのリリースが楽しみで仕方ないのだ。
検索結果に表示されたものは即座にダウンロードし、やらずにはいられない。
もうそれは遊びというよりも、ライフワークに近いものなのである。
 
 
私は、脱出ゲーム中毒である。
それも単純なステージを順番に攻略していくようなものでは満足しない。
例えば学校のような1つの場所に複数の教室が用意されていて、それを行き来しつつ徐々に道具を発見しては使いながら謎を解いていくものが好きだ。
その道具も想定外の使い方をする事やいくつかの道具を組み合わせて使うなど、創意工夫があればあるだけやりがいを感じる。
 
また、絵が綺麗なものが多いのも、脱出ゲームの魅力の一つだ。
海辺の別荘という設定のものは、外の海がとても美しくて日差しも眩しく、こんなところで休暇を過ごしたいという気持ちになる。また、波の音も聴こえるので更に臨場感がある。
子どものいる家が舞台のものは、おもちゃや食器などが可愛らしく、ほほえましい気持ちになる。
 
 
ダウンロードした脱出ゲームをしている時、ふと思うことがある。
なぜ私はやらずにはいられないほどまでに、脱出ゲームにハマっているのか。
またどうしてアクションゲームやロールプレイングゲームでなく、脱出ゲームなのか。
 
 
その答えについて考えていた時、あることに気付いた。
私の人生も、数々の脱出ゲームを繰り返しているようなものではないか、と。
 
思えば私は昔から、「箱」に入れられるという事が大嫌いだった。
家庭、学校、会社という組織やコミュニティという名の箱。
性別や年齢や見た目などで制限される、世間の常識と言われる固定観念という名の箱。
この世の中には大小さまざまな箱があり、大抵の人はそのうちのいくつかの箱に入っているのだ。
 
そしてそういった箱に無理矢理詰め込まれて我慢が限界に達した時、私は自分でも驚くほどに激しい怒りを感じて反発し、様々な道具を使ってそこから脱出してきたのだ。
 
 
親から「自分のいう事さえ聞いていればいいんだ」と、行動を制限されたり束縛されたりという支配を受ければ、社会人になった途端に残業だと偽っては時間を作り、こっそりと物件探しをしておき、ある日突然家を出く事で物理的な脱出を図った。
その後何年か経ってから和解し、支配的な関係を対等な関係に変化させていった。
 
また、うつで休職をしても職場から離れられない時には、医師のアドバイスに沿って上申書を提出した。そこには、私が受けたセクハラ、パワハラ、執拗な宗教勧誘などの報告と医師の診断で職場の異動が復職には必須である事を記載した。上申書は会社の規則に沿って社長の目に触れることとなり、私はその職場から異動することができた。
 
 
私は箱から脱出した人に、ある種の尊敬の念を抱いていた。
箱から脱出した人は、常識に捉われていない自由な考え方で、ストレスも少なく、他人を気にせず好きな事に夢中になって高い能力を身につけ、他の人が容易に真似できないような個性的な生き方をしている。
私も早くその人たちのような自由を手に入れ、自分らしい生き方をしたいと願っていた。
 
 
そして幾度となく箱からの脱出を繰り返しているうちに、私もどんどん自由を取り戻していった。
それと同時に、人が入っている箱がなんとなく見えるようになってきたのである。
 
夫は最初、一般論で話をする人であった。
「あなたはどう思う?」と質問しても、返ってくる答えはマニュアル通りだったのだ。
なぜそう思うのかと掘り下げても、「だって普通そうでしょう」というようなつまらない答えしか返って来なかった。当然その言葉には、感情や熱は全く感じられなかった。
 
「この人は、男は感情を出してはいけないという箱に入っているみたいだ」と感じた。
そこで私は思い切って、彼の感情を解放させようと試みた。
ケンカで彼が感情的になるような言葉を意識的に使い、彼は怒りと悲しみの感情を吐き出したのだ。
 
彼が泣いた時、「男は泣いてはいけないのに、泣いてしまって恥ずかしい」と言ったが、私は「人間なのだから、泣くのは当たり前だよ」と伝えた。
泣く事ができるようになった彼は箱から脱出し、感情表現豊かな本来の彼らしさを取り戻したのだった。
彼の創作にも大きな変化が起き、社内での評価も格段に上がったのである。
 
 
箱から出る事が全ての人において素晴らしい事とは限らない。
箱に入っている事で安心・安全を得る事だってあるのだから。
また、箱から出ても必要に応じて再び入ることだって良いのだと思う。
 
大事なのは箱の存在を知り、自分が入るか入らないかの選択をできる自由がある状態でいることだ、と私は思う。
箱に入れた誰かのせいにせず、自分の責任で大事な人生を歩んで行くために。
 
 
私はこれからの人生の中でも脱出ゲームを繰り返していくのだろう。
だが、それは以前のような誰かに閉じ込められるものではなく、自分で選んで入った箱の中から脱出するものだ。
そしてそこからの脱出には、新しい知識であったり、人脈であったり、何かしらの体験や気付きという道具を発見して使っていくのである。
 
もしかしたら、私はその道具を集めるために脱出ゲームをしているのかもしれない。
目的は脱出することであっても、道具を見つけたり使いこなしたりする喜びも同時に感じているのだから。

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2018-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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