湯婆婆がくれた人生のエール
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記事:西(ライティング・ゼミ日曜コース)
「今自分が持ってるものでどうにかするしかないのよ」
熱のせいでボーっとしている頭の中に急にこんな言葉が浮かんだ。
誰が言ったんだっけ?
必死になって脳内の記憶をたぐりよせる。
そうだ、高校の時の英語の先生だ。
年齢は60歳くらい。
くっきりとした目鼻立ちから美女だったことがうかがえる。
若い頃にモデルとして働いてたらしい。
少し白くなりかけたショートヘアが印象的だ。
服装にはマダム感が漂っていた。
小柄だけどどこか迫力があって、千と千尋の神隠しにでてくる湯婆婆みたいだった。
湯婆婆と違うのは、湯婆婆ほど大声で叫んだりしないとこだ。
静かに怒る。
湯婆婆に上品さを加えた高貴な女王様みたいな感じだ。
生徒指導の先生だったので、校則に厳しかった。
毎朝来る日も来る日も学校の門に立ち、生徒が髪の毛を染めてないかスカートの丈を短くしてないかとかそういうのを逐一チェックしていた人だ。
朝の湯婆婆チェックに引っかかって叱られた生徒は泣いていることもある。
廊下で湯婆婆とすれ違うときは背筋が凍る。
生徒全員が湯婆婆を恐れていた。
この湯婆婆先生が自分の英語の担当になると知った時は正直「ガーン」と思ってしまった。
終わったなと。
こんな怖い先生が自分の担当だなんて。
噂では湯婆婆は授業もスパルタらしい。
叱られたくない!
湯婆婆怖い!
そんな恐怖心から、ビビリな私は予習復習を欠かさずに英語の勉強に取り組んだ。
実際、湯婆婆の授業を受けてみると思ってたほど怖い人ではなかった。
「無理やり勉強させることしか私にはできないからね」
勉強させることが生徒のためと考えて厳しく指導していたのだろうか。
今思うと、あの厳しさは優しさでもあったのかもしれない。
勉強嫌いで怠け者だった私の英語の成績が上がったのはこの先生のお陰である。
熱のせいで数日間布団の中で寝たきりになってしまった。
やらないといけないこと、やりたいことが山積みになっていたのに。
どんなに体調に気をつけていても、季節の変わり目になると必ず風邪を引いてしまう自分の体質を呪った。
同時に、不摂生しても風邪をひかない体の丈夫な友人を羨ましく思った。
他人を羨ましく思ってしまうのは私の悪い癖だろう。
あの子は誰からも好かれてていいなあ。
あの人は頭が良くていいなあ。
あの人は仕事ができていいなあ。
そんなしょうもないことを布団の中で横になって考えていると、湯婆婆先生の言葉を思い出したのだ。
高校生の時は、湯婆婆は何故いきなりこんなこと言いだしたんだ?
としか思えなかった。
今になって人生のエールだったのかと気づいた。
「自分が持ってるものでどうにかする」って、なんだか冷蔵庫の余り物で料理するみたいだ。
新しい食材を買わなくても、工夫すれば余り物だけでも立派な料理になることだってある。
腹ペコの時に余り物で作ったチャーハンや中華丼やオムレツは自分にとってご馳走だ。
そういえば、あの時も私は他人を羨ましがっていたっけ。
これも高校生の時の出来事だ。
男子3人組があるいじられキャラの財布を盗んだという事件だ。
そのせいで男子3人は退学処分になった。
ところが、生徒がその処分に反対して署名運動を始めたのだ。
私は友人に勧められるがままに署名してしまったが、すぐに後悔した。
「なんで財布盗んだやつのために署名するの?」
大衆に流されて署名した自分を恥じた。
頭を鈍器で殴られたような感覚だった。
この鈍器のような言葉は私の頭の中にモヤモヤとした疑問を生んだ。
もし自分が仮に誰かの財布を盗んだとしたらかばってくれる人なんているだろうか?
署名活動なんてしてくれる人はいるだろうか?
きっといない。
男子3人組は成績も良くてスポーツもできてイケメンなスクールカースト上位にいる人達だった。
財布を盗んでもみんなから必要とされるカリスマ性があったのだ。
持っている人はなんでも持っている。
当時の自分は、彼らのカリスマ性が羨ましかったのだ。
高校生のときから自分が成長してないことに笑ってしまった。
他人を羨ましいと思ってしまう病だ。
しかし、いつまでも他人を羨ましがっている場合ではない。
生まれつき冷蔵庫に何が入ってるかなんて選べない。
人生は運ゲーみたいなものだ。
自分で努力しても変えられない要素もある。
運なのだから深く考えてもしょうがない。
他人の冷蔵庫の中身を妬んでいても自分は何も変わらないし、自分の冷蔵庫の中身を卑下する必要もないのだ。
今自分が持っている冷蔵庫の中身を工夫して調理するなり、利用するしかない。
今あるものを使って生きていくしかないのだ。
新しい中身が欲しいのなら自分で努力するなり行動するなりして調達するしかない。
自分の冷蔵庫の中身は何があるだろう?
空っぽに近いかもしれない。
ひとまず、今持っているものを大切にしよう。
よく風邪をひくけれど、熱を出して風邪のウィルスと戦ってくれている自分の健康な体に感謝した。
そして厳しくも優しい湯婆婆先生の言葉を胸に刻んだ。
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