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週刊READING LIFE vol.74

ハッシュドタグを生み出した長州力が見ている先《週刊READING LIFE Vol.74「過去と未来」》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
2020年3月12日、とあるプロレスラーのツイートが話題になった。
 
「少しづつですが親切な人達に教えてもらいながらTwitterの機能を勉強してます
まずはハッシュドタグ
 
井長州力」(長州力のツイッターより引用)
 
ツイッターのハッシュタグを「井」と間違えて入力したツイートはあっという間に話題になり、ハッシュドタグはツイッターのトレンドランキング入りするほどだった。
 
他にも長州のツイッターは話題に事欠かない。
 
アカウントを開設して初めての投稿は
 
「今どうしてる?」(長州力のツイッターより引用)
 
だった。
 
どうしている? 聞かれてもと困るが、そもそも誰に聞いているのかわからない。聞かれた方も困惑してしまう。そんな周りの反応もお構いなしに長州は翌日、
 
「1日の出来事を短く書き込むのは無理がありますね! ところで源ちゃんいますか?」(長州力のツイッターより引用)
 
とつぶやく。「源ちゃんって誰だよ!」とツッコミを入れたくなるが、恐らく元プロレスラー・天龍源一郎のことだろうと推測される。優しいユーザーが天龍が所属している「天龍プロジェクト」のアカウントを教えて貰うと
 
「ありがとう! 電話してみます!!」(長州力のツイッターより引用)
 
と返事を返す天然ぶり。これにユーザーが食いつき、あっという間に人気アカウントとなり、現在フォロワー数は41万を超えている。
 
そんな長州を「かわいい」と返信したり、おちょくりようなメンションが飛んだりするが、筆者のような古いプロレスファンからすると信じられない現象だ。何せ長州力といえば「怖い」というイメージを持っているからだ。
 
長州がプロレス界入りしたのは1973年。ミュンヘンオリンピックに韓国レスリング代表として出場した実績を買われて新日本プロレスにスカウトされた。同期には団体は別だが、同じくレスリングでミュンヘンオリンピックに出場したジャンボ鶴田(故人)がいる。オリンピック出場した選手が入団したことでデビューは破格の扱い。当時若手のデビュー戦は地方大会が相場だったが、日大講堂(現在の両国国技館)とアリーナクラスの会場で飾った。
 
しかし、そこから長州は伸び悩みを見せる。全日本プロレスに入団したジャンボ鶴田はすぐにアメリカ遠征に出されて当時のスターレスラーから直接指導を受けながら転戦を行い、着実にプロレスラーとしての基礎を固めていった。長州は、プロレスの神様と呼ばれたカール・ゴッチの元へ修行に行くも一ヶ月で逃げ出した。当時のことを長州は
 
「もうね、練習ばっかでイヤになってね」
 
と述懐している。そのせいか、出世街道からは外れてしまい、通好みの中堅レスラーの座に甘んじてしまう。しかし、本人はせっかく入ったプロレス界で何も残さないまま消えていくのは歯がゆかったのか、一念発起してメキシコへ武者修行に出る。メキシコはプロレスの聖地と呼ばれ、毎日どこかで試合をしているほどプロレスが盛んな土地だ。そこで長州は一つの勲章としてチャンピオンベルトを獲得する。
 
「これで俺も堂々と表通りを歩けるだろう」
 
そう思って帰国をした長州を待っていたのは相変わらずの中堅レスラーの座だった。
 
「もう、下にいるのはイヤだ」
 
長州は決起する。1982年10月8日、後楽園ホールでの6人タッグ戦でアントニオ猪木・藤波辰爾と組んだ試合でのことだ。コールされた順番が自分が最初だったことが気に入らず、同じチームの藤波に怒りを爆発させた。試合後、長州はマイクを握り
 
「なんで俺がお前の前を歩かなきゃいけないんだ。なんで、俺がお前の前にコールされなきゃいけないんだ。」
 
とマイクアピール。その後、専門誌のインタビューで「だけど、ここで自分を主張できなかったら、僕は一生 ”かませ犬” のままで終わってしまうんですよ」と答えたことで”かませ犬”発言として大きく取り上げられた。この発言でスターダムに乗った長州はプロレス界の格を破壊したことで「革命戦士」として人気レスラーの仲間入りをした。
 
このときから終生のライバルとなった藤波辰爾と抗争でさらに人気は上昇。反体制派のレスラーとして団体のトップ・アントニオ猪木ともシングル対決をするまでのし上がった。その後、新日本プロレスを離脱。仲間と共に新団体を旗揚げして全日本プロレスにも参戦することとなった。
 
これも猪木と馬場の対立は激化していた当時としてはあり得ない出来事だった。猪木が作った新日本プロレス出身のレスラーがジャイアント馬場の全日本プロレスに参戦なんてプロレス界の常識としてあり得ない。しかしそれを実現させた長州は正に「革命」をプロレス界に起こした。
 
同期であるジャンボ鶴田とのシングル対決を目指して暴れに暴れる。自分よりも一回り大きい外国人選手にも憶せず挑み、「くっそ! たわけコラ!」と叫び、得意技のリキラリアット(片腕を横方向へと突き出して相手の喉や胸板に目掛けて叩きつける技)を繰り出した。
 
「反乱を起こしたから」「よそ者だから」
 
反体制派として歩んできた長州の表情はいつも険しく厳しかった、眉間にしわを寄せ、口はへの字のまま。話す言葉は少なく、喜びを表したことはほとんどない。唯一と言っていいのは、新日本プロレス時代にライバル・藤波辰爾とベルトを賭けて戦って勝利を収めたときに仲間と抱き合い、控え室で
 
「俺の人生にも一度くらいこんなことがあってもいいだろう」
 
とコメントを残したくらい。
 
時が流れて、新日本プロレスの現場責任者になってからも表情は変わらない。常に厳しいまま。他団体から後輩レスラーに挑戦状が叩きつけられたときは怒りを露わにして
 
「安生(他団体のレスラー)が死んだら墓にくそぶっかけてやる!」
 
と因縁を残すような発言をした。その後、その団体との対抗戦が組まれて勝利を収めたときに記者から「長州さん、きれましたか?」と聞かれると
 
「キレちゃいないよ。キレてない。俺をキレさしたら大したもんだ」
 
と冷静な表情で返事をした。この発言はくりぃむしちゅー・有田や長州小力が物まねをしているおかげでご存じの方もいるだろう。しかしながら、そのときの長州は殺気立っていてあんな穏やかな物言いではない。怒気をはらんだ口調だった。
 
因みにサインをするのも嫌いで滅多にサイン会を開くことはなかった。筆者は一度タイミングよくサイン会に参加できたことがあったが、長州は仏頂面でファンの顔を見ずにずっと色紙を見てサインを入れているだけだった。筆者の出番になるといきなり長州は
 
「暑い!」
 
と怒鳴り出した。筆者は当然ビクつく。しかし長州は表情一つ変えずサインをした色紙を差し出す。20年くらい前の出来事だが今でもはっきりと覚えている。
 
それくらい長州は怖いプロレスラーだったのだ。
 
それが、滑舌の悪い男として芸人にイジられ、笑顔で写真に収まっているなんてとてもじゃないけど信じられない。
 
一体長州に何があったのだろうか?
 
本人に聞いてみたくなるが、怖くてとてもじゃないけど聞けない。昔からのファンならきっと納得してくれるだろう。
 
しかし思い当たることがある。
 
それは、妻と子どもだ。
 
二人は約30年前に出会い結婚。三回目のデートでプロポーズするほど長州はベタ惚れだった。三人の娘に恵まれるも一度離婚をしてしまう。
 
離婚理由は長州の多忙によるすれ違い。年間200試合以上こなしていた長州は自宅に帰らないことが当たり前。寂しさのあまり奥様が離婚を切り出したのだ。
 
数年間音信不通だったが、間を取り持ったのが娘達だった。二人に今の生活を伝えて、心をほぐして、徐々にわだかまりをなくしていき、再会できる環境を整えていった。再会した二人は再婚してよりを戻した。二人とも娘に感謝しているという。
 
そんな長州が心配しているのは娘と孫の将来だ。特に孫はかわいくてかわいくたまらないらしくツイッターに写真をアップしたこともある。もちろん満面に笑みを浮かべた長州も一緒に収まっている。
 
仕事を終えて戻るときにもツイッターに孫の写真をアップしてつぶやく。時には孫の全裸写真をアップしてツイッターに「不適切な画像」として削除されてしまい、「このくそたわけが!」と言わんばかりにキレたツイートをしたこともある。
 
とにかく孫がかわいくてかわいくたまらないのが伝わってくる。孫の成長が楽しみなのだろう。先日開設したユーチューブチャンネルにアップした動画ではいきなり「はあああ。娘が心配だ」とつぶやく姿が映し出された。
 
その姿は父親の顔そのものだった。
 
いくつになっても心配なのだろう。プロレスラーとして表舞台から去り、プロレス界の行く末も気にせずに過ごす日々の中で気になるのは娘と孫のことだけなのだ。現在、インターネット広告代理店の顧問を務めつつタレントやユーチューバーとして活動している長州が描いている未来はきっと奥さんや娘や孫と一緒に笑いながら生活していることだろう。
 
「それなりのおコメ(金)があって飯が食えるんならば、それでいい。金を稼ごうとかそういう考えはない。家内が納得して楽しそうな顔をしていることが一番」(FRIDAY DIGITAL 6月23日更新 伝説のレスラーが公開した希少な家族写真「長州力と二人の美女」より引用)
 
長州が雑誌のインタビューで語った言葉だ。きっといつか見せてくれるだろう。家族一緒に笑顔で微笑みながら写っている写真を。撮影するのはきっとカメラマンをしている娘婿のはずだ。
 
だって、約束したのだから。娘婿がまだカメラマンのアシスタントをしているときに「いつか俺のこと撮ってくれ」と言ったのを長州はずっと覚えていたのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール 篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって港区に仕事で通うほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。

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2020-04-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.74

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