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週刊READING LIFE vol.143

時空を超えてつながっている《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:大多喜 ぺこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
メッセンジャーに外国名のメッセージが来た。
基本、スパムを恐れてすぐに削除する。
が、どうやら様子が違う。
 
「もしかして、あなたの息子さんと娘さんはルンドシュタイナースクールに行っていましたか。正解の人に届いていることを祈っています。日本の夜中に送って迷惑をかけていないといいのですが」
 
配慮の言葉まである。で、返信した。
 
「はい。でも、子供たちが通っていたのはすでに20年以上前で、私はもう日本に帰ってきています。申し訳ないけれど、役に立てないと思う。でも、力になれることがあったら、言ってください」
 
「ありがとう。僕は、シュタイナースクールで、あなたの息子さんと同じクラスでした。Facebookのメッセンジャーで探してあなたの息子さんらしい人をみつけたのでメッセージを送りました。でも、返事がない。彼はもしかしたらメッセンジャーを利用していないのかもしれない。もしかしたら、僕と連絡を取りたくないのかもしれない。その気持ちもわかります。あの頃、彼は、僕たちのクラスであまり居心地が良くなかったことを知っています。スウェーデン語を話せなかったということやそれ以外の理由でも。僕は、しばしば、彼は今どうしているのだろう、どこにいるのだろうと考えていました。僕は、彼にとっていい友達とは言えませんでした。僕は子供だったし、未熟でした。それに僕自身の課題を抱えていたので、人のことをかまっていられる余裕もなかったのです」
 
なんと、20数年前スウェーデンに住んでいたときの息子の同級生からだった。

 

 

 

夫の赴任に伴って、私たち家族は、3年弱、スウェーデンの南の都市ルンドの郊外に住んでいた。
 
実は、スウェーデンの会社を選び、スウェーデン赴任を希望したのには訳があった。
 
そのおよそ10年前、私たちはイギリスに住んでいた。
息子は、イギリスの田舎町の幼稚園に通っていた。村で初めての日本人だった。人口2万人あまりの小さな町では、私たちはちょっとした有名人で、当時、英語が全く話せなかった私と息子でも、あれこれと世話をしてくれる人がいて、あっという間に馴染むことができた。
 
息子が、あまり友達と遊ばないことに気づいて担任に相談すると、
「聡明な子供は、自分の世界を持っている。だから、彼は一人で切り絵をしたり、物を作ったりが楽しくて仕方がないのです。気にする必要は全くないですよ」
と、言う。
確かに彼はいつも幸せそうな子供だった。笑顔で穏やかで、ものを取られても喧嘩するようなことはなかった。友達と群れて遊ぶより一人で遊ぶ方が好きなのだ。と理解した。
 
ところが、日本に帰ってくると、日本の幼稚園では、先生のお荷物的存在になった。
「集合の時、彼を探すんです。彼がいれば、全員が揃っているということなので」
「あそびの時間が終わりといってもずっと一人でレゴをやっていたりするんです。集合の時間だよといっても、なかなか来なくて困ります」
「信号が何色の時に止まるのか、答えられないんです」
「今日もトイレに行かず、おもらしをしました」
 
息子に聞く。
「どうして集合しないの」
「だって、ぼくはまだレゴで遊びたいんだよ。」
「止まれ信号の色はイギリスでも同じでしょ」
「redの日本語がわからなかったの。英語で言っても先生がわからないと思って」
「漏らしちゃう前にトイレに行こうよ」
「幼稚園のトイレは行きたくないの。暗くて怖いの。だから、がまんしちゃうの」
彼なりの理由がある。
 
イギリスの幼稚園にあたるプレスクールは、学校にいる時間内は、何をしていてもいい。
外遊びをしたい子はずっと外遊び。絵を描きたい子は絵を描いている。
たまに先生が、「本読むよ」「ホットケーキ作るよ」などと声をかけるが、それも興味のある子だけ参加する。
時間だから、読んでいた本を閉じて、一斉にお遊戯をするなどということがない。
 
5歳の息子には、遊具はカラフルで楽しそうな日本の幼稚園が、窮屈で仕方がない。
 
そんなこんなで、笑顔が減って元気がなくなってきた結果、半年後に白血病と診断された。
生存率70%。
1年にわたる入院。抗がん剤の過酷な治療に耐えて退院した時は、すでに小学生になっていた。遅れて通い出した地元の小学校では、髪の毛がない、勉強はできない、社会性はない、ということでいじめの対象になった。
 
担任に相談に行くと
「彼はあんな風だからいじめられても仕方がない」
とまで言われた。
あの時、病気で死んでいた方が、彼にとっても私にとっても幸せだったかもしれない。一度だけほんの一瞬だけそんなことを考えたことさえあった。
 
再発。再び1年間の入院。再発の予後はさらに悪くなる。生存率も50%に下がる。
8ヶ月にわたるさらに過酷な治療。
なんとか退院にこぎつけた日、病院の門で、
「もう、ここには戻ってこないようにしようね」という私に、にっこり笑って
「大丈夫。ほら、2回目だって、こうやって退院できたでしょ。3回入院したって、3回ちゃんと退院するから」と答えた。
 
私なんかよりずっと強い。
 
それでも、日本の学校は厳しく、5年生の時に、また再発。予後はさらに厳しくなる。
でも、彼は、言葉どおり3回目も退院した。
 
しかし、このままでは、彼の生きるエネルギーを増やすことができない。
いずれ、彼を失ってしまうかもしれない。
私たち夫婦は、彼が生き生きして幸せだった彼の大好きなヨーロッパにもう一度戻してあげたいと考えた。
 
それを目論んでの転職。そして、スウェーデン赴任。
学校も厳選して、ローカルスクールでもインターナショナルスクールでもないシュタイナースクールを選んだ。
そこでは、ルドルフ・シュタイナーの教育理念を実現させるためのカリキュラムを実施している。
シュタイナーは、子供が「自由な自己決定」ができる人に育つための教育をすることが大事だと考えた。芸術を通して人間に働きかける手法は、絵や工作が好きな息子には合っていると思った。
 
国立公園の森の中の校舎は、環境としてもよく、息子も娘も気に入っていた。
小学校低学年の娘は、毎日、外遊びをしたりダンスをしたりお絵描きをしたりといわゆる日本の勉強らしいことはしないまま、のびのびと過ごしていた。
 
一方、中学生のクラスに編入した息子は、スウェーデン語で行われる授業にはまったくついていけなかった。英語は多少話せるものの、同世代の少年少女たちと対等に付き合うには、ハンディがありすぎた。
小学校の半分を病院で過ごして、体力もなく、社会性もなかった。
白血病の治療もまだ、緩やかに続いていた。
確かに彼の学校生活は過酷だったと思う。
 
担任は、なにかと配慮してくれて、こまめに私に連絡もくれた。味方であると確信ができた。
友達を家に連れてくるようなことはなかったけれど、学校の話もした。
馴染んでいるとは言えないが、学校に行くのを嫌だと言ったこともなかった。
言葉はわかるけれどそれだけに辛い日本の学校よりまだマシだと私は思っていた。
 
何より、笑顔が増えていた。
 
通院のために授業時間に息子を迎えに行くと、よく、保健室のようなところで寝ていた。
言葉も内容も分からず眠そうな息子に、担任が、
「無理しないで、ベッドで寝ておいで」
と言ってくれるのだそうだ。
 
そんな話を笑ってしてくれる息子の様子を見て、居心地は悪くないのだと私は思っていた。
 
一度だけ、放課後迎えに行くと、泣きながら歩いてきたことがあった。
二人の少年が、何か話しかけてくるのに、息子は、返事もしないで真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。
少年たちは私をみると踵を返して去っていった。
 
「どうしたの」
「トイレに閉じ込められた」
「えっ」
「ちょっとだけだよ。出して、って言ったすぐ出してくれたけど。僕が泣いていたから、彼らは、謝りながらついてきた」
 
スウェーデンの中学生は体も大きいし、すでに大人のようだ。小学生の頃は、「◯◯先生」と呼んでいたのが、先生に対してもマリア、クリスティーナというようにファーストネームで呼ぶようになる。
 
そんな中で、息子は、ひときわ、華奢で小柄だった。幼くもあった。
言葉もわからないし、からかわれることがあるのも仕方ない。
 
それでも、彼は、1日も休むことなく学校に通っていた。
特別な友達はできなかったけれど、彼はスウェーデンの学校を嫌いではなかったはずだ。

 

 

 

あれから二十数年。
突然に届いたかつての同級生からのメッセージ。
メッセージは続く。
 
「僕は、あの頃の僕のふるまいをずっと後悔しています。どうにかして、息子さんにひとことあやまりたいと思っていました。でも、連絡先も知らず、探しようもなかった。本当に申し訳なかったと思っています。あの頃、僕は子供で、未熟だった。でも、あんな態度を取るべきではなかった。僕は、ただ、謝りたいのです。彼に一言『あの頃の幼稚な僕が君にしたことを本当に申し訳ないと思っている』と心から伝えたいのです」

 

 

 

彼は、ずっと、息子のことを心の片隅に置いて忘れないでいてくれたのだ。
そして、とうとう探し出して、こうして勇気を出して私にメッセージを送ってくれたのだ。
 
時間も空間も超えて私たちは今ここにつながりを感じている。
 
そのことに、私は感動している。
 
 
 
 

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大多喜 ぺこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2021-09-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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