週刊READING LIFE vol.143

忙しい現代人が、あえて面倒なことをする理由《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:スミ咖(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
とんでもないことに、気が付いてしまった。気が付きたくなかった。だって、こんなにも文章を書くことに一生懸命になっているのに……。
ライティング講座を受けている自分が、文章はそもそも読まなくてもいいのかもしれないと思ってしまった。
 
忙しい現代人は、面倒くさいこと、手間をかけることはしない。だから、家事をしながら、ランニングしながらなど、同時に出来ることが流行っている。音声のみで交流できるクラブハウスや、読まずに本の内容が入ってくるオーディオブックが主流になっているのもそういう理由からなんだろう。あえてゆっくり時間をとって、文章を噛みしめて読むなんてことは、極端な話、もう求められていないのかもしれない。
安くて、手軽に食べられるコンビニ弁当でいい。時間をかけて作られた、ごはんに需要がなくなってきてるみたいに。
 
じっくり書かれた文章を、あえて読む人が少ないのだとしたら。書くことにこだわって、何の意味があるのだろう。文章が絶対になくてはならない理由や熱量が欠けているような気がしてきた。
 
文章でなければならない理由……考えを巡らせ、数年前に教え子からもらった1枚の手紙を思い出した。

 

 

 

彼女と一緒に過ごしたのは5年ほど前。幼稚園の年長組を担当した時だ。彼女の最初の印象は、大人しそうで、穏やか。あまり主張するタイプではなさそう。活発過ぎるクラスの中で、彼女が埋もれてしまわないかということが気がかりだった。
 
騒々しい毎日を過ごす中で、彼女の気になる所が明らかに目立つようになってきた。彼女は、私が話しかけても声を出さないのだ。「何か分からないことある?」工作をしていて、話しかけても、彼女は固まって声を出さない。入園し始めたばかりだから、緊張しているからなのかなと最初は思っていた。だけど、一緒にいる時間を過ごしても、遊んでも、彼女が私の質問に声を出して答えてくれることはなかった。
障害や、病気があってしゃべれないということではない。友達と鬼ごっこをしている彼女からは大きな声で「ねー! こっちきてよ」なんて、こどもらしい、明るい声が聞こえる。それにお母さんが迎えに来た時も「えー!? 遅いよ!」と文句を言っている姿も見る。こんなに普通に話せるのに、私に対しては、全く声を出さない。
よくよく観察していると、私だけではなくて、かかわりが少ない大人に対して、彼女は声を出さないことを決めているようだった。だから彼女とのコミュニケーションは、首ふりで交わしていた。「これ出来そう?」とゲームのルールを確認して、分かっていれば頷く。分からなければ首を振る。はい、か、いいえで答えられる質問をして、生活していた。
 
 
他の大人が見れば、大変で、異常なことなのかもしれない。だけど保育士として、もう何年も働いている私は分かる。病気ではないのだけど、状況によって声が出ないということは、起こりうることなのだ。きっと、こころを開いて、安心することが出来ないから、話すことができないんだろう。「ちゃんとお話しなさい」なんて責めることは絶対にしてはいけない。彼女がこころから安心して、話したいきもちになればきっと話してくれる。そう思いながら、毎日を過ごしてきた。

 

 

 

入園してから、目まぐるしく毎日は過ぎていった。遠足に行って、運動会をして、サンタさんが来て。こどもたちと過ごす幼稚園生活は後半に差し掛かってきた。いろんな行事をこなして、こどもたちはからだも大きくなる。そして、出来なかったことに挑戦したり、友達と揉めたりしながらこころも大きくなっていく。忙しさに追われながらも、成長の過程をひしひしと感じる日々だった。だけど、相変わらず、彼女とは、うなずきによるコミュニケーションを続いていた。

 

 

 

そうして過ごして行く中、卒園式を間近に控えた2月。うなずきだけでは解決できない問題が発生した。
 
卒園式では証書をもらう時に、大きくなったら何になりたいか、を壇上で発表するのが、園での恒例になっていた。こどもたちの成長を感じられる発表は、今まであったことを振り返りながら、成長を噛みしめる大切な時間だ。
しかし、彼女はしゃべらないのだ。私にですらしゃべれないのに、あんなに大勢の人の前でなんかどうやって話したらいいんだろう。第一まず話さない彼女の夢をどう確認したらいいのか。
 
困った挙句、お母さんに助けを求めた。彼女が、大人に対して話さないことは、知っている。事情を話して、家で、夢を聞いてきてもらうことにした。
彼女の夢が分かったことはいいのだが、どうしたものか。無理に話せ! と強要するわけにはいかない。練習を重ねれば、もしかしたら言えるのかもしれない。「先生も一緒にいるからね」と練習の時に声をかけた。
返事をせず、そのまま壇上に上がる。下を向いてじっとしている日が続いた。そばに行って、一緒に言ってみる。しかし毎日聞こえるのは私の声だけだった。
 
毎日練習に追われ、時間はあっという間に過ぎてしまった。こどもたちと一緒に作った”そつえんしきまであと〇にち”と書いた日めくりカレンダーが1枚ずつ減っていく。枚数が減り、だんだん卒園式が近づいてくる。その分練習を重ねてきたのだが、最後の最後まで彼女が夢を語ることはなかった。

 

 

 

スカッと抜けた青空が広がる卒園式当日。普段着慣れないよそ行きの服を着たこどもたちは、どことなく誇らしげな顔でやってきた。駆けまわっているいつもと違って、ちょっとだけ大きくなって、今日自分の手から離れていくんだなと見つめていた。
 
1人、また1人とこどもたちがやってきて、卒園式の時間が迫ってくる。呼びかけの歌のピアノを間違えないかとか、名前を呼ぶのを間違えないだろうか、と自分自身の心配をすると同時に、彼女がどう卒園式を過ごすのかということが気がかりで仕方なかった。
ふわっとしたスカートに、髪の毛をおさげにして、女の子が大好きなスタイルにしている彼女は、私の心配をよそにいつも通りで、過度に緊張している様子はなさそうだった。友達と列に並びながら、にこにこしてたりなんかもするくらいだったから。
 
 
 
「園児入場」
あたたかな拍手と、無数のカメラがこちらに一気に向く。全員が席に着き、卒園式が始まった。
園長の挨拶、来賓の挨拶、大人の言葉が続き、いよいよ証書授与の時が来た。普段当たり前に言えるこどもたちの名前が、この時ばかりは緊張で出てこない。名簿を指で追って、本当に丁寧に呼びかけた。
 
進行していくうちに、彼女の順番がくる。いつも通り無言で立ち上がり、壇上に上がる。証書をもらい、正面を向くまでは、いつも通りだ。落ち着いて出来ている。
 
発表しようとしているのか、いないのか、立ち位置でじっとしている。口がうっすら開いたようにも見えた。
名簿をギュッと握りしめて、頑張れ! こころの中で叫んだ。
彼女は、ちらっと私の方を向いて、目が合った。待った。ほんの少し待った。
私は口を開けて、声を出さず、彼女の言うセリフを言ってみた。彼女が言えるかもしれないと期待を込めた。
 
 
時間だけが経過した。やっぱり彼女は自分で言うことができなかった。
これ以上壇上に立たせておくことは、酷に思えた。彼女のそばに寄って、一緒に壇上を降りた。
彼女の証書授与は終わった。

 

 

 

みんなを送り出した後、たった1人で、空っぽになった教室をぼーっと眺めた。

 

 

 

あの子たちとの卒園式が終わり、季節がすっかり秋になる頃。小学校から、冊子が届いた。小学校の課題で、”ようちえんのせんせいへ”という手紙を書いたとのことだった。
私のことなんか忘れていると思っていた。なのに、開いてみると、あの頃とは全く違うこどもたちの姿を文字から読み取ることが出来た。字なんか全く書けなかったのに。園児ではなく、小学生になったこどもたちの姿がそこにあった。
 
1人1人の顔を思い浮かべながらゆっくりと、ページをめくっていく。何枚かめくっていくと、あの子のページになった。
穏やかな彼女らしい、丸みのあるかわいらしい文字の手紙は、”せんせい、おげんきですか”という挨拶から始まっていた。おげんきですか? なんて普段使わないだろうに、きっと授業で習ったんだろうと、彼女が一生懸命勉強していることが想像できた。
 
”わたしは、ようちえんのときに、はずかしくてしゃべれなかったからざんねんだったけど、一ねん生になったからしゃべれるようになったのでよかったです”
 
一度も確認できなかった彼女のきもちを、卒園して半年以上経ってから、知ることができた。恥ずかしかったのか。話せなかったことを残念に思っていてくれたことが、ちょっとだけうれしかった。別に嫌いとかそういうのではなかったんだ。
 
そして一年生になったから出来るようになった、という言葉からは、自分が大きくなったことを、誇らしげに感じている姿を、感じることが出来た。大きくなったんだな……。ともう一度最初の文章に目を戻し、読み返す。読み返しながら、彼女と過ごした時間を思い返していた。
 
そして次の文を見る。
”せんせいも、ようちえんのせんせいがんばってね”と締めくくられていた。
 
手紙は本当に短い文章だった。でも何回も、何回も読み返して、彼女が思っていたことや、今感じていることを、そして卒園式の彼女を思い浮かべながら、繰り返し噛みしめた。

 

 

 

内容を理解するだけなら、文章を、わざわざ時間をとって読む必要はない。何かしながら、耳で聞けばいい。
だけど、あえて字で書いてあるものを読むことがなくならないのは、書いている人の思いや、姿を想像しながら、噛みしめたいからなんじゃないだろうか。耳から、内容を入れて、あっという間に過ごしてしまうことだって出来るのに、あえて時間をとるのは、読むことでしか、味わえないあたたかみを感じたいんじゃないのかと思う。
母親が作った、手作りのごはんを食べて、特別なぬくもりや、きもちを感じるように。
 
この世に文章がなくてはない理由、文章でなきゃいけない理由。
それは、少しめんどうだけど、手間をかけることでしか味わえないものがあるからだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
スミ咖(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

保育士歴12年。保育以外の職務経験がないため、色んな仕事をして、経験値を上げてみたいと、ライティングに挑戦中。悩んでいる人が共感して、元気が出るような文章を書けるようになるのが目標。

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2021-09-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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