週刊READING LIFE vol.143

文章は進化の記録である《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
ほんの5、6年前まで、私はあまり文章を書く方ではなかった。仕事で報告書や資料を作ったり、メールを打ったりすることはあったけれど、まとまった文章を書く機会というのはなかった。
 
まとまった文章を書くようになったのは、中国語の勉強を始めてからだ。中国で仕事をするようになって、現地で中国語の勉強を始めたものの、2年と少し経っても自分の思うようには上達しなかった。知っている単語は増えたけれども使えないし、会話は「雰囲気で」通じているだけだった。そんな状況を何とかしたかった私は、「何かいい勉強方法はないだろうか?」と模索している内に、1冊の本にたどり着いた。
 
その本には、上達法のひとつとして「自分の言いたいこと、伝えたいことを中国語で書き、ネイティブに添削をしてもらう」という方法が書かれていた。
 
「確かに!」と思った。それまでは、週1回教室に通って、テキストの単語を読み、本文を読んで訳し、練習問題をやって終わりという勉強で、インプットばかりでアウトプットが足りていない状況を自分でも理解していたし、覚えた単語も普段の自分の生活ではあまり使うことのないものが多かった。
 
「せっかくネイティブの先生に習っているのだから、何か自分で書いて持っていって、添削をしてもらおう」
 
そう思った私は、当時住んでいた中国・南京の印象について数行の文章を書いた。ほんの
200文字ちょっとの文章だったが、実際に書いてみようとすると、単語はいちいち辞書を引かなければ分からないし、文法はかなりの怪しさだった。それでも、自分の力で書いてみたことで、どこが理解できていないのかがよく分かった。
 
自分で書いた作文を持っていくと、ネイティブの先生は喜んで添削をしてくれた。
 
「これはどういう意味で書いたの?」と私の意図を確認しながら、
「そういう意味なら、こう書いたらどう?」とフィードバックをしてくれる。
 
「なるほど、そういう表現があったのか」、「こういう場合はこんな語順になるのか」、「この単語はこういう時に使うのか」と毎回気づきがあった。
 
それを毎週繰り返す内に、段々と書ける量が増え、書くスピードも速くなった。書いたものが十数枚になった頃、日常の場面で以前より中国語を使えるようになっている自分に気づいた。もちろん流暢に話せるというものではないが、ふっとフレーズが口をついて出てきたり、何よりもチャットやメールで自分の伝えたいことが直接伝えられるようになって、仕事の効率は格段に上がった。
 
今から思うと、「フィードバックをもらえる」というのが上達のカギだったのだと思う。そして、「文章」という形が私にとっては都合の良い「記録」だった。自分のアウトプットしたものとフィードバックの結果が「記録」として、検索しやすい形で残ったからだ。そのうえ、その記録は私自身の「進化の記録」となった。
 
そうして文章を書き続ける内に、「もっと何か自分の思いを書いてみたいな」と思う気持ちが心の奥底に芽生えたらしい。文章の書き方を習いたいというのではなく、自分の書いたこと、内容そのものにフィードバックが欲しかったのかもしれない。
 
2019年の夏、当時同じ講座を受講していた仲間の一人が「記事が掲載されたので、良かったら読んで下さい」と自身のSNSに投稿していたのを目にした。以前からライティングを学んでいるということは聞いていたのだが、具体的にどんなことを学んでいるんだろう? と興味があった。
 
早速投稿に貼られたリンクから記事を読んだ。「行動力を10倍アップする方法」というタイトルで、彼が講座で学んで得た気づきとともに、それを実践することで自身の世界が広がり、夢に溢れている様子が生き生きと書かれていた。
 
「なにこれ! めちゃくちゃ心にしみるじゃん」と思った。自分自身を真っ正直に語り、かといって卑下することも誇張することもなく、自分の心の変化が分かりやすい言葉で語られている。それと同時に、「同じ学びを得た後、彼はこういう形で実践したんだ! じゃあ、私も同じようにやってみよう」と、もう一段学びが深まる感覚があった。
 
「私もこんな文章を書いてみたい」と猛烈に思った。それが天狼院書店のライティング・ゼミとの最初の出会いであり、今から思うと自分の人生の転機になる出来事だったと思う。
 
こうして振り返ると、私にとって誰かの書いてくれた文章が転機になることがしばしばあったことに気づく。中国語上達のきっかけも本だったし、ライティングを始めたきっかけも学び仲間の文章だった。私にとって、「文章」は興味を持つきっかけを与えてくれたり、自分の可能性の扉を開いてくれるものでもあったのだ。
 
きっとそれは、あるひとつの物事に対して、私自身には見えていないことや、私とは違う見方を示してくれるからかもしれない。何を見てどう感じ、何を考えたのか。その軌跡が文字になっていると目に見える形で見えてくる。文字を追いながら、その人の思考の軌跡や体験を追体験すると、「なるほど、そういうとらえ方があったか!」と発見がある。
 
自分自身に対してもそうだ。
 
少し前に、初対面の方に私の紹介文を書いて頂くという経験をした。先入観が入るからと、事前に私が何をやっているのか何も調べないまま、当日30分程度おしゃべりをしただけで紹介文を書いてくれるという。
 
オンラインで気楽におしゃべりをしながら、何をしている時が好きか、将来どうなっていたいかというような話もした。私が無意識に使う言葉を丁寧に拾いながら、その方が感じた私を文章にして送ってくれた。
 
そこには私自身も気づいていなかった私がいた。
 
例えば、私は「具体的な形のあるもの」について、ほとんど話さなかったらしい。紹介文にはこう書かれていた。
 
「将来どんな生活をしたいか? と聞くと、こんな家に住んでるとか、旅行に行ってるとか、そういう形の見える答えが返ってきやすいのですが、ゆりこさん、それがあまりないんです。健康でありたい、人の評価でなく自分軸で生きる、年齢や環境で言い訳しない、など」
 
それを読んで「あぁ、それが私なんだな」と素直に受取り、同時に「それでいいんだ」と許しと励ましをもらった感じがした。
 
よく自分の似顔絵を描いてもらうと、自分の顔の特徴がよく分かるけれども、それと良く似ているなと思った。自分でも薄々分かってはいることでも、自分で自分のことを書く時には距離が近すぎて見えないこともある。それが、私が使う言葉、話す内容を文字にし、「私はこう受け取りました」と表現してもらうことで、自分というものを再確認して、受入れることができた理由かもしれない。
 
人が書いてくれた文章で自分の可能性に気づいたり、新たな世界へ踏み出すことができた私だけれど、私自身もライティングを始めてから2年間、自分の事を書き続けることで、自分の中に折り合いのついていなかったことが整理できたり、自分の頭の中にあった「見えていなかったもの」が文字にすることで見えるようになり、自分に対する理解が深まってきた。そして、私が感じたことに対して、読んでくれた人から「共感した」、「励まされた」といった感想、つまりフィードバックを頂くことで、私自身も励まされ、自分のことを文字にすることに対する怖さがなくなった。それに、書いたものを後から読み返すことで、「今だったらこう考えることができるな」と自分の変化に気づくこともできた。
 
だから、「文章を書いてみたいけれど、どうも書くことが苦手で」という人こそ、書いてみてほしいと思うのだ。
 
「文章は人に伝えるために書くもの」という話を聞いたことがあるけれど、今の自分が感じ、考えたことを書き続けることは、未来の自分に伝えることにもなるからだ。そうやって書いてきたものは、そのまま自分自身の進化の記録になる。
 
だから私はこれからも自分自身の進化の記録として、日々感じたこと、心が動いたことを書き続けていきたい。そしてそれが、他の誰かにとって何かを気づくきっかけになったり、興味の扉を開くきっかけになってくれたら嬉しいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。

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2021-09-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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